後編


 建前としては、「引き取られた子どもたちが、保護された先でも明るく楽しく生活している様子を映像に記録し、家庭斡旋が人道的な活動であることをアピールする」ため。

 しかし実際は、「子どもを買ってくれたお客様に向けて、さらなるイベントを用意し、人身売買に今後とも継続的な支援をしていただく」ため。

 二つの狙いから、『入れ替わり登校日』は実施されることとなった。つまりどういうイベントかと言うと、保護者が引き取った子どもと入れ替わって小学生となり、小学校生活を一日だけ体験するというイベントだそうだ。

 

 「体の入れ替わり……なんて、本当にできるの?」


 封筒に入っていた二粒の薬。一つを自分が飲み、もう一つを子どもに飲ませれば、体を入れ替えることができる。と、説明書には書いてある。しかし、あまりにも信じがたい話だ。


 「でも、特殊な首輪を開発してるところだし、本当に効果があるのかもしれない……」


 人身売買から始まり、常識では考えられないものをたくさん見せられてきた。『入れ替わりの薬』も、本当に現実にある物なのかもしれない。

 半信半疑ではありつつも、萌花はその薬を一粒飲んだ。そして、眠っている蓮一の口に、もう一粒の薬を含ませ、起こしてしまわないようにそっと飲み込ませた。二人で薬を飲み終わると、萌花は急なめまいに襲われ、一時的に意識を失った。


 ――――――――

 ――――

 ――


 * * * 


 「失礼、案内状はお持ちですか?」

 「ええ。ここに」

 「結構です。登録名は?」

 「登録名? 名前は黒島萌花ですけど……」

 「あぁ、初めての方ですね。その体に合った名前を、こちらに登録いたします。つまり、男子小学生としての名前を」

 「そういうことですか。それなら、黒島……蓮一。黒島蓮一でお願いします」

 「かしこまりました。では、黒島蓮一くん。先生の言うことをよく聞いて、楽しい一日をすごしてね」

 「はーいっ」

 

 受付の女性に手を振られ、黒島蓮一……もとい、黒島萌花は校舎の中へと進んでいった。

 去年廃校になったという小学校。そこが『入れ替わり登校日』の会場となっていた。受付である入り口付近にはイベントスタッフの大人がいたが、一歩校内に入ると、すれ違うのは皆子どもばかり。小学生くらいの子たちが、子どもらしくキャッキャとはしゃいでいた。


 「みんな子どもに見えるけど、中身は大人なんだよね……?」


 道行く小学生全員が『入れ替わり登校日』の参加者だ。鬼ごっこしてるやんちゃな男子たちも、おしゃれなアクセサリーを自慢し合う女子たちも、こっそり手を繋いでいるおマセな男女のカップルも、みんな中身は立派な大人なのだろう。


 「おい、そこの男子!」

 「えっ? わたし?」


 坊主頭でツリ目の少年が、萌花に声をかけてきた。


 「首輪、ハズしておけよ。自滅しちゃうぜ」

 「あっ! 忘れてた! ありがとう。教えてくれて」

 「ん? お前、『登校日』は初めてか?」

 「そうなの。だから、分からないことだらけで……」

 「ははーん。中身は女だな? じゃあ、今からちょっと付き合えよ」

 「付き合うって、どこに?」

 「決まってんだろ。連れションだよ、連れション」


 いつのまにか、萌花は坊主頭の少年にがっちりと肩を組まれていた。そして少年に引っ張られるまま、萌花は男子トイレへと突入した。


 「わぁ……! 男子トイレの小便器……!」

 「立ちションとか、やったことないだろ? ほら、おれの隣の便器でやってみな」

 「うんっ! ズボンを脱いで……こんな感じかな?」

 「そうそう、そのポーズ。できるだけ遠くにおしっこが飛ぶように調整しな。ちんちんからおしっこ出すのって、すげー気持ちいいんだぜ?」

 「へぇ……」

 

 どうやら、この坊主頭くんの中身も女性らしい。萌花がなんとなく親近感をおぼえていると、二人同時にそのタイミングが来た。

 

 「「きゃんっ……♡ はああああぁん……♡」」


 ちょろちょろちょろ……。二つの小便器に、黄色い液体が弱々しい水勢でかかる。尿道を通り抜けるその感覚に、二人の少年は仲良く悲鳴をあげ、恍惚の表情で快感に体を震わせた。


 「うふっ……。ねぇ、ヤバいよね? これ」

 「うんっ、ヤバい……! ふふっ……」

 

 気分が高揚し、思わず男子らしくない感嘆が漏れ出す。坊主頭くんは「いけねっ」と呟き、小便を出しきった小さなホースを、いそいそとパンツの中に片付けた。


 「ふぅ……。さて、そろそろ教室に戻ろうぜ」

 「君も女性なの? 中身」

 「あ、バレちゃった? まあ隠すようなことでもないか」

 「元はどんな人?」

 「貿易商の娘だよ。パパとママから……その……お父様とお母様から、家の名に恥じないようにと、厳しく育てられましたの」


 坊主頭くんは話し方を変えると共に、妖艶な色気を醸し出した。体にシナを作りながらパチリとウインクし、同性でも魅了してしまうような勢いだ。


 「わぁ、すごい……。美人のお嬢様……」

 「うふふ。でも、お戯れはこのくらいにして……」


 しかしコホンと咳払いし、すぐに男子小学生に戻った。

 

 「ふぅ。今は男子でいいよな。下品な言葉遣いでも許されるから好きなんだよ、この体」

 「なるほど。いつもと違う自分になる、って感じかな」

 「おれだけじゃないぜ。スカートめくりしてる男子の中身が、普段は大御所と呼ばれる女性演歌歌手だとか、スカートめくられて『きゃーっ!』って悲鳴あげてる女子の中身が、今世間を騒がせている男性政治家だとか。みんな、いつもと違う自分を楽しんでる」

 「それが、『入れ替わり登校日』……!」

 「そうさ。さあ、おれたちも男子になりきって楽しもうぜ」

 「うんっ!」


 キンコーン。始業のチャイムがなった。遅刻は厳禁。

 授業や給食、掃除の時間など、今日はイベントがたくさん用意されている。萌花は期待に胸を膨らませながら、坊主頭くんと一緒に教室へと向かった。


 * * *


 一方、こちらは萌花の住むボロアパート。

 床で寝ていた蓮一は、突然ハッと目を覚まし、ガバッと体を起こして辺りを見回した。


 (そうだ……! ぼくは昨日……)


 昨晩の衝撃的な体験。次第に鮮明になっていく。

 

 (お姉ちゃんに……! あの気持ち悪い女に、無理やりキスされて……やめてって言ってるのに、ベロを口の中に入れられて、それから……)


 脳裏に浮かび上がったのは、男の子にキスを記憶。少年は嫌がってたけど、湧いてくる興奮が抑えきれなくて、そのままベッドに押し倒してしまった。それから、それから……。


 (ふふっ、すごく気持ち良かった……♡ あれ? 気持ち良く……なんて、なかったハズ……。どうして今、ぼくは嬉しく思っちゃったんだろう……)


 記憶の中に、何かノイズが挟まった気がした。自分の視点で昨晩見た映像とは違う、何かが。しかし、蓮一はそれをあまり気に留めず、首を左右に振った。


 (いや、そんなこと考えてる場合じゃない。早くここから逃げるんだ。どうやら今この家には、ぼくしかいないみたいだし……!)


 お姉ちゃんは、どこかに出掛けているようだ。ケージの外にいて、見張られてもいないなら、絶好の逃げ出すチャンスだろう。蓮一は自分の首元に触れ、最後の拘束具を破壊しようとした。

 

 (あとは、この首輪を壊して……。ん? 首輪が……ない? あれっ!? 首輪がハズされてるっ!? や、やったぁ!)

 

 そこには何もなかった。理由は分からないが、これでもう声を消されることはないし、電気ショックを喰らわせられることもない。晴れて完全に自由の身だ。蓮一は喜びの声を上げたくなる気持ちを抑えて、静かに立ち上がった。


 (逃げられるっ……! ぼくの家に帰れるんだ! 外に出て助けを求めれば、なんとかなるかもしれない……! よし、急ごう!)

  

 脱出の時は近い。この勢いのまま玄関から飛び出す……前に、蓮一はまず、自分の服を探した。さすがに、ほぼハダカの状態で外には出られない。


 (あぶないあぶない。ブラとショーツだけじゃ、変態女だと思われちゃうよ。えーっと、服はたしかこの辺りに……)


 昨日ベッドのそばで脱ぎ捨てた服を回収し、即座に着る。灰色パーカーにジーンズという、昨日と同じスタイル。少し汚いかなとは思ったが、今更服装なんて迷ってる場合じゃない。


 (今日はバイトはないハズだし、外出しても平気だよね。あとは見た目を軽くチェックして……)

 

 若干乱れていた前髪を直し、鏡をじっと見る。じっと見て、じっと見て、ひたすらじっと見る。すると、蓮一の心には小さな違和感が生まれた。

 手がピタリと止まる。違和感は1秒ごとにだんだん大きくなっていく。心臓の音がよく聞こえる。鏡の中の女の表情は固まり……そして、戦慄の時間が蓮一を襲った。


 「あ、あああっ、うわあああぁーーーーーーーっ!!!?」


 『黒島萌花』。あの気持ち悪い女が、そこにいた。


 「どうしてっ!!? これが、ぼく……!? ぼ、ぼくは……!」


 声は高く、胸には二つの膨らみがあり、股間には何もない。髪は長く、頬にはニキビがあり、瞳が小さい……女。


 「お姉ちゃんになってる……!!?」


 * * *


 「ただいま〜♪」

 「……!」


 それからしばらくして、ボロアパートに萌花が帰ってきた。自分の姿に絶望し放心状態になっていた蓮一は、その声を聞くと、急いで玄関に駆け寄った。本当に、鏡の中のそれが現実であるかどうかを、確かめるために。


 「あっ……! ぼ、ぼくだっ!」

 「おはよう、わたし。ちゃんとお留守番してた?」


 萌花は『萌花』に、蓮一は『蓮一』に。元の自分の体を操り動かす相手と対面した。大人の女性になった蓮一と出会っても、上機嫌な様子でいる萌花に対し、蓮一は少年になった萌花と出会い、より一層悲壮な表情を浮かべた。


 「か、返してっ……! ぼくの体を返してよっ! 早く元の体に戻せっ!!」

 

 悪びれもしない萌花に、蓮一は詰め寄った。


 「えー? どうして?」

 「どうしてって……! ぼく、こんな女の体なんて嫌だよっ! それも、お前みたいな気持ち悪い女の姿なんて、最悪だっ!!」

 「ペットのくせに、その口の利き方は何? って、わたしに言ってるの?」

 「そうだよ! お前に言ってるんだ! もう首輪はないから、ぼくはお前の言うことなんて聞かないぞっ!」

 「ふふっ。確かにもう首輪は捨てちゃったよ。でも、考えが浅いね。蓮一くんは」

 「浅い? ど、どういう意味だっ!」

 「ここでもし、わたしが大声で『助けて』って叫んだら、どうなると思う?」

 「『助けて』……? お前のことなんか、誰も助けたりするわけが……」


 一歩。今度は萌花の方から、蓮一に詰め寄った。


 「あなたは警察に捕まる。誘拐犯として」

 「なっ!? ぼ、ぼくが、誘拐犯っ!? そんなはずは……!」

 「だって、そうでしょ? 今のわたしは、誘拐された『篠橋蓮一くん』なんだから。もしわたしが叫んで、誰かが警察に通報したら、君は誘拐犯の女『黒島萌花』として逮捕される」

 「逮捕なんてっ……! ぼく、何も悪いことしてないのに……」

 「そうなりたくなければ、わたしの言うことを聞きなさい。お姉ちゃんの言うこと、分かるよね?」

 「うぅ……」


 首輪以上に重い、言葉という拘束具。蓮一は泣きそうな顔になりながら、首を小さく縦に振った。二人の主従関係は、結局体が入れ替わった後でも覆ることはなかった。

 蓮一の服従を確認したところで、萌花は新しい話を切り出した。


 「よく聞いて。わたしの決断を、今から蓮一くんに話すから」

 「決断……?」

 「うん。わたしと蓮一くんは、今日でお別れしようって話」

 「えっ!? お別れっ!? どういうこと!?」

 

 唐突な別れ話に、戸惑いを隠せない蓮一。萌花は澄ました顔で、ポケットから白いカプセル剤を二つ取り出した。

 

 「ここにあるのは、元に戻るための薬。わたしが一つ、蓮一くんが一つ飲むと、体が元に戻るの」

 

 『入れ替わり登校日』は、あくまで一日限りのイベントである。小学校での一日が終わると同時に、参加者には元に戻るための薬が配布された。それを服用し、明日からはまた大人に戻って生活をするのが、一般的な参加者の楽しみ方なのだ。


 「その薬っ! 早くぼくに渡してっ!」

 「普通なら、ね。でもよく考えたら、わたしには元に戻る理由がなくて」

 「は……? 何を言ってるの……?」

 「例えばこの薬を、こんな風に一人で二つ飲んじゃったら……」


 そう言うと、萌花は薬を全部口に入れてしまった。


 「ね? これでもう二度と、元には戻れない」

 

 ペロリと舌を出し、萌花は『蓮一』の顔でいたずらっぽく笑った。

 それを見て慌てたのは『萌花』、つまり蓮一だ。血相を変え、『蓮一』の肩に掴みかかった。

 

 「い、嫌だっ! 戻れないなんてっ……! 予備の薬は!? 他に薬はないのっ!? 持ってるんだよねっ!?」

 「残念だけど、今のが唯一の希望。諦めて『黒島萌花』になって」

 「そんなのっ、こ、困るよぉっ!! ぼく、この姿で一生過ごさなきゃいけないのっ!? こんなんじゃ、もしお父さんやお母さんに会えても、ぼくだって分かってもらえなくなっちゃう!!」

 「それは大丈夫。わたしが代わりに『篠橋蓮一』として、お家に帰ってあげるから。だから、君とわたしは今日でお別れってことよ」

 「な、何言ってるんだよ……! 篠橋蓮一はぼくだよっ! お姉ちゃんじゃないっ!! ぼくが帰らなきゃいけないんだっ!!」

 「うるさいなぁ、ブス女のくせにっ!!」


 自分にすがってくる醜い女を、少年は男の腕力で突き飛ばした。女は「うぐっ……!」とうめき声のような悲鳴をあげ、汚い床にドサッと倒れこんだ。

  

 「待……って……」

 「その体、好きに使ってくれていいから。黒島萌花の全てを君にあげる。その代わり、篠橋蓮一の全てをもらうね」

 「どこに行くの……? 行っちゃダメだよっ! 待ってぇっ!!」

 「じゃあね。ブサイクで気持ち悪いお姉ちゃん」

 「嫌だっ!! 行かないでっ!! ぼくの人生を返してぇっ!! うわああああああぁぁダメだあああぁっ!!!」

 

 ギイィ……バタン。鈍い音と共に、重たい玄関の扉が閉まった。

 

 外に出てきたのは一人の少年。行方不明になっていた小学生の篠橋蓮一くんだ。遠くにある真っ赤な夕焼けを見つめながら、眩しそうな目をしている。その光の輝きは、まるで彼のこれからの未来を暗示しているようだった。 

 一方で、暗い部屋に置き去りにされたのは一人の女。黒島萌花という27歳の女だ。たった今全てを失い、その絶望に苦しみ叫び、大粒の涙を流している。しかし、苦境にいる彼女に光が射すことはなく、今後は暗闇の中で藻掻いて生きることを余儀なくされた。


 現実と向き合うしかない。もう二度と、誰からも「お兄ちゃん」とは呼ばれなくても、その姿で生きるしか道はない。


 * * *

 

 数週間後。

 

 「お先に失礼します……」

 「お疲れ様、黒島さん。もう少し明るく、笑顔で接客できるようになりなさい。分かった?」

 「でも、わたし一生懸命やってます……」

 「それでもできてないから言ってるの。一生懸命やって褒められるのは小学生だけ。大人なら分かるでしょ?」

 「は、はい……」


 いつものように深緑色のコートを羽織り、いつものように街へと繰り出す。いつものように……それが黒島萌花としての日常だった。

 ドーナツ屋で働く無愛想な女性店員。仕事を卒なくこなすわけでもなく、お客さんに愛嬌を振りまくわけでもない。ただの根暗な女であるが故に、相変わらず陰口を叩かれ、最近では直接苦言を呈されることも多くなった。しかし、こんな苦境の中で穏やかに笑っていられる余裕もない。

 「はぁ……」と深い溜息をつき、振り返らずに道を進む。


 (どうして、こんなことになっちゃったんだろう……)

 

 零れるのは過去を悔やむ言葉ばかり。これも、いつものこと。

 沈んだ気持ちの萌花の視線の先には、たった今ドーナツ屋から出てきたお客さんの姿があった。お腹の大きな妊婦のお母さんと、幼稚園児くらいのその息子が、仲良く手をつないで歩いている。


 「ドーナツ、美味しかったわね。ゆうくん」

 「うん! いつか、いもうとにも、たべさせてあげたいなー」

 「この子に? うふふ、ゆうくんは妹想いね。ママも嬉しくなっちゃうわ」

 「えへへ。ぼく、やさしいおにいちゃんになるんだー」

 

 微笑ましい家族の光景。気持ちがほっこりするような、暖かい会話。

 しかしそれを見ていた萌花は、一層の悲しみに暮れ、瞳には涙を浮かべていた。楽しそうにママと話す男の子に、かつての自分を重ねてしまったからだ。


 (ぼくも「優しいお兄ちゃん」に、なりたかったなぁ。うぅっ、お母さんに会いたいよぅ……)

 

 左胸がズキズキと痛む。これ以上は見ていられない。

 苦しくなって、萌花は痛みを訴え続ける胸を、グッと押さえつけようとした。しかし胸には弾力があり、上から押すとむにゅっと形を変えて反発してくる。そんな自分の女体すら嫌になって、萌花はその場にしゃがみ込んでボロボロと涙をこぼした。


 「うゔっ……! なんで……? どうして、ぼくだけ、こんな目にあうの……!? 嫌だっ、こんな人生嫌だよっ……! 死ぬまで、この女の人の体なんて、絶対に嫌だぁっ……!! おっぱいなんて……いらないよぉ……! ぐすんっ……」


 *


 どれだけ拒否しようとも、悪夢が覚めることはなかった。そして追い打ちをかけるかのように、精神は日に日に肉体へと染まっていった。そんな日々のなかで、萌花を最も苦しめたのは、盛んな年頃の女体が持て余す性欲だった。


 「はぁ……はぁ……! ダメだ……全然気持ちよくなれないっ……! イライラした感情が……消えない……」


 小学生の男の子と交わったことがある、という経験。一度その味を覚えてしまった萌花の体は、もうただ自分を慰めるだけでは満足できなくなってしまっていた。再びの快感を求めて、萌花は街へと繰り出した。

 探しているのは、下校途中の男子小学生。できれば、かっこよくて、性格がよさそうな……。


 「あ、あのっ……! そこの君っ……!」

 「え? ぼくぅ?」

 

 道を一人で歩いている、小学三年生くらいの男の子を見つけた。制服を着ているので、おそらく近所の私立小学校に通う子だろう。


 「うん。君にね、お願いがあって」

 「お姉ちゃん、だれ? ぼくのママの知り合い?」

 「う、うん……。多分そうだと思う」

 「ふーん。ぼくにお願いって、なに?」

 「あのね、向こうの公園に、公衆トイレがあるでしょ? そこまで一緒に来てもらえないかな?」

 「えっ、トイレ? ぼくとお姉ちゃんが一緒に?」

 「うんっ……!」


 男の子は迷っていた。ママの知り合いだとしても、初対面の女の人についていくのはどうか、と考えているのだ。学校の先生からは、このような「誘拐犯の手口」を、しっかりと教えこまれている。


 「トイレで、何をするの?」

 「えっ……!? そ、それは、その……!」

 「むむむ……。お姉ちゃん、もしかして悪い人?」

 「違うっ! 悪いことをするつもりじゃないのっ! ただ、君のおちんちんが見たいだけっ!」

 「えっ!? ぼくのおちんちんっ!?」


 思わず言ってしまった。萌花は慌てて口を塞いだが、もう遅い。男の子は最大限に警戒するような視線を、こちらに向けている。


 「いや、あのね? え、絵を描くための、参考資料として……」

 「お姉ちゃん、ヘンな人だ……!」

 「だから、あの、そうじゃなくてっ!」

 「お姉ちゃん、怖い人だっ!! わああぁっ、逃げろぉぉーーーっ!!」

 「あぁっ! 待ってっ!!」


 萌花は手を伸ばしたが、追いかけることはしなかった。ここで男の子を追ってしまったら、ただの不審者ということで確定してしまい、大声で大人を呼ばれてしまう。それは、過去の交渉失敗経験から学んでいた。

 萌花は伸ばした手を握りしめ、愚かなことをしようとしていた自分を恥じた。


 「くっ……! こんなこと、しちゃいけないのに……! やめなきゃいけないのに……! ぐううぅ……」


 悪いことをしていると、分かっていた。いつ警察に通報されてもおかしくない不審な行動をしていると、自覚していた。でも、体の欲求は抑えきれず、やめられなかった。

 そして、悔む萌花の背後に、一つの影が近づいてきた。

 

 「へぇ、面白そうじゃん。ぼくが代わりに見せてあげようか? おちんちん」

 「えっ!? あっ、き、君はっ……!?」


 かつての自分。振り返ると、そこには篠橋蓮一がいた。ニヤニヤと、性格の悪そうな笑みを浮かべながら。


 「久しぶり。様子はどうかな? うまくやってる?」

 「そ、そんなわけないっ! 毎日、毎日、こんなことばっかりさせられてっ……! 早く、わたしを元の体に戻しなさいっ!!」

 「それはお断りだよ。ぼくは充実してるからね。両親は優しくしてくれるし、学校生活は楽しいし」

 「うぅっ……。やめて……! そんな話、聞きたくないっ……! わたしは、ずっと、辛い思いをしてるのにっ……!」

 「そう? まあ、そのうち慣れるよ。きっと」

 「ここへ何しに来たのっ!? 体を返す気がないなら、目の前から消えてよっ!!」

 「落ち着いて。ここへは、解放しに来てあげたんだよ」

 「解放……? 一体、なんの話……!?」

 「性欲、溜め込んでるんでしょ? さっき見てたから分かるよ。もし、それを解放してほしいなら、お手伝いをしてあげるけど……どうする?」

 「なっ……!? そ、そんなの……!」


 服従の印。どう足掻いても、逆らうことはできない。萌花は頬を赤く染め、目を伏せながら、絞り出すかのように言葉を紡いだ。


 「してほしいに……決まってるじゃない……」

 「きゃははっ! じゃあ、早く行こうよ。トイレにっ!」

 「うん……。お願い……」

 「本当に、すごくブサイクで気持ち悪い女だね。萌花お姉ちゃん♪」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒島萌花の暗黒微笑 蔵入ミキサ @oimodepupupu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ