第5校
日が少し落ちかけた放課後の学校、俺は一人、コの字を描く新校舎から濁点の位置に斜めに伸びた旧校舎へと向かう。この両者の間には二階部分に渡り廊下が設置されており、そこに差し掛かった瞬間に、さっきまでの喧騒が嘘のように静かになった。
そして、渡り廊下の先にある旧校舎に入ると、今度はまた、いくつかの教室からは賑やかな部活動の声が聞こえてくるが、全体的に見ると静かなこの旧校舎は木造で、自分が歩くたびにミシミシと廊下中を音が鳴り響く。
さて、そんな旧校舎の二階のさらに奥の一角にあるのが、新聞部の部室である。俺はそこにたどり着くと、ノックをしてドアを開けた。すると目に入ってきたのは、窓際の席に一人、静かに何かの冊子を読む副部長の先輩であった。ただあまりにも集中しているののだろうか、俺が来たことに気づいていないらしく、こちらに何も反応してこなかったので、
「えーと、こんにちは?」
少々おかしな挨拶ではあったが、副部長の先輩は俺に気づいたようで、
「ああ、こんにちは。ええと、君は確か、仮入部によく来てくれてた……」
「——小敷谷智也です」
「そうそう、小敷谷君! 入部してくれるとは思っていたけど、やっぱり入ってくれるんだ! 嬉しいよ——ちなみに、私は副部長の大谷柚月」
「は、はぁ」
予想外のハイテンションに驚き、仮入部の時から抱いていた儚げなイメージが一気に崩れていた。しかし、それ以上に部室に俺とこの人以外にまだ、誰もいないことに少し不安を感じてこう訊いた。
「……ちなみに何人、新入部員が入るんですか?」
「そうね、君もいれて三人入る予定だよ」
「えっとーその人数は少ない方なんですか? それとも……」
「多いって言ったら嘘になる」
「じゃあやっぱり少ない……」
「いや、例年通りの人数だし、他の学校もこれぐらいだから普通だよ。ただ、やっぱりこの人数だと新聞作りは少し大変だね」
大谷先輩の話を訊く所には、新聞部はだいぶブラックな部活なのかもしれないと思った。
ただ、これ以上は話が続かなかったので、俺は別の話題を振ることにした。
「そういえば、さっき読んでいたのは何なんですか?」
部室に入ったときに読んでいた冊子。影になってよく見えなかったあれは、何気に気になっていた。
「ああ、これのこと?」
そう言って、大谷先輩は何やら地図帳らしきものを取り出した。
「ええっと……地図帳ですか?」
「そう、地図帳! しかも30年前のやつ!」
何やら少し興奮気味の大谷先輩。確かに新詳高等社会地図三訂版と題したこの地図帳には、昭和に検定済みとの文言も書いてあり、確かに30年程前のものに違いは無いようだ。
「もしかして……新聞の記事に使う資料だったりするんですか?」
「……そう見える?」
大谷先輩はそう言って何やらニコニコする。
「違うんですか?」
「うん、違うの。これは私の趣味。色々な地図を見るのが楽しいのよ。あっ、ちなみにこの地図は父親から貰ったやつで、私の宝物ね」
そう言うと大谷先輩は何やら地図帳を愛でるような仕草をする。
そんな彼女を目の当たりにして、思わず俺は引いてしまう。すると彼女もそれに気づいたようで、
「あっ、今、私を見て引いていたよね?」
「……え、ま、まあまあ……」
「そう、じゃあ今後のために言っとくけど、新聞部に入る人はもれなく全員が変人なんだよ。無論、君も例外なくね。だから、そんなに驚かなくていいんだよ」
そう優しく諭されたが、何だかこの人、さらっと大事なことを言わなかったか……?
「……って、俺も変人なんですか?」
すると、大谷先輩は少し考えた後にこう言った。
「ううんー。確かに今は変人じゃないね」
ふぅ、自分が変人じゃないって言われて何となくホッとする。そうだよな、俺は変人じゃないよな、普通の高校生だよなと。
だが、そんな俺の気持ちをよそに大谷先輩はこう続けた。
「でもすぐに変人になると思うよ」
と。
まったく、さっきの安心を返して欲しい。
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