96-4.衝突のテンプレ






 *・*・*








 全く、なにをやってるんだ私!


 どう言うわけか、ベンチにカイルキア様と座ってから会話してたはずなのに。


 いつのまにか、緊張のせいで気絶してしまったらしく、それをデバガメ悠花さん達に見られて心配までかけてしまったようで。


 で、今はまたカイルキア様とご一緒するのに、裏庭の開けた場所に到着したんだが。


 どうやら、少しお話があるらしく。



「散歩と言ったが、俺はどちらかと言えば口下手な方だ。軽く運動でもしないか?」


「え?」


「その装いでも、リーンとかは剣技をしてたし。お前も多少は出来た方がいいだろう?」


「え、え?」



 きゃっきゃうふふとまではいかないけど、お散歩デートじゃないんですか?


 ここで、一応非力とはいえ女性相手に鍛錬の申し込みをされるのですか?


 まさか、カイルキア様は脳筋……じゃ、ないはず。


 武術関連については、以前のお話の時でもされてたから。



「軽く動かすだけだ。そう難しくはない」


「だ、旦那様に剣技を教わるのは……いいんですか?」


「構わない。俺が言い出したことだ」



 というわけで、外に設置してある木剣を二本カイルキア様がお持ちになられてから。


 なんでもいいので、かかってこいと言うから……悠花ゆうかさんの以前の動きを参考に踏み込んでみたら。



「良い切り出しだ。その調子で打ち込んでこい」


「は、はい!」



 コン、カン!っと、乾いた木の棒のような音が辺りに響き渡っていくが。


 鈍い動きなのに、受け止めてくださってるカイルキア様はここはこうとか的確なアドバイスをしてくれて。


 私もなんだか、段々と楽しくなってきてしまった。



「いいぞ。次は俺に当てる気でこい!」


「言いましたね!……ありゃ!」


「お、おい!」



 なら、大技を決めてやろうと思ったらフリルは少なめでもスカートの裾に足がもつれてしまい。


 体が倒れそうになって受け身を取ろうとしたら。


 ふにっと柔らかい感触が唇に当たった。



(ま、まさか……?)



 他に痛みとかが感じられなかったので目を開けてみると。


 目の前にはスミレ色の瞳が大きく見開いていた。



(え、ふぇ!?)



 ま、まさか、と少し離れたら可愛らしいリップ音が耳に届いた。



「い、いや、その!」


「じ、事故! 事故ですから!」


「そ、そう……だな」



 異世界転生以前にもなかったファーストキスがこんなことってあるぅ!?


 けど、意外に柔らかかったカイルキア様の唇の感触がまだ残っている。これは後でも思い出して悶えてしまうだろう。


 今もだけど!



「や、やっぱりこの格好だといけませんでしたね!」


「そう、だな。すまない、無理を言って」


「いいえ!」



 とは言え、気まずくなってしまったことに変わりなく。


 このままお散歩を続行しても緊張疲れになるだけなので、二人で剣を片付けてからお屋敷の三階に戻ったんだけど。



「チーぃちゃぁーん?」



 カイルキア様と別れてから、私の部屋の前で悠花さんが仁王立ちになっていたのだった。



「な、なぁに?」


「見たわよ見たわよ!」


「ふぇ、まさか!」


「テンプレ王道ドジっ子パターンを見てしまったわ!」


「んもぅ、どっから見てたの!」


「あたしの部屋から。あそこの真上よん?」


「ふぇ〜!」



 全部見られてた!


 他の人にも見られるのは恥ずかしかったのに、マブダチにまで目撃されてただなんて!


 ところで、リーン様達は?と聞いたら、カイルキア様の執務室にだって。ロティは悠花さんのお部屋で、レイ君がお昼寝の番をしてくれてるらしい。



「絶対いつかやらかすかと思ってたけど、こんな早くにだなんてあり得る〜?」


「ほ、ほほほ、本当に不可抗力だったんだってば!」


「ファーストキスの感想は?」


「あれをそうしたくない!」


「けど、感触とかはまだ覚えてるんでしょ?」


「う、はい……」



 読まれてる。


 さすがは元OLさんは全部わかっていらっしゃる。


 でも、意識しないわけないじゃないか!



「きっかけにはいい兆候じゃなーい。カイルも嫌がってないんなら、脈ありじゃないの〜?」


「う……そりゃ、嫌がる素振りはなかったけど……」


「なら、一歩前進。告白する時にもきちんと言いなさいよ? あれは嫌じゃなかったって」


「うう〜……」



 稽古については、楽しかったは楽しかったけど、衝突キスの記憶の方が強過ぎてあんまり覚えていない。


 ああ、あの人の唇って意外にカサついていなくてフワフワ柔らかいんだと、今でもリアルに思い出してしまう。


 もう一度触れたいだなんて、まるで痴女のように思ってしまった私は思わず扉にガツンと頭を打ち付けた!



「ちょ、何してんのよ!」


「ぼ、煩悩まみれの頭の中を落ち着かせるのに……」


「何よ。好きな相手に触れたいって思うのはごく自然なことなんだからとやかく言わないの!」


「自然?」


「こう見えても、あたしだってエイマーとはちょくちょくイチャついているわよ。けど、それはエイマーもだから受け入れているわ」


「きゅ、急に生々しい話!」


「と言っても、キスとハグぐらいよ。初めてについては、ハネムーンまでとって置いてるわ」


「ほえ」



 びっくりした……びっくりした。


 悠花さんは悠花さんだけど、この世界では男性だからそりゃまあ人並みに抱く思いはあるだろう。


 けど、エイマーさんを思って今は我慢している。逆にそれはエイマーさんも。



(けど、恋愛って……キラキラとした綺麗事だけじゃないって聞くから)



 私も少なからず抱いた感情を、もしカイルキア様が持ってくださったら。


 また、抱きとめてくださるのだろうか?


 また、触れてもらえるのだろうか?




「チーちゃん、今の表情鏡で見てきたら?」


「……へ?」


「リーンにも負けないくらい、超絶恋してる乙女の顔って感じよ。あの子がここにいたら、再挑戦しなさいとか言いかねないくらいに」


「え!」



 そう言うので、部屋に急いで入ってドレッサーに向かえば。


 鏡の中の私は、必要以上に赤くなって目が潤んでいたのだった。



「まあ、すぐにとは言わないけど。あたし達のようにならないで欲しいわよ?」


「……けど」


「身分差とかについては、リーンやシャルから言われたんでしょ? いいのよ、この世界……特にこの国では強固派を除いて気にされてないんだから」


「迷惑……じゃ、ないかな?」


「確信は得てなくても、拒否されてないんだったら少しでも可能性はあるはずよ?」


「……うん」



 けど、でも。


 あれだけ背中を押してもらっても。


 役に立てていなかった、あのパーティーとの関わり合いを重ねてしまうと。


 もし、パン作りの技術以外必要でなくなるならば。


 私は……このお屋敷ですらいられないんじゃって思ってしまった。

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