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おそらく、ひとめぼれだった。


きっかけは去年、1回きり合唱コンに来た時のこと。


彼女のソロパートを見て、聞いた瞬間に、全てに心が揺さぶられた。


親友の男子に元カノを取られたことも、弟が死んだことも、全てを忘れられた。


だけど、この思いは心にとどめておきたかった。


私と宮川さんは、はっきり言って釣り合わない。


片や宮川さんは、才色兼備でクラス一の美人。先生も生徒も認めるいい子だ。


私は、クラス一の不良で、たまに学校に来るかどうかだ。髪も染めて化粧で固めている。



宮川さんは腕を離すと、私に抱きついてきた。



ドクッ。


ドクッ。


胸が高まっているのが感じる。


「やめてってば!」


私は宮川さんの肩を掴み私から離す。


宮川さんの、辛そうな上目遣いが、また私を惑わす。


お願い……もうこれ以上、私に近づかないで……。


私はバックを持ち、すぐに帰りじたくを始めて教室から出ようとした。


すると、宮川さんは、泣きながら笑い始めた。


それは、いつもの優しげな笑い声じゃなくて、全てにおいて絶望したかのような大きな笑い声。


「残念だなぁ……。中浜さんだったら、犯してくれると思ったのに。

中浜さんって軽いイメージがあったけど、意外と純情なのね。

杏子さんも修美さんも頼りにならないなぁ」


その表情は、まさに“人間”の感情が素で出た物だった。


さっきまでの優しげな笑みや、聞き入るような心地よい声を壊しながら、彼女は泣き笑っていた。


「いっつも中浜さんって、ほかの女の子に抱きついたり、「襲っちゃうよ?」とか言ってるくせに。

なんで本命の私には手を出さないのよ!」


と、宮川さんは座っていた椅子を思いっきり私に向かって投げた。


宮川さんは息を荒くしながら私を睨んだ。

私は、普通なら幻滅するその姿に。天使が錯乱し、悲鳴をあげ始めたその姿に。とても、心を惹かれていた。


もともと天使とは“天の使い”という意味があるらしい。

祖母に見せてもらった“ソドムの天使”という絵で、それははっきりとわかっていた。

天の使いは、神の命令で、そのイメージを180°変えてしまう。

慈愛の命令だったら、慈愛を。裁きの命令だったら、裁きを。

キリスト教の祖母がよく言っていた事だった。


その意味では、宮川さんは本当の意味で天使なんだろう。

たとえ羽が陽炎の羽でも。


「ねぇ、宮川さん。

なんで、そこまでして私に犯されたかったの?」


宮川さんに少し近寄りながら、聞いていく。

宮川さんはうつむきながらたんたんと呟いていった。

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