105-2.お弁当(カイルキア視点)






 *・*・*(カイルキア視点)







 ほぼ予定通りに目的地に到着して、少々水筒の水を飲んで休んでから、チャロナが興味を持った木苺狩りをすることになった。


 袋は事前に用意してあるし、ここには俺やジークフリート以外だと魔物や動物しか来ないだろうから取りすぎても問題はあるまい。


 だから、姫に説明すればこれまでにないくらい目を輝かせた。



「美味しいアイスクリームやジャムを作りますね!」



 と、元気いっぱいに返事をして木苺の元へと飛んで行った。


 仮にも、逢引……いや、デートと呼ばれているものになるはずが。選択を誤ったかと、髪をかいたが姫本人が楽しんでいるならよしとしておこう。


 昨日はいくらか気落ちしてたのであれば、今日はせっかくだから楽しんでもらった方がいい。


 ジークフリートには適当に草を食べて時間を過ごすように命令して、奴が離れてから俺も袋を手にして姫に近い茂みのところで木苺を摘むことにした。


 姫の方は、ロティを出さずに一人で黙々と木苺を摘んでいた。余程嬉しいのか、選別を真剣な顔で行い、俺が近くにいても気づかないでいるようだ。


 と思ったら、俺が茂みに当たった音を聴くと、顔を上げてにっこり笑顔になってくれたのに少なからず胸が高鳴った。



「すっごくいっぱいありますね!」


「……ああ、そうだな」



 その表情は伯母上と瓜二つでも、伯母上とは違い快活の笑みだ。あの方は、こんな愛らしい笑顔を甥の俺には見せて来なかった。失礼ではあるが、おそらく伯父上である陛下にしか見せて来なかっただろう。


 とりあえず、俺も木苺を摘むかと手に届く範囲で袋に入れて。


 時折、二人で水筒の水や茶を分けながら木苺狩りを繰り返し。


 だいたい二つの袋が満杯になったら手を止めて俺の持つ魔法鞄マジックバックに仕舞って昼休憩を取ることにした。



「無限∞収納棚、解放オープン!」



 俺が敷物を引いている間に、姫は自分で作ってきたと言う弁当を異能ギフトの一部である、無限∞収納棚から取り出して。


 大きめの藤箱二つ分取り出してから、俺が座った横に置いてくれた。



「……たくさんあるようだな?」


「はい! いっぱい召し上がってください!」



 本心からの言葉に、さらに胸が打ち震えてしまいそうだったが、まだ姫には悟られてはいけない。気持ちを伝えるとは決めても、どう言う間合いで詰め寄っていいものか。恋愛初心者の俺にはさっぱりだ。


 姫には、あの時最高神により記憶などを封じられてしまったが。今の生もだが、前の世界ではどうだったのかもわからない。


 とは言っても、男慣れしてないのは普段のうぶな態度で流石の俺でも理解は出来たが。


 いつ言おうか悩んでいると、それを払拭させてしまうくらい、フタを開けて出てきた弁当の美しさに心を奪われた。



「これは……オニギリ?」


「はい。いろんなおにぎりに唐揚げや卵焼きも作りました。ちょっと変わった切り込みを入れて焼いたのは、日本でお弁当の定番になってたタコさんウィンナーと言うのです」


「美しいな……」


「あ、ありがとうございます!」



 見分けを付けられた、オニギリ。


 オムレツとは違う、幾つもの層が連なった卵焼きと言うモノ。


 可愛らしいモンスターのように脚があるが、焼いたことでいい匂いを運んでくれるタコサンウィンナーとやら。


 前に数度しか食べていなかった、カラアゲと言う肉の揚げ物。これは今日二種類あるらしい。


 野菜はプチトマトと、ブロッコリーを茹でて何か味付けしたものらしい。


 どれを食べようか悩むが、濡れ手拭いを渡されたあと、姫から用意してたらしい木皿とフォークを手に取ったが。



「この赤っぽい米は、まさか」


「はい! チーズは入れていないですけどオムライスです!」


「オニギリに出来るのだな?」


「はい、そこまで難しくないんです。これにしますか?」


「ああ。他のオニギリは何が入っているんだ?」


「シャケとツナマヨとテリヤキチキンです!」


「……そうだな。せっかくだからツナマヨにしよう」


「わかりました」



 オムライス以外、どれがどの具なのか俺にはさっぱりだが作った姫には当然わかっているので。皿を差し出せば、金属で出来た二本の棒のようなものでひょいひょいとつまんでは載せていく。たしか、ホムラに訪れた時に見た覚えのある食器と似ていた。



「……それは、ホムラで使われてる食器か?」


「あ、箸ですか? それもありますが、銀製器具シルバーアイテムの中にあったんです。取り分けとか料理にも便利なんですよ」


「そうか」


「あと、前世でも使っていました。私と悠花ゆうかさんの祖国では馴染の深い食器なんです」


「なるほど……」



 感心していると、オニギリ以外にも少しずつ料理を載せてくれたので、さっそくいただくことにした。


 たしか、オニギリは手掴みがいいと聞いていたので、もう一度濡れ手拭いで手を拭いてからオムライスの方を口に入れた。



「……美味い!」



 まだほんのり温もりを感じるが、ほとんど冷めていても味付けは濃い目なのかケチャップの味が具材を邪魔しない。


 周りにかぶせてある卵も薄焼きではあるが、ほのかに甘みを感じて少し蕩ける部分があるのがまた美味い。


 米の方には、おそらくコカトリスの馴染みのある肉に玉ねぎにピーマンが入っているが、ケチャップとの相性が良く、卵と食べるとさらに食が進む。


 ペロリと食べ終えてから気づいたが、姫はニコニコ笑っているだけで何も食べていなかった。



「……チャロナ。食べないのか?」


「あ、すみません。カイル様が美味しく召し上がってくださったことが嬉しくて、つい」


「はは。他のも気になるが、何も食べずにいては夕食まで腹を空かせるぞ?」


「う、はい」



 と言って、自分の分もハシとやらで取り分けてゆっくりと食べ出した。


 間近で姫の食事するところを見たことがないわけではないが、改めて見るといくらか気になったことが出来た。


 孤児院でほとんど育った割には、所作が美しい。


 前世の記憶が戻ったにしては、王家の教育を受けたかのように食べ方が綺麗だ。たしか、カイザーク殿が預けたマザーは、伯母上の乳母だったらしい。


 なら、王家とはいかずとも貴族の所作を叩き込まれたかもしれない。おそらく、本人である姫は気づいていないだろうが。


 聞くのはまだはばかれると思い、次のオニギリを口にすることで誤魔化した。



「!……魚にマヨネーズをか?」


「はい。マグロの油漬けなんですが、オニギリ以外にもサラダなどに使えるんです」


「臭みがほとんどないな。まろやかで食べやすい」


「ありがとうございます」



 そして、卵焼きも甘さと塩っぱさを兼ね備えてとても美味であったし。カラアゲもショーユと塩の二種類あったが、どちらも甲乙つけがたかった。


 ブロッコリーも、ショーユで食べやすい味付けにしてくれてたので、いくらでも食べれた。


 そして、なんとデザートまで用意してくれてたらしい!



「生クリームとカスタードを使った、フルーツサンドです」


「……美しい」



 何が透明な膜のようなものを外側につけているが、切り口の美しさに目を奪われた。


 夏の苺、オレンジ、キウイ。


 それぞれが俺が貴族だから贅沢に使えるくらい、薄切りしたパンにたっぷり挟み込まれていた。


 まずは苺から手に取ると、透明な膜はつるつるとしていた。



「……これは?」


銀製器具シルバーアイテムに追加された、ラップと言うものです。乾燥するのを防いだり、色々使えるんですが。一度剥がしてみてください」



 そして、紙とも違う素材のそれを、姫が受け取ると、瞬間、消えてしまった!



「……今のは?」


「このラップは使い捨てなんですが、いらないと念じればすぐに消えてしまうんです」


「……また、特殊な素材なんだな?」


「今のところ、パン作りメインで使ってますが。シェトラスさん達や悠花さんしか知りません」


「いい判断だ」



 こんなSS級のレア素材をおいそれと世に広めてしまっては、様々な国から姫が引っ張りだこになるだけで済まないだろう。


 ひと月を切ったが、姫の生誕祭と成人の儀までもう時間があまりない。


 そろそろ、どうやって姫を王城に連れて行くか伯父上達が決めているだろうが、シュラからもまだ連絡がない。


 もしかしたら、今日辺り連絡が来るかもしれないが俺達のデートのことを知っているからまずないな。


 ひとまず、せっかくのデザートを堪能しようではないかとサンドイッチを口に運んだ。



「!……二つのクリームがあるのに、どちらも相殺されていない。フルーツのみずみずしさとちょうどいい!」


「ありがとうございます。クリームチーズを挟んでもいいかもしれないんですが、今回はやめておきました」


「次は入れてみてくれないか?」


「はい!」



 これだけの美味を生み出せる存在。


 そして、俺は知ってしまっているが、俺達は相思相愛だ。


 だから、建前とか抜きに、俺はもうこの女性に心奪われていた。


 告げたかった、俺の気持ちを。


 だから、食べ終わってから、弁当箱などを収納棚に片付けた姫の手をしっかりと掴んだ。



「? カイル様?」


「……話がある、と誘う時に言ったのを覚えているか?」


「あ、はい」



 敷物の上に座りやすいようにさせてから、俺達は向き合った。


 姫は緊張しているのか、目元が赤い。


 それが、とても愛おしく感じた。



「あそこだと邪魔されるかと思って言えなかったが」


「は、はい」


「チャロナ。嘘偽りのない俺の本心だ、聞いてほしい」


「は、はい」


「俺は……」



 なのに、ここでも最高神に邪魔をされたのか。


 言葉と共に、記憶もいじられ意識を失ってしまったのだった。

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