第8校
「そういえば昨日はありがとう。智也のおかげで無事に文芸部は存続だよ!」
いつもの朝の登校。アキはそう笑顔で話しかけてきた。
「別に大した事じゃないよ。だいたい、お礼を言うんだったら俺よりも向山に言った方がいいだろ?」
「まぁそうだけど……まずは智也にお礼を言おうかなと。ほら、智也がいなかったら向山君が文芸部に入ってくれてたかわからないじゃん」
アキは笑顔でそう言う。
「そういう事なら……どういたしまして?」
正直俺としては、そこまでお礼をされるような事をしたとは思っていなかった。なにせ俺は、古くからの親友であり、どの部活にも所属する予定のなかった向山涼に、名前だけでも文芸部に貸してやってくれとお願いしただけなのだから。
ただ、アキのお礼を無下にはできないとも思ったので、こう疑問形で言葉を返した。
「なんで疑問形なのさ、そこはもっとハッキリと言ってよ」
「でもだって、俺そこまでお礼されるようなことしてないし……」
するとアキは、なんだか呆れたような顔で俺の方を見てくる。
「はぁ、それだと将来損な人間になるよ。もう少しさ、自分を評価してあげてもいいんじゃないの?」
「評価ね……ああ、まぁそうかも」
そう俺が言うと、話が途切れてしまう。
しばらく無言の状態だったが、再びアキが俺に何か思い出したように話しかけてきた。
「そういえば昨日、文芸部の先輩から訊いたんだけど……今日、新聞部と合同で新入生歓迎会をやるってね!」
「そうだね、俺も昨日に部長から話を訊いた」
「それでさ、智也は何か新入生歓迎会について何か訊かされている?」
「何かとは?」
「んー例えば何か持ってきた方がいいとか」
「とくに何かを持って来いとは言われてないけど……自己紹介を一人ずつやるから考えて来いとは言われたよ」
「自己紹介か……智也ぁ、私は何を言えばいいと思う?」
そう言うとアキは真剣そうに悩んでいる様子。
「別に文芸部に入部する理由とかでいいと思うけど……」
「ああ、なるほど……じゃあこんなのどうかな?」
アキはそう俺に訊くと、ニヤニヤとこちらを見てくる。一体何を企んでいるのやら。でも一応訊き返す。
「ん? それはどういう理由?」
「文芸部に入部する最終的な決め手……それはズバリ、新聞部と同じ部室を使うと分かったから!」
言ってやったり、との具合でドヤ顔をするアキ。その仕草に俺は思わず可愛いと思ってしまうが、ここは無言を貫く。
しばらくして、しびれを先に切らしたのはアキだった。
「何か言ってよ、智也」
「……えっと、それは俺と同じ部室だからっていうことか?」
「えへへ、どうでしょう」
「どうでしょうって言われてもなぁ」
ニヤニヤとした表情のアキ。ちょっと顔を赤らめてしまう俺。新緑香る桜並木。暖かい空気に包まれた今、全てを踏み出せる様に思える。でも——
「やっぱさ、新聞部と同じ部室だって理由にならないんじゃない」
するとアキはガッカリした顔で俺を見る。
「えーそこに戻るー?」
「うん、戻る」
「せっかくいいところだったの話にい」
なぜかアキは悔しそうな顔をする。
「まあ、さっきのは確かに理由になっていなかったかもだけど……じゃあどういうのがいいと思うの?」
「うーん、やっぱり前にアキが言っていた、本にハマったから、がいいと思う」
すると今度はムスッと不満げに
「それじゃあ普通すぎてつまらない」
と話した。そんなアキに俺は一言。
「普通でいいだろ。てか、普通がいい」
季節は四月の半ば、こうして俺たちは、今日もいつも通りの普通の日常を送っている。
ただ、俺たちは知らなかった。俺の親友、もとい向山涼が文芸部に入部する事で、俺とアキとの関係に大きく影響を及ぼす事を。
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