第2校

 ホームルーム前の朝の賑やかな教室でのひととき。教卓近くに集まる、男女のガヤガヤとしたグループを片眼に、俺は、登校時のアキとの会話やその仕草を思い返している。


——ああ、可愛いな。


 小さく丸みを帯びた顔に、どこまでも透き通った黒い瞳。黒髮のショートカットに、極め付けは反則的なその笑顔。

 俺は、幼なじみに恋をしまいとずっと思っていたが、年々増すアキの魅力に今は完全に惚れている。それでも、この幼なじみの関係が居心地よく感じる俺は、アキに告白するでもなく、静かにこの立ち位置を維持しているのだが、


「何ニヤニヤしとんのさ? まさかまたぁ、今泉さんのことでも考えているの?」


 そう、この声の主、向山涼にはそのことがバレている。しかもこいつと話すと、いつも、相手のペースに飲まれる。まったくどうしたものだか。


「はぁー、さっきから俺の方を見てニコニコしていると思ったら、そんなこと考えて見ていたのか」

「えっ、違うのかぁ? てっきりお前のことだからそうとばかり思っていたけど」


 涼はそう言うと、オーバーリアクション気味に驚いた表情を作り、続けてこう問うた。


「じゃあ何をニヤニヤとしていたのさ? もしかして、教卓のところで集まっているイケイケリア充の内の誰かが好きとか?」

「それはないかな」


 俺は即答だった。それは、俺がああいうリア充グループとは一生関わることを前提としている。つまり、仮に性格がよかったとしても、それ以前の問題なのだ。マジで髪染めるとかありえない。


「まあそりゃあそうか、じゃあやっぱり今泉さんか」

「ああ、なんでそこに戻るんだよ。俺にはその二択しかないのか?」

「逆に訊くけど、他に何か選択肢でもあるの?」

「んー、世界平和とか」

「却下」


「……いや、なんでお前に決定権があるんだよ」

「だって、ニヤつきながら平和を考えられる世界があってたまるかってね」

「わかんねえだろ、実は昔から俺はヒーローに憧れていて、ついに世界を守る任務に就くことになったって可能性もある」

「可能性を自ら語る時点でそれはゼロだろうね」


 そんなくだらない話をしていると、しばらくして涼がハハッと笑った。そして、少し真面目な顔でニタリとした。


「そうやって自分に素直になれないままだと、いつか他の男に今泉さんを取られちゃうかもよ」

 

 なんともまあ、迫力のある言葉だ。


「……なにさその口ぶりは、もしかして恋愛マスターか? マスターなのか?」


 ちょっと間が空いた後、涼は、


「どちらかって言うと、お前ら二人のマスターかな。ほら、小学校から同じだし、特にお前とは長らく親友をやってきたわけだからな」

「確かに……じゃあさ、その二人のマスターは、俺がアキに対してどうすればいいと思うのさ?」


 すると今度は少し悩むやうな仕草をしてからこう答えた。


「いっそ付き合っちゃえば」


「はぁ?」

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