74-6.転移で追いかけっこ(シュライゼン視点)
*・*・*(シュライゼン視点)
我が妹が、カイル達のとこにアンパンを持って行ってから。
あの子が着替えてから、裏庭に出て、フィーと一緒に転移を教えることになったが。
「フィー、俺はどうしたらいいんだぞ?」
「シュラ様は、コツとかを嬢ちゃんに教えてくれ」
「……シュライゼン様の方が歳下なのは知ってますが、フィーガスさんは敬称呼びなんですか?」
「!」
「! ま、まあな!」
危ない危ない。
俺がこの国の王子で、王太子である事は、まだ二ヶ月後までこの子には告げられないのだ。
それをフィーも知ってても、いつも通りの呼び方を変えたりするのを決めてなかったので、もう変えようがない。
一応、貴族最高位はカイルの爵位なんだが。
貴族事情に詳しくない、我が妹は運良くそこに気づいていない。
マックスも敢えて教えていないからか、苦しい言い訳にマンシェリーがとりあえず頷いてくれた。
「んじゃ、転移についてだが。嬢ちゃんは俺とシュラ様……あと、リーンが使うとこくらいだろ? 実際に見たのは?」
「はい、指を鳴らすのを……ですよね?」
「無詠唱でも、合図があると座標……目的地を決めるイメージをしやすいからな?」
俺が初めてフィーから転移を教わったレクチャーとほぼ同じだ。
実際、宮廷魔法師だともっと長ったらしい講義を挟んできたりするが、フィーの場合は単純に要点を言うだけが多い。
「う、うーん。私の知ってる前世での魔法のイメージって、詠唱が長いか極端に無詠唱があったんですよね。全部作り話でしたけど」
「すると、嬢ちゃんから思えば、ここも作り話の中かもしんねーってことか?」
「そうですね。
「あいつの覚え方も独特だったが……そうか。マックスに当てはめて教えりゃいいか?」
「なんだぞー」
たしかに、彼のように教えれば面白い。
昔、まだ幼いながらも転生者としての自覚を持ってる彼には、色々教えたものだ。
「んじゃ、始めるか。嬢ちゃん、速攻で身体に覚えさせるが。転移は基本的に使用者の行きたい場所に移動する魔法と思っとけ。俺が今から転移すっから、追いかけるようにして来い」
「い、いきなりですか?」
「指が鳴らせないなら、声に出すとか自分なりにやってみろ。マックスも一応使えるが、この方法で覚えたんだよ」
「わ、わかり、ました」
「大丈夫、大丈夫。フィーを追いかければいいんだ。座標は常にフィーをイメージすればいいんだぞ!」
「は、はい!」
『頑張るでふぅ、ご主人様ぁ〜』
「ロティは、俺と待ってようか?」
『でふぅ』
ロティを抱っこして隅っこに移動すると、フィーとマンシェリーの追いかけっこが始まろうとしたんだぞ。
「範囲はこの裏庭だけだ。いきなり長距離は身体が堪えるしな?」
「えっと、ひたすらフィーガスさんを追いかけるように転移を?」
「そうだ。まず、確認も兼ねて一回こっちに来てみろ」
少し距離を置いたフィーが手招きするように、転移をしてみろと促してみると。
マンシェリーは指を鳴らせないのか、口を開こうとしていた。
「ふ、フィーガスさんのところへ!」
次の瞬間。
マンシェリーの姿は、その場から風みたいに溶け込むようにして消え、気づいた時にはフィーの隣に立っていたのだった。
「悪くねえが。その掛け声はなあ?」
たしかに。術としての完成度はまずまずだが、相手に気取られやすい方法だと、万が一の時に相手に居場所を悟られやすい。
なので、やっぱりフィーがマンシェリーに指鳴らしの方法を教える事になったんだぞ。
「あ、鳴った!」
「その調子だ。もう少し鳴らしてみろ」
「ええと……」
何度か鳴らしてみて、小気味よい音が聞こてきたら、今度こそ追いかけっこの始まりなんだぞ。
「んじゃ、行くぞ!」
「は、はい!」
まず、フィーがその場から消えて、次に出てくる前にマンシェリーも転移を行使してみて。
最初は奥の木の方、次は俺とロティの近くとか。
とりあえず、ぐるぐる回るように転移を繰り返していくと、段々と一時的に降りた場所にいる時間が短くなっていく。
時々惑わせるようにして、フィーが動けばマンシェリーも必死になって追いかけて。
そんな二人の行動に、ロティは俺の腕の中できゃっきゃ言いながら楽しんでいた。
『しゅごいでふ、おじしゃんもご主人様もしゅごいでふ!』
「ぶっ、おじさんって」
言われなくもないけど、フィーもまだ20代なのに。
よっぽど、不潔気味だった少し前のままを想像すると、ロティにはおじさんにしか見えなかったかもしれないが。
今のフィーも少し髭が伸びているから、そのせいもあるかもね?
「ぜーぜー」
「ほら、もうちょいだ。魔力はまだあんだろ?」
「そ、そうですけど……運動不足、で」
「力仕事で体力を使うのとは別だしなあ?」
まあ、フィーも冒険者を引退したとは言え、まだたったの半年。
鍛えていないわけじゃないし、身体の方も今も引き締まっている。
そこに、男と女の差を引いても、マンシェリーにはあまり体力がない。
調理の時は凄くても、あとは素人同然だから。
「ぜー……はー……」
そして、小一時間ほど。
マンシェリーも頑張るに頑張って、転移に身体が少し慣れてきたのか。後半はスムーズに追いかけっこを繰り広げてくれた。
けど、体力の限界まで付き合わせてしまったので、ここは俺がロティを抱えたまま、厨房に転移して冷たいハーブティーをもらってきたんだぞ。
「大丈夫かい?」
「こ、こんなにも……全力で鬼ごっこするの、子供の時以来で」
『ご主人様ぁ〜』
「だ、大丈夫だよ、ロティ」
『にゅ〜』
渡したハーブティーを一気に飲み終えてから、俺の腕から飛び出したロティを抱っこしてあげた。
対する、まだまだ余裕のあるフィーも、ハーブティーを飲んでからニヤリと笑った。
「コツは掴めただろ? 転移の欠点は、一度でも見た相手のいるとこにしか行けねーが。これで嬢ちゃんも、何かあった時は自在に空間を超えて相手のとこに行ける。これも、毎日の訓練に取り入れてみろ。マックスとやると今日以上に疲れるだろーがな?」
「あ〜……悠花さん容赦なさそうですしね」
「ま、頑張れ」
そう。
万が一、マンシェリーが危機に陥った場合でも。
焦ることがなければ、この転移で俺達のところに来れる。
俺が、元子爵の事件の時に、リュシア内で転移をした時のように。
逆はいつでも可能でも、彼女自身が使えて損はないから。
「頑張ったご褒美に、お兄ちゃんが回復魔法をかけてあげるんだぞ!」
これも、指鳴らしの要領で行使して、一陣の風がマンシェリーを囲うように吹くと、少しの間だけで、彼女の息切れが消えた。
「うっわ、すっごいです!」
「えっへん。今日もまだ仕事があるんなら、あんまり休めないし、これくらいはね?」
「ありがとうございます」
『でふぅ』
「さって。……あ、嬢ちゃんすまん」
「はい?」
「この前借りたプリンの容器、パーティーの時にゃ返し忘れてた。今でいいか?」
「あ、はい!」
「あー、プリン。また食べたいんだぞ!」
「また、ですね。今度はペポロンでも作ってみます」
「「どんな味(だ)??」」
想像はつかないんだが、マンシェリーの手にかかればきっと美味しくなるに違いない。
それを楽しみにして、爺やと合流してから俺達は王城に戻った。
「今日は大収穫を得たんだぞ!」
「二度も膨らませるのは、想像もつきませんでしたからなあ」
「次の日程もちゃんと決めたし、今度は俺達が母上のレシピでお土産を持って行こう」
「ええ、そうしましょう」
ああ、次が楽しみなんだぞ!
ただ、何かを忘れているような気がしたが。
この時の俺では、思い出すことが出来なかった。
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