84-3.善哉会①

 しかし、だ。


 ロティとは違って、まだ1歳くらいにしか見えない赤ちゃんなのに、随分と賢い子だと思う。


 前に、メイミーさんの娘さんであるサリーちゃんでももう少し大きいから納得は出来たが。


 1歳児って、こんなに話すことって出来ただろうか?


 そりゃ、たまに抜きん出て育つ子供もいるかもしれないが。



「ねーね、この妖精ふぇありーとあしょびたい!」


『でふ?』



 そして、自己主張もしっかりしている。



「ダメよ。こちらのお姉さんに渡す物を渡したら、帰るんだから」


「えー、美味ちーも、ふご!」


「それは、お姉さんの都合もあるんだから、必ずではないの!」



 どうやら、赤ちゃんは私の話をおふたりから聞いて、会えば美味しいパンとかを食べれるかもと予想しているのか。


 ユリアさんは、ダメっとは言ってるけど……多分後ろで瓶のようなのを持ってるフィルドさんはわかっているかもしれない。


 対価にふさわしい品を持ってきたのだから、何か食べさせてくれると。


 けど、そうもしなくても、私達に小豆を持ってきてくださっただけで十分なのに。律儀な人だ。



「大丈夫ですよ? ちょうど、小豆を使ったおやつがありますので」


「君達のお陰で食べれるんだ。ご馳走させてほしいよ」


「ほんと!」


「……わざわざありがとう」


「わーい!」



 と言うことで、3人分の善哉を用意することにはなったけど。


 赤ちゃん……名前を聞くと、愛称がシアちゃんらしいが。あの子のだけは、もう少し小さいお餅にしてあげようと決めて。


 作る直前に、フィルドさんからは少し重たいワインボトルのような瓶をシェトラスさんに渡した。



「チャロナには、きっと喜んでもらえる調味料になるんだー」


「なんですか?」


「酒」


「お酒……? ワインですか?」


「ううーん。えーと、たしか、『セイシュ』ってやつ」


「え!」



 なんで、欲しかった材料の一つをそう簡単に手渡してくれるんですか!


 この世界だと、例えばホムラ皇国近郊くらいじゃないと手に入りにくい貴重なお酒を。


 なんで、この若いご夫婦は簡単に差し出してくれるんだろう。


 私は、パンでしかお返し出来ないのに、対価が高……過ぎることもないかも。


 私のパンが、むしろこの世界の食事事情を思えば、希少価値が高いですまない。



「説明が曖昧でごめんなさいね。小豆もだけど、セイシュもあなたの料理になら使えると思って探してきたの」


「い、いいんですか?」


「構わないわ。あなた・・・だから、作ってくれる。それを確信してるから持ってきたの」



 ユリアさんは力強く言ってくださるけど……。


 なんだか、タイミングが良すぎる気がする。


 まるで、私の頭の中を覗き込んでいるような気がして。


 けど、出会った回数は少ないが、邪険にしてはいけないだろう。


 むしろ、有り難く受け取らなくちゃ。



「ありがとうございます! パンには出来ませんが、美味しいお料理が出来ますね!」


「チャロナチャロナぁ〜〜、どんな料理?」


「え、フィルドさんはご存知じゃないんですか?」


「うーん。最低貝を蒸すとかそれくらい」


「酒蒸しですね、それもいいんですが。お魚の切り身をこの前、お屋敷の人からいただいた調味料と合わせて煮込み料理が出来るんです!」


「おー!」



 やっぱり、やってみたいのはサバの味噌煮。


 お酒と味噌があればやるっきゃないもの!



「それぇ、しあも食べちゃい〜」


「え?」


「こら、シア。今から美味しい物をいただくのに、ワガママ言わないの」


「え〜〜……」



 賢いけど、やっぱり子供らしいとこは子供らしいかも。


 なんだか、サリーちゃんを思い出すような感じになってきて、少し微笑ましく思えた。


 ユリアさんは、親戚さんらしいけど、子育てに慣れてるお母さんみたいにも見えるし。



「おーれも、食べたーい!」


「あなた!」



 逆に、フィルドさんはシュライゼン様並みに子供っぽいとこが多いけど……。



「はっは。よろしいのではないかな、ユリア夫人。無償どころか、わざわざ食材を分けてくださるのだから」


「け、けど」


「旦那様以外にも屋敷の皆で、小豆のお陰で楽しい催し物を開けました。その対価以上に、十分尽くしてくださってるし」


「……ありがとう、料理長」



 と言うわけで、シェトラスさんのご厚意でサバの味噌煮を振る舞うことには決定したが。


 明日は、シュライゼン様とカイザークさんがパン作りを習いに来られる日なので。


 今日から3日後に、サバの味噌煮を作ることになりました。


 けど、せっかくのお酒だから味噌煮以外にも色々作りたいと計画しました。



「じゃ、善哉お持ちしますね?」


「それが今日のおやつ?」


「はい。小豆で作ったスープに、お餅と言うものが入ってるんです。お餅を急いで食べないように注意してくださいね?」


「うん」


「わかったわ」



 そうして、3人分を用意して戻ったら。


 何故か、ウルクル様がシアちゃんを高い高いしていることになっていた。



『ほーれ、ほれ。どうじゃ?』


「たきゃーい!」


『うむうむ。幼き赤児らしいのお』


「いつもごめんなさいね?」


『なに。構いやせん』



 会話を聞く限り、フィルドさんご夫婦とお知り合い?


 どこで、と聞くのも野暮だろうけど。神様だし、縁の繋がりは多岐に渡るかもしれない。


 ウルクル様は、私に気づくと、シアちゃんを椅子の上におろしてこちらに飛んできた。



『おお、チャロナ。それが昨日言っておった『ゼンザイ』と言うスープか?』


「はい。ウルクル様もすぐに召し上がられますか?」


『うむ。イチゴダイフクの方もあるのなら、あやつらにも分けてやってほしい。ラスティとはまた違うが、ふたりとは知己の仲なのでな?』


「わかりました」



 やっぱり仲良しさんだ、と分かれば頷くしかない。


 いちご大福の件も承諾したら、善哉をこぼさないように深めのスープ皿をそれぞれの前に置き。


 スプーンとフォークも置いたら、また説明する事に。



「白いのがお餅です。フォークで刺しても伸びやすいんですが、よく噛めば大丈夫なので」


「わー、甘くて香ばしい、いい匂い!」


「シア。お行儀よく食べるのよ?」


「あい、ねーね!」


「いちご大福もお持ちしますので、冷めないうちにどうぞ」


「「いただきます」」


「いちゃだきまーす!」


『チャロナ、はよう妾にも!』


「はーい」



 そうして、ウルクル様の善哉を用意するのに厨房に戻る際。


 後ろから、大声で『美味しい』の言葉が聞こえてきたのだった。

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