81-6.気になって気になって(ライオネル視点)







 *・*・*(ライオネル視点)








(……催し、物だと?)



 王女様チャロナとマックス様。そして、菜園のラスティ殿の番でもあられるウルクル様が通り過ぎたところを、たまたま近くにいた俺は。偶然にも聞いてしまった。


 なにやら、また美味なる物を、馳走してもらえるのと少々違うらしい。


 ついて行きたかったが、仕事があるのでそうも行かず。


 だが、見習いのピデットには聞きたい事が出来た。




「……ピデット、今いいか?」


「はい?」



 少し前に、持ち場から飛び出して行ったピデットは、今植木の剪定をしていた。


 勤め出した頃はともかく。今は俺を見てもあまり怖がらなくなってきた、数少ない貴重な奴だが。


 今回ばかりは、俺に叱られるのかと思ったのか、顔色が少し青い。


 まあ、たしかに。


 アンドーナツの件で、勝手に持ち場を離れた事に関しては叱るべきだろうが。


 あれは一応休息の時間の範囲で帰ってきたから、不問にしようと思っていた。


 それよりも、本題に移りたい。



「……ピデット。チャロナ・・・・に会いに行った時のことだが」


「な、なんっすか?」


「…………何か、催し物をすると言ってなかったか?」


「へ?」



 この反応。


 ならば、つい先程耳にした事は、まだ決まったばかりと言う事か?



「……いや、知らないのならいい。邪魔をしたな?」


「え、はい……?」



 知りたい。


 旦那様に伺えば、答えてくださるだろうか?


 いや、もしくはマックス様に。


 仕事を進めながらも迷っていると、中庭に移動した時に、エスメラルダ先輩が酒瓶のようなものを持ち歩きながら鼻歌を歌っていた。



「…………どうされたんですか?」


「おや、ライ。相変わらずの形相だけど、こっちはいい気分だから気にしないでおいてやるよ」


「はあ……」



 おそらく、先輩がそう言うくらいだから、俺の今の表情はかなり険しいものになってしまっているのだろう。


 だから、か。少し前から、ピデットもだが誰も近寄って来ないわけか……。


 少し反省しながら息を吐くと、先輩はケラケラと笑い出した。



「ああ。質問に答えてなかったねえ? 実は、姫様が提案した催し物に必要な材料を届けに行くのさ?」


「! 先輩は催し物についてご存知なんですか?」


「おや、あんたも聞いたのかい?」


「…………姫様とマックス様がお話されてるのを耳にしましたが、詳しい事までは」


「なーんか、面白い八つ時の時間を作ってくれるそうさね?」


「八つ時?」



 と言う事は、食事よりも甘味。


 また、レアチーズケーキのような。


 もしくは、今日ピデットがすがりつくような勢いで頼み込みに行った、あのアンドーナツに匹敵するものか?


 どちらにしても、催し物となれば……。


 先輩に頼み込むとなれば、俺達も参加出来る可能性が高い!



「あたいも、まだ詳しい事までは聞いていないが。このショーユを使ったり、今日のアンドーナツの中に入ってたアンコを使うと、美味いもんが出来るそうさ」


「! アンコ……と?」



 今日のも、以前食べたアンパンに、バターで焼いたものも。


 アンコは非常に美味かった。


 美味すぎて、正直に言うとレアチーズ以上に虜になりそうだった。


 姫様の説明によれば、赤い豆を煮て作ったと言うだけだが。


 それだけで、あのように優しい甘さとなめらかな舌触りの……美味になるとは思えないが。


 姫様の事だ。特別な工夫をされてるに違いない。


 しかし、そのアンコを使って、さらに美味なる物にとは?


 それと、先輩が手にしている、ショーユとはなんなのか?



「ショーユ、ですか?」


「ああ。あたいの故郷クスティ周辺じゃ、定番の調味料さ。そのままだと塩辛いだけだが……料理にすると、風味がいい。これで、あの方はメンチカツサンドやコロッケに合うソースを作られたよ」


「! あの黒いソースの一部!」



 本当に。


 あの方は、どこでどう育てば、これ程までの美味なる調理法を身につけられたのか。


 また気になってしまうが、料理のあまり出来ない俺が聞いても意味はない。



「ふふふ。このショーユの活用法が色々あると思うと、わくわくするねえ? どーも、今回は甘味向きだからソースじゃないらしいが。期待してくれと言われたさ」


「……先輩。少しついて行っていいですか?」


「構わないが、何しに行く気かい?」


「催し物について、知りたく……」


「はは。強面のあんたが甘味好きなのは今更だしねえ?」



 なので、持ってた道具を庭の隅に置いてから。先輩が鼻歌を歌う横で黙ったまま、調理場の裏口に向かう。


 到着して、先輩が姫様を呼ぶと。


 少しして、姫様は契約精霊と一緒にやって来られた。



「あ、ライオネルさんもこんにちは!」


「……ああ」


『おじしゃん、こにちはでふうう!』


「ちょ、ロティ!」


「……いい。そこまで若くはない」



 ラスティ殿ともそう代わりないし、未だ独り身だ。


 先輩は、俺がおじさんと言われたのについてケラケラ笑っていたが。用件を忘れないうちに、ショーユの瓶を姫様に渡した。



「これくらいでいいかい?」


「はい。明日は練習なので、そこまで使いませんが」


「「練習??」」


「あ、まだあんまり広めないでください。……お餅と言うのを作るんです」


「聞いた事がない食いもんだねえ?」


「日程が決まり次第、ゼーレンさんから伝えてもらう予定です」


「……そうか」



 と言う事は。


 明日のその練習とやらでは、内うちで開かれると言うことか。


 少し残念だが、成功すれば俺達にもじきに伝わるのなら、楽しみにしておこう。



「……チャロナ。今日ピデットが押しかけただろう? すまなかったな」


「あ、いえ。また明日も作るので、大丈夫だよと伝えてもらっていいですか?」


「お、またあの美味いのが食えるのかい!」


「はい。あれだけ残念がってたので」


「気を遣ってくれて、すまない」



 催し物の方も気になるが、またあのふんわりした甘さのアンドーナツを食せるのであれば喜ばずにいられようか!


 少し残念な気持ちもあったが、言伝を帰ってからピデットに知らせてやると。


 飛び上がらんばかりに喜ぶはいいが、危うく道具で怪我をしそうになったのには、俺も流石に強く注意したのだった。

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