74-4.遭遇(シュィリン視点)
*・*・*(シュィリン視点)
あと数日で……姫と出会える。
それがわかっただけなのに、妙な高揚感がわいてくる。
差し入れから程なくして、レイリアのところにも来る予定ではいるらしいが。
(……また、会えるのか……)
想いは、とうの昔に断ち切ったつもりではいたのだが。
成人されて、あのように美しいお姿を見てしまうと。
再燃してしまうのが、少し苦く感じる。
彼女の心には、もう想う相手がいることがわかっていても。
(俺も……諦めが悪いな)
オーナーや、兄君であられる殿下の前できちんと告げたことで終わりを迎えたと思っていたのに。
まだ、完全には諦めきれていない。
姫が夏風邪を引かれたと聞かされた時も。
王女と迎えられる時期が決まった時も。
ああ、俺の手の届かないところに行ってしまうんだな……と、正直落胆してしまった。
それは当然のことなのに、諦めが悪過ぎる。
店の仕事がまたひと段落してから、俺は雑用に任せる買い出しを自分で引き受けて、外に出た。
少し、頭を冷やしたかったのもあってだ。
「おや、シュィリン!」
「今日も別嬪さんだね!」
「野菜がいるなら安くしとくよ!」
街の市場まで出向くと、顔見知りの奴らが俺を見かけるたびに声を掛けてくれた。
別嬪……と言われるのは、格好を男の物にしても髪が長いせいで、ほとんど仕事中とかわりないせいだから仕方がない。
なんとなく、暗部部隊に所属してからも切るのをやめてただけだが。
いい加減切ろうかと思っても、店長もだが下の奴らが泣こうとするので切れないのだ。
「では、これとこれを買おう」
「まいど! いや〜、例の元子爵が捕まってからは。商売がやりやすいよ」
「!……そう、なのか」
姫が、啖呵を切ることで抑えられた元子爵。
店長とは、元親戚であったらしいが、あいつのせいでリュシアの商売関連にも不都合な状態を作るなど様々な事態が生じていた。
それを打破出来なかったのは、奴が王族にも関係があるからと言い張っていたが。
殿下の手によりひっ捕らえた今となっては、本当か定かではない。
「シュィリンは聞いてないのかい? 捕らえられるきっかけになったお嬢ちゃんが、王妃様の蘇りかもしんねーって」
「……その場にいたわけではないからな。初耳だ」
実際、噂の方は暗部として耳に入れてはいたが。
まだ、街中では根付いているようだ。
先日、オーナーがギルドに赴いた際に、噂を鎮圧してくれと願い出たらしいが。
人の噂は、そう簡単には消えぬ事というわけか。
「ちょっと、あんた。その話はギルドからあんましちゃいかんって言われただろーに」
「おっと、いけね。シュィリン、黙っててくれよ?」
なるほど、多少は声がけをしていたと言うことか。
けれど、店主の場合浮かれ過ぎていると、つい口を滑ってしまう、と。
とりあえず、俺は頷くだけにしてその店を後にした。
(対策をしているのとしないのとでは、別だからな……)
姫を、本当に王女として王城が迎え入れるまでは。
彼女は、ただ一人の人間として扱わなければならない。
それは、彼女の過去にいた俺も同じく。
「あーあ、チャロナがいるといないじゃ全然違うよ」
「!?」
今、すれ違った若い女冒険者から彼女の仮の名が聞こえた?
「文句……言わない。私達も悪いし」
「う、そうだけど。けど、あったかいご飯食べられないのが辛いっ!」
「自分で出来るように、なるべき」
「うー」
少し気配を殺しながら二人の後についていくと、どうやら姫の事について話してるようだ。
姫から聞いた話だと、元いたパーティーのメンバーとはぎこちない感じで接してたらしい。
が、どうやらこちら側は少しばかり大変なようだ。
だが、話の内容的には、脱退させた張本人じゃないらしいが。
「マシュランの、判断は正しかったかは……わからない。あの子が幸せになるべきなら、手放すのも一つの手」
「けどけど。やっぱ引き継ぎもなく離れさせるのはよくないよ。私達、あの子に全部任せてたんだから自業自得でも無理ありすぎ」
「そこは……わからなくも、ないけど。でも、あの子の居るべき場所は私達のところじゃなかった」
「そこも言うの遅過ぎだし、あの様子だと本人にも言ってないんじゃない?」
「うん。多分、マシュランが言ってた使者って人が迎えに行ったからかもだけど」
「あの子がねー? 元から綺麗だったけど、まさかって」
一応街の人混みに紛れているからか王女だと言う言葉は控えているようだ。
しかし、俺のところに来た使者……オーナーが言うには、カイザーク卿だったらしいが。姫を脱退させた原因だとは聞いているが、少しおかしな部分を感じた。
(なんだ?……何故か違和感を感じる)
これ以上ついて行っても、収穫は得られそうにないのと、大柄な男達と遭遇して尾行しにくいと判断したので、俺はひとまず急いで店に戻った。
「ミュファン、姫が前にいたパーティーの連中らが。まだこの街にいた」
「本当ですか、シュィリン?」
「しかも、姫の正体を知っている」
「では、呼び戻しに?」
「その感じは見受けられなかったが」
「何故?」
「俺も、そこは疑問に思った」
「あなただけしかお会いしてない、使者殿はカイザーク卿のはずですが」
「俺も直接ご本人とお会いしていないが……なにかがおかしい」
あの使者殿は、端的に用件を告げ、為すべきことをと行動に移すように促してきただけ。
実際のカイザーク卿がどのような人物かは、お会いしてないので判断は出来ないが。
もう少し、あの者達を尾行した方が良かったのか。
判断する材料が少な過ぎた。
「……一度、オーナーにご報告しておくべきかもしれませんね。三日後の時か、レイリアへの指導日の時か」
「……そこは、任せた」
「ええ。お使い、ありがとうございます。少し休んでください」
「ああ……」
だが、俺は。
頭を冷やすことも出来ず、休むことも出来ず。
かと言って、もう一度彼らを追うことも出来ず。
ただ悶々と、考えにふけるしか出来ないでいた。
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