74-5.あんぱん実食






 *・*・*










 まさか、あんぱんをお持ちした時にリーン様までいらっしゃるとは思わず。



『ふぉお、おねーしゃんでふぅ!』


「まあ、ロティちゃん! 少しぶりですわ!」


『でふぅううう!』



 ロティと一緒に、カイルキア様の執務室に行くと。


 ちょうど転移で来られてたのか。リーン様が大きな蓋つきバスケットを抱えて、お兄様のカイルキア様の隣に立っていらした。


 リーン様は、ロティが近くに飛んで行くと、バスケットをカイルキア様の執務机の上に置いてから、ぎゅっと抱き締められました。



「可愛いですわ! 可愛いですわ! このプニプニも素敵ですわ!」


『でふぅ、でふぅ?』


「ロティちゃんはいい子ですわ!」


「あまり強く抱きつくな。ロティはチャロナの契約精霊なんだからな」


「まあ、大丈夫ですわお兄様!」


『でふ!』



 そうして、ひとしきりロティに頬ずりをしてから離してくださり、私の方に来るとキラキラと目を輝かせてきた。



「お姉様! また美味しいパンをお作りになられたとお兄様に伺いましたわ!」


「え、ええ。豆を使ったパンですが、リーン様大丈夫ですか?」


「はい! 特に好き嫌いとかありませんわ! クッキーをまた焼いてきましたの。交換なさいませんか?」


「そうなんですか?」



 あのクッキーは確かに美味しかったけど、交換するほどのことではないと思うが。


 いや、忘れかけてた。


 私の作るパンだけでなく、『現代社会の料理』ってこの世界だとチート生産な上に美味しいから、価値が高いんだった。


 ついつい、ロティのお陰でなんでも出来ちゃうから、最近当たり前になりかけてた。


 とは言え、リーン様にもせっかくだからあんぱんを召し上がっていただきたい。


 なので、収納棚からあんぱんを出しました。



「まあ、そのような技能スキルをお持ちでしたのね?」


「いや、チャロナの場合は異能ギフトに含まれているはずだ」


「あ、そう言えば」


「なんでも入っちゃうので、私自身も異能ギフトと言うのを忘れがちなんですよね……」



 一度だけ、テーブルを入れてみようとしたら簡単に入った事もあったし。


 とにかく、今はあんぱんの事なので。


 取り出してから、それぞれのお皿に乗せて、応接スペースのテーブルに。


 リーン様は、あんぱんが出てくるとさらに表情を輝かせてくださった。



「素敵ですわ。こちらのどの部分にお豆が使われているのでしょうか?」


「見えないようにしていますが、パンの内側です。作る際に、生地に包み込むようにしています」


「まあ、難しそうですわ」


「そうですね。最初のうちは、結構苦労されるかと思います」



 カレリアさんのようになるかはわからないけれど、私も専門学校で習いたての頃は結構苦労した覚えがある。


 カレーパンの時も、最初は生地にはみ出したりして……懐かしい記憶だ。


 今は転生してるから、もう二度とない経験でも。



「いただいてもよろしくて?」


「はい、どうぞお召し上がりください」


「では、俺達もいただこう」


「うん。食べよう?」



 私達はもう食べたので、リーン様の隣で座っていると。


 リーン様は割りもせずに、あんぱんを両手で持つとじーっと見つめられた。



「どうされました?」


「いえ。このパンは、ちぎって食べる方がいいかこのままがいいか悩みまして」


「そうですね。人によりますが、私の知るところでは男女問わずにそのまま食べられる方が多いですね」


「では、参りますわ!」



 私がアドバイスした直後、かぷり、っと音がするような勢いでかじりつかれ。


 もぐもぐと口が何度か動くと、彼女の表情がどんどんほころんでいった。



「まあ、まあまあまあ! パンは以前いただいた時と同じくらい柔らかですが、中身が素敵ですわ! とても優しい甘さです!」



 小さくお上品に食べ進めてくださるのは、とっても嬉しい。


 だけど、ここで一つ忘れてたことがあったので収納棚からアイスカフェオレのピッチャーと氷入りのグラスを取り出した。



「中身……餡子の部分を少し召し上がった後に、こちらを飲んでみてください」


「あら? ミルクティーのようにも見えますが」


「いいえ。コーヒーにコロ牛乳を多めに入れたカフェオレと言う飲み物です。あんぱんにはとっても合いますよ?」


「いただきますわ!」



 アイスカフェオレを全員に行き渡らせ、リーン様達はあんぱんを少し口にされてからカフェオレを飲まれると?



「これは……美味い!」


「うん、ほんと美味しい! コーヒーの苦味も程よく和らいでるし、何より」


「ええ、レクター様! パンの甘みも程よく引き立てていますわ! この、アンコと言う部分ともうまく調和がとれていますわ! お姉様、この飲み物はコロ牛乳を加えただけですの?」


「はい。お砂糖も入れず、濃いめに淹れたコーヒーを冷まして、冷たいコロ牛乳を多めに入れただけです」


「まあ、すごく簡単なのですね?」


「はい。温かいものも出来ますが、その場合は牛乳も温めたものを使ってください」


「わかりましたわ!」



 喜んでいただけてよかった。


 カイルキア様もレクター先生も、気に入られたのかぱくぱくと食べてくださった。



「これは……ケシの実か?」


「はい。香ばしさのアクセントにもなるので。私の前世では、黒ごまが多かったんですが」


「「「黒ゴマ??」」」


「この世界でだと、ホムラではありましたね? 色んな料理にも使えますが、油を精製するのにも使われていました」


「お姉様はなんでもご存知なのですね?」


「なんでも、ではありませんが……」



 なんでも知ってたら、既にこの世界にあった醤油や味噌が存在してるだなんて知らなかった。


 そう言えば、ヌーガスさんから預かって、サバ味噌にする予定でいた味噌は収納棚に入れたままだ。


 あんぱんの方に気を取られていたので、今日明日には活躍させなくちゃ。



「けど、本当に美味しいよ。このケシの実、香ばしくていいアクセントになってるね?」


「気に入っていただけて何よりです」


「その黒ゴマ……油もだが、パンだと何に活かせる?」


「そうですね。今回のように、照り付けの卵液を塗った後に乗せる場合もありますが……あとはお菓子のおまんじゅうでしょうか? パンですと、ほかに白いゴマもありますので、調理した惣菜に合わせてたっぷり振りかけたり」


「まあ、そのソウザイとはなんですの?」


「簡単に言いますと、料理のメインになるような品の事です。それを、パンに包んで焼いたりもするんですよ?」


「まあ!」



 例えば、テリヤキチキンとたまごサラダとか。


 例えば、焼肉とか。


 ほかにも色々あるが、ゴマとの相性がいい食材は多い。


 是非とも試してみたいなあと思っていたら、なにやら視線が痛い気がする。


 ロティじゃないのは、膝の上に座っているのでわかるが。


 となると?



「…………………………………………えーっと?」



 それぞれ、表情の度合いが違ってはいても。


 カイルキア様達全員が、期待に満ちた表情でいらっしゃったのだった。



「……その、すぐには出来ませんが、召し上がりたいんでしょうか?」


「「「もちろん!」」」


「そのゴマとやらの調達は任せろ。いずれ、孤児院にも持っていくのなら試作する必要があるからな」


「あ、それ僕がしとくよ!」


「わたくしもお手伝い致しますわ!」



 はい、決定。


 まあ、作りやすいのならちょうど醤油もあるからテリヤキチキンとたまごサラダのにしよう。


 コカトリスの卵もたっぷりあるから、それが一番いいかもしれない。


 やるべきことは多いけど、嫌じゃない。


 むしろ、やる気が出てきた!



「では。お姉様の素晴らしいパンの後には、申し訳ありませんがわたくしの作ったクッキーをどうぞ」


「あ、ありがとうございます!」



 リーン様が出してくださったクッキーは、御令嬢の手作りとは思えないくらい多種多様で。


 ジャム、ナッツ、絞り出しなど色々あった。


 どうやら、三日後の孤児院へ差し入れの時に持っていく予定で、リーン様とカイルキア様のお母様がご提案されたらしい。


 保存は、リーン様の亜空間収納に既にされているので、このクッキーは私達宛てだそうだ。


 とても美味しそうに見えるそれらの、せっかくだからジャムのを一つ手に取り、ロティの分も渡してから食べさせていただくことに。




 サクッ




『ふぉおお、美味ちーでふぅうう!』


「うん。甘酸っぱくて、クッキー生地の部分は香ばしいけど、優しい甘さです!」


「まあ、良かったですわ!」


「うんうん。いつにも増して美味しいよ、リーン」


「ま、まあ!」



 レクター先生。


 箍が外れると、惚気全開だ。


 リーン様が、リンゴのように真っ赤になってしまわれた。


 なのに、ご本人無自覚なようです!



「クッキーは、母上直伝だからな……」


「えと、お二方のお母様が?」


「ああ。父は婿入りだが、母上は元々公爵家の人間だからな。お祖母様から色々教わったらしい」


「料理長がおっしゃっていた、公爵家直伝、ですか?」


「そうだな。シェトラス達も、彼女から手ほどきを受けたらしい」



 お会い出来るかどうかわからないけど、気になる。


 パン以外は、この世界だと最高基準に値する公爵家直伝の料理達。



「一度、お姉様もパンをお持ちになってお祖母様にお会いなさった方がいいですわ!」


「え、え?」


「すぐは無理だが。チャロナのパンは気にされてたからな。考えておこう」


「その時はわたくしもご一緒しますわ!」


「あんまりはしゃがないでね、リーン?」


「え、ええ」



 こちらも決定。


 なんか、またスケジュール過密になりそうだけど……差し入れの翌日が休み?だし、いいかな?



「ああ。それとチャロナ。差し入れの次の日にリュシアに行くとマックスから聞いているが、その翌日は屋敷で休め。遊びに行くと言っても、指導するのなら休みには入らないからな?」


「は、はい」



 前回の夏風邪のことがあったからか、きちんと休みを采配してくださいました。

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