95-4.第一歩をふむ
*・*・*
そうして、アイスは抜きにしてスフレパンケーキをお菓子教室で作ることは決まり。
夕方まで時間がたっぷりあるので、おやつ提供はシェトラスさん達がやってくださることになり。
私とロティは、何故か自室でアイリーン様とシャル様とお話する時間を与えられました。
「うふふ、うふふ。このアイスクリームはいくらでも食べれますわ!」
で、話のお供に二種類のアイスクリームは確保して。
お腹を壊さない程度に、ちょっとずつ食べています。
テーブルと椅子を用意して、お茶会を開く感覚で始まったお茶会は、なんだか前世のガールズトークのようで。
けど、私は使用人なのに同席していいのだろうかと思うが。
アイリーン様が、『お姉様だからいいのですわ!』とおっしゃるので、逃げられないなと受け入れました。
ロティはロティで、最近やっと使えるようになったスプーンでちびちびとヨーグルトアイスの方を食べていた。
「ところで、アイリーン様。お話とおっしゃいましたが何をなさいますの?」
「うふふ、もちろん、チャロナお姉様についてです!」
「え」
「と言いますと?」
「シャルお姉様はご存知ないのはご無理がありますが、わたくしのお兄様を好いていらっしゃいますのよ!」
「まあ!」
「り、リーン様!」
ああ、また一人……しかもお貴族様に知られてしまった。
いくら、私の持つ
前に、エピアちゃんの言ってた強固派じゃないにしても。
きっとよくないことだと思っていたのに、なのに。
シャル様は何故か、恍惚の笑みを浮かべていらっしゃった。
「まあ、まあ! 先代陛下のような身分差の恋なのですね! それは素晴らしいですわ!」
砂糖菓子のように甘い美貌の持ち主でも、中身はアイリーン様とよく似ていらっしゃるのが少し分かった気がした。
『でふ。ご主人様はリーンしゃまのおにーしゃんが大大大大大好きなんでふ!』
「ちょ、ロティ!」
「たしか、先代とその王妃様も宮廷女官との身分差の恋。よく似ていらっしゃいますわ。わたくしも微力ながらも応援しますわ!」
「しゃ、シャル……様も反対されないのですか?」
「何故です? 強固派はわたくし大っ嫌いですもの。惹かれてしまう恋心を抑えることは、身分差問わず難しいですわ。それに、チャロナさんは愛らしいですから、きっとカイル様とお似合いです」
「にににに、似合わないです!」
「まあ」
アイリーン様やシャル様と違って、平平平平凡な底辺顔面偏差値でしかない私に、美の化身といっても過言じゃないカイルキア様とだなんて!
たしかに、相手を好きだと言う気持ちは認めても、そこから先に進もうだなんて恐れ多くて無理なのが現実。
なのに、私が慌てだすと、お二人はなぜか私の顔をじっと覗き込まれた。
「これほどにまで愛らしいお顔ですのに?」
「やはり、おかしいですわ! シャルお姉様、わたくし提案がありますの」
「まあ、なんでしょう?」
「チャロナお姉様を素晴らしく着飾って、カイルお兄様の御心を射抜くのですわ!」
「まあ、素敵!」
「え、え」
と、提案されてしまってからが速かった。
前にシュライゼン様からいただいた例のワンピースを、アイリーン様がロティに聞いてから取り出され。
ドレッサーにずっと置かれたまま、日常で使うこともなかったメイク道具でシャル様に綺麗綺麗に顔をいじくられ。
髪の方も、シャル様がヘアメイクしてくださったら。
鏡の中には、以前授章式と同じように化けた私の出来上がりだった。
「さすが、シャルお姉様! 素晴らしいですわ!」
「頑張りましたわ。さあ、チャロナさん。カイル様のところへ参りましょう!」
「で、ですが、旦那様はお仕事中」
「お散歩の時間くらいなら、レクター様が作ってくださいますわ!」
「自信をお持ちくださいな。殿方を愛しく思うお気持ちに嘘をつかれるのは体にも良くありませんもの」
「シャルお姉様も大変でしたものね?」
「ええ。シュライゼン様の御心を射止めるのも、本当に大変でした」
「え?」
こんな素敵なお嬢様でも、アイリーン様のように苦労してきたと?
その話が気になったのが顔に出てたのか、シャル様は小さく舌を出された。
「わたくしは侯爵……アイリーン様やカイル様よりは少し下の貴族の者ですが、シュライゼン様とは昔からの顔見知り……幼馴染みとでも言いましょうか。馴染みが深過ぎて、ただの貴族として好かれているだけだとずっと思っておりましたの」
「シャル様でも……?」
「チャロナさん。貴族も立場を除けば、他の国民達と然程変わりませんわ。ただの人間に変わりはありませんもの」
「ですが。シャルお姉様は見事シュラお兄様の御心を射止めましたものね!」
「ええ。18の頃にあの方から告げられて、少し前に婚約しましたが。その時は、あの方にも見せたくない程酷い泣き顔になりましたわ」
「そう……なんですか」
強固派もだけど、お貴族様の考え方を知らなかったから尚更驚いた。
立場を除けば、他は普通の人と変わらない、ただの人間。
そこの部分を聞くと、何故かすとんと気持ちが軽くなっていった。
「それに。想う御心に身分差など、関係ありませんわ。この国では、王族ですら幾度もありますもの」
「それは、他の人に聞きました……」
「でしょう? それに、もしカイル様が貴女をお想いになられていらっしゃったら、どうします? それを否定なさいますか?」
「カイ、ル様が……?」
ないない、と思いかけたが。
私に向けた、優しいお言葉の数々や仕草。
まさか、と幾度か思ったことが、もし現実でそうだとしたら。
自惚れてもいいのかと思ってしまいそうだった。
「わたくしの祝賀会でのダンスも美しかったですわ! 数々の王家での逸話を思い出すほどでしたわ!」
「そ、そこまでですか……?」
「わたくしも拝見しとうございましたわ。ですから、チャロナさん。妹君がこのようにおっしゃいますのよ? 一度身分を忘れて、ただの人間としてカイル様をどう想うかをお考えくださいな」
「人間として、カイル様を?」
「ええ」
命の恩人。
唯一の雇い主。
それはもちろんだが、時折私に向けてくださる優しい微笑みと、麗しい美貌。
休暇の時にお話出来た貴重なお時間。
私の拙い子守歌を、素晴らしいと褒めてくださったあの夜。
魅力のあふれる人間として、私はテンプレ王道ストーリーのヒロインみたく、あの人に惹かれていた。
「…………好きです。どうしようもないくらいに」
『でふ!』
「けど、ただの使用人だと言う理由で気持ちを押し殺そうとはしてました」
「ですが、ここのお屋敷の皆さんやアイリーン様は違っていらっしゃったでしょう?」
「はい、むしろ協力的で」
「他国の事については。わたくし一部しか存じ上げておりませんが、この国では、件の強固派以外の貴族は割と献身的ですの。先代陛下方を応援なされた貴族もたくさんいらっしゃったとお聞きしました。ですから、わたくしもアイリーン様やこのお屋敷の皆さんのように、チャロナさんを応援いたしますわ」
「シャル様……」
本当に。
本当に、この国の人は良い人ばかりだ。
誰も彼も、あったかくて優し過ぎる人達ばかりで。
パーティーから脱退させられるまでは、ずっと不安を抱えてた毎日なのに。
ここに来てからは毎日が楽しい。
パン作り以外でも、笑顔でいられる安心出来る場所。
ずっと居たい所だ。
「ずっと……この、お屋敷に、いたい……です」
「泣かないでくださいましな、チャロナお姉様。お兄様とご一緒になられましたら、ずっといられますわ!」
アイリーン様は、上質な布のハンカチを惜しみもせずに、私の目元を拭いてくださった。
「ええ、その通りですわ。そのためには、まず一歩。カイル様と少しずつでも構いませんので、ご一緒なさった方がよろしいですわ」
「カイル様と……」
と、言われたところで私は気がついた。
前世でも、ろくに恋愛経験がない私に、あの美貌の青年とどう話せばいいのやらと。
「ふふ。使用人と言う立場で何を……とお思いでしょうが。最初はなんでもいいのですわ。むしろ、あの方の好みになるパンやお菓子の話題でも」
「あ」
シャル様の助言の通りにすれば、少しずつ会話は弾むかもしれない。
むしろ、休暇の時はそうだったじゃないか。
共通になる人とかの話題でもなんでも。
それで普段の食事の時も話せているじゃないか。
「ありがとうございます。お話、出来そうです」
「では、参りましょう! お姉様!」
「付き添いとして、わたくし達も同行しますわ」
『ロティはお留守番するでふ!』
これが、私の第一歩。
そして、カイルキア様にお近づきになりたいが為の、決心の一歩になるのだった。
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