91-3.また会いに行ける(アインズバック視点)







 *・*・*(アインズバック視点)









 ああ……ああ。



「……限界だ。マンシェリーに会いたいぃいいいいい!!」



 カイザークも席を外してる間を見計らったわけではないが。


 俺は……溜まりに溜まったストレスを発散すべく愛しい娘に会いたい気持ちを叫んだ。


 叫んだところで、あの子は甥の屋敷の使用人として生活しているからすぐに来れるわけでもないが。



「事情が事情とは言え、バカ息子シュライゼンはしょっちゅう会いに行っているしいぃいい!」



 羨ましいぞ、こんちくしょう! と叫んでも、執務室には今誰もいないから虚しく響くだけに終わる。



「……兄さん。鬱憤溜まっているね?」


「うぉ!?」



 ジタバタしてたら、いつ入ってきたのか弟のデュファンが苦笑いしながら俺を見下ろしていた。



「人払いではなくとも、カイザーク殿もいらっしゃらず、ようございました。廊下まで響いてたでござるよ」


「フィセルもか……」



 一応ノックはしただろうが、俺がうだうだしてる間にそっと入ってきたのだろう。


 俺がマンシェリー会いたさに、気配すら気づかなかったとは、王として情けない。


 が、一人の父親としては、まあいいだろう。



「陛下。王女殿下にお会いされたいお気持ちはよく分かりますが、殿下を知らぬ者に聞かれでもしたら大変でございますぞ?」


「う……それはすまん」



 全員が全員でないが、近習達の一部にはマンシェリーが国に帰還していることは知らせてはある。


 だが、フィセルの言うように、万が一亡国していた王女を利用しかねない輩に聞かれでもしたら。


 あの子の、今後の幸せな未来を砕きかねない。


 親バカと自覚はあるが、自分本位過ぎたとフィセルに謝った。



「僕らも、リーン達の祝賀会以来会ってないんだからわがまま言わないで欲しいよ?」


「それでも会いに行こうと思えば、行ける側だろうが?」


「まあね?」


「く〜〜〜〜〜〜!」



 あの子の雇い主の父親だからとは言え、憎たらしいやつだ!


 フィセルの方は、その護衛だから同伴はいつものことだが。


 悔しい……悔しい!


 が、何故そんな二人が俺の執務室に来るんだ?



「兄さんの言わんとしてることはわかってるさ。どうして僕らが兄さんのとこに来たかだろう?」


「デュファン様がおっしゃるには、王女殿下……姫様の様子見を共に行かれるかどうかとの御提案でござる」


「…………は?」



 俺が、あの子に会いに行ってもいいと言うのか?


 デュファンにしては、随分と優しげな提案だが。



「あの子の生誕祭と成人の儀をとり行うのに、兄さんも頑張っているとカイザー達からは聞いているよ。なら、僕達と一緒だったら……と思ってね?」


「拙者の意見は、デュファン様と同じにござる」


「いい……のか?」



 娘に……マンシェリーのところに会いに行っても。


 たとえ、まだ実の父と明かせなくとも。


 再三再四聞くと、弟は笑顔で頷いてくれた。



「分はわきまえているし、いいと思うよ。さっきみたいにストレス溜めすぎの方が良くもないし」


「う」


「ちょうど八つ時も近いし、遊びに行くついでにあの子の料理もいただこうじゃないか。彼女の料理は本当に美味しかったし」


「……馬車で間に合うのか?」


「いいや? 僕の転移・・で」


「……………………は?」



 弟が、デュファンが転移を行使出来る、だと?


 実の兄抜きに、初耳なんだが!



「……先日、ようやく会得なされたらしく」


「な」


「魔力量はそこそこあったからだけど。まあ、自分の娘や甥が出来て。親の僕が出来ないわけにもいかないからね。今日も無事に成功したし」



 だとしたら、それでいきなり俺の部屋にも入ってこれたのか。シュライゼンしかしないと思っていたことを。



「しかし、デュファン様。陛下は少しばかり変装されねば。このままでは」


「そうだね。カイザーには伝えてあるから、兄さんもう少し地味めに着替えてきてよ」


「…………わかった」



 驚くばかりだが、娘に会いに行く手段が増えるのならばもう何も言うまい。


 それと、土産につい先日作った別の人形を持って行こうと私室に戻りながら包みの選別を考えることにした。



「じゃ、行くよ?」



 シュライゼンの時もだが、転移を使えぬ人間は基本的に使用者の体の一部に触れてなくてはいけない。


 俺は、フィセルと一緒に弟の肩に手を添えて。


 弟は、何か詠唱のようなものを唱えてから天高く両手を掲げた。


 バカ息子とは違い、無詠唱で行使出来ぬのを詠唱で補っているのだろう。


 目の前が白く染まってから、少しして。


 気がついたら、見覚えのある廊下に立っていたのだった。



「うーん。目の前で驚かせる手もあったけど、部屋にいるかもしれないしね?」


「八つ時前に、我が倅と魔法の特訓もしていると聞きましたが」


「うん、それもあるから休んでることもあるだろうし」



 けど、二人の読みは外れて部屋にマンシェリーはおらず。


 下の階に降りると、転移で来た俺達が何故ここにいるのか知らないでいる使用人達はすれ違うたびに最敬礼をすることになり。


 ただ、メイド長のメイミーに会うと彼女は最敬礼をしてから小さく微笑んだ。



「大旦那様、皆さまは姫様にお会いに?」


「うん。そのつもり。今は厨房かな?」


「はい。マックス様達と、冷たいお菓子を作られているようです」


「「「冷たい菓子?」」」



 飲み物ではなく、菓子ときたか。


 また前世の記憶を頼りに、枯渇の悪食で消えたレシピを再現しているのだろうが。


 どんな料理なのか、やはり気になる。


 つい先日、シュライゼンがカイザークと持ち帰ってきたパンも美味かったしな。



「私も詳しくは存じ上げませんが、孤児院に持っていくおやつの試作とか」


「……そうか」



 あの孤児院には。


 俺が英雄王と謳われてしまった戦争の孤児達がまだ数多くいる。


 その子達には、俺の娘のパンを食べさせてあげるしか。悲しみを減らすことは出来ないだろうか。



「じゃ、にい……『アインズ』? 行こうよ」


「あ、ああ」



 あの子に俺が国王と言うのをまだ明かしていけないと同時に。


 この弟とも、兄弟であることをバラしてはいけない。


 そうすると、王子の身分を隠しているシュライゼンにも繋がりかねないからだ。


 そこからは、メイミーと別れて、三人で厨房に向かうことにした。

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