Request(リクエスト)

九里須 大

Work1

 初めての海外。

 それなりの準備と気持ちの整理をして臨んだ。

 空港を出た瞬間、全て打ち砕かれた。

 荷物持ちを稼ぎにしている子供達に囲まれ、日本語が通じることに気を許してしまった。振り向くと、僕のスーツケースは消えていて、ほとんどの所持金も無くなっていた。

 外国はやはり恐い所だ。


 「とんだ災難だったね。ミスターー・・・?」

 「ナオトです」

 「ナ・オ・トね。オッケイ」

 となりで話す男。

 僕を迎えに来てくれた人。

 ラッキーストライクをくわえながら、車線変更する。名前はヨハン。カウボーイスタイルで、彼も店の職人らしい。

 流暢な日本語で街の説明を始める。

 創始者が日本人だから話せるのかな。と、ヨハンの横顔を見ながら思う。


 大きな公園の横を走る車。

 対向車のクラクションに片手で合図して道路を横断。歩道に乗り上げ停車。

 なんていうか、日本じゃ考えられないラフな運転。

 「着いたよ、ミスターナオト」

 ヨハンが言った。

 車を降りて見上げる。間口は狭いが上に高い建物。創業当時のままなら、二百年以上前の建物。

 入り口の上にカタカナ表記で看板。

 『クガツマーケット』

 ドアを開けて手招きしているヨハン。

 お邪魔しま~す。

 声は出さないが、そんな感じでドアをくぐる。

  高い天井と皮製品の匂い。木造の骨組みはむき出し。テレビで見た京都の古民家みたいだ。

 「オォゥー、なんてこったい」

 わざとじゃないかと思うくらい、大げさな動作。両手で髪の毛をかきむしり(帽子が床に落ちている)、この世の終わり?のような悲痛な叫び。倒れかけて、受付のカウンターで踏み止まったかのような、やや芝居がかった動作。

 ヨハンは一点を見つめていた。

 バーカウンターのような受付テーブルの向こう。

 黒い塊がある。

 整髪料で凶器みたいに天を向く髪。恥部をかろうじて隠しただけの黒い服。

 パンクスタイル。

 ここまで徹底してると、感動さえする。

 「今日はなんて最高な日なんだ。こんな時間にキャサリンと出会えるなんて!」

 僕の存在を忘れている気がする。

 パンクの美少女は無表情。

 目線は僕にロックされている。

 「この男がナオトか?」

 問うキャサリン。

 「君以上に美しい人はいない。この花も、君の前では雑草以下だ」

 皮製のベストから一輪の花。

 キャサリンは無反応。

 たぶん、いや絶対、ヨハンはキャサリンが大好きで、キャサリンはヨハンの事を何とも思っていない。

 「キャサリン、君も気になったんだね。ぼくと同じ。やはりぼく達は運命の赤い・・・」

 「日本からわざわざこの街に、しかも彼女に会いに来るなんて。どんな奴か、気になるに決まってる」

 ヨハンの言葉を無視。途中から割り込む。

 キャサリンの鋭い、痛いくらいの視線。尖った頭で突かれるんじゃないかと思うくらい。

 「彼女をどうにかしようと思っているなら止めておけ。お前程度の器では無理だ。それに、私があらゆる手段で阻止する」

 なんて分かり易い恋愛事情。

 苦笑するしかない。

 初対面で器が、とか、外国人に日本語で言われるとは思わなかった。

 「で、お嬢は起きてないのかい?」

 ヨハン。

 「起きるにはまだ早い」

 キャサリンが言った。

 時刻は午後五時。

 「今朝は大仕事だったんだ。ゆっくり寝かせてやりたい」

 「ほほぅ。やっかいな依頼だったのかい?」

 「レベル4の『ドーマ』が現れたんだ」

 ヨハンの様子が変わった。

 「レベル4・・・それはやっかいだ。電話に出なくて正解だったようだね」

 今度はキャサリンの様子が変わる。

 「お前、緊急の連絡を無視したのか?!」

 首をすくめ、大げさな手振りをするヨハン。

 彼の動作は何でも芝居っぽい。

 「レベル4じゃ、ぼくの出番はないからね。出てきたところで、お嬢の尻拭いをするだけさ。警察の愚痴なんか聞きたくないよ」

 そんな事より、と、またヨハンの求愛劇が始まった。

 僕は放置される。


 三十分くらい待たされて、ようやくヨハンに呼ばれた。

 「お嬢の行きつけの店があるから、そこで一杯やろう」

 奥へ進む。

 ついて行く。

 この建物。間口は狭いが奥行きは広い。通路の両脇には大小様々な部屋があって、色々な道具や機械が置いてあった。

 部屋にいる職人たちが、気さくにあいさつしてくれる。

 通路の終り。

 木製のドアを開けるヨハン。

 ドアを抜けると薄暗い空間に出た。横向きに道がある。正面には古そうなエレベーターが一基。右側には灯りが、左側は暗くて何も見えない。

 「このエレベーターに乗れば、お嬢の部屋に行ける」

 上を指差すヨハン。

 「あっちには、万が一に備えてのシェルター。こっちは『アジアンストリート』て名前の通りに繋がっている」

 明るいほうへ向かうヨハン。

 近づくにつれ、アジアンテイストの音楽が聞こえ、香辛料の匂いが漂ってきた。

 異国の中の異空間。

 狭い通路の両脇に、所狭しと混在する店舗。ほとんどが飲食店で、どの店も人でにぎわっている。

 『BEER』の看板がある店に入る。

 僕もヨハンの笑顔についていった。

 

 


 

 

 

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