44-3.隠された真実②(カイザーク視点)






 *・*・*(カイザーク視点)









 王宮を戦争の場として許してしまった、16年前。


 私めは、陛下の命を受け。急いで、王妃様と御生まれになられて間もない姫様の元へと向かった。



『俺の事はいい。アクシアとマンシェリーを守っててくれ!』



 本来盾になるべきは私めのような爺であるはずなのに。


 ご自身は侵略してきた敵国の者と対峙して、私めには何よりも愛しい方々の安全の確保を頼む。


 この勅命には、抗えない。


 先にお逃げになられた殿下は、きっと大丈夫だと信じて私は渾身の力を振り絞って、普段なら走らない王宮の廊下を急いだ。


 敵国の者は、なんの前触れもなく王宮に侵入してきたのでどこもかしこも戦場。


 倒れている者も、息もない者も大勢いたが、今は駆け寄って治癒しいてる間もない。


 陛下の命でもあるが、私自身がご無事か確かめたいがために走っていた。


 国の……私ども臣下にとっても心安らかになる慈愛の象徴に等しい王妃様。


 この爺は、家の関係で幼い頃より知り、かつ、ご結婚まで見守ってきた大切なお嬢様だ。宰相の位を陛下より賜ってからも、ずっとお側で見守ってきた。


 そして、第一子であられる殿下の家庭教師になったのもそのご縁で。


 だからこそ、大切であるあの方の安否が気になって仕方なく、焦りながらも廊下を走った。



(アクシア様……マンシェリー姫様、ご無事でいらっしゃいますか!)



 庭園も戦場と化していたので、少し遠回りにもなるが後宮になっている離宮へと目掛けて走っていく。


 転移が使えれば……とこれほど思ったことはなかったが、使えないものは使えない。適性がなかっただけだから致し方ないのだが。


 とにかく、頼れるのは己の足のみなため、途中は携えていた剣で敵襲を屠りながらも足を止めなかった。



「か……カイザーク様!」



 あと少しで離宮に着く手前で、見覚えのある衛兵の青年に呼び止められた。


 正直、構っていられる余裕はないが今は戦場。


 わざわざ呼び止めると言うことは、何か離宮でもあったかもしれない。



「どうした。王妃様と姫様はご無事か!」


「ま……まだ、確認は出来ていません。しかし、敵の者が何人か中に!」


「なん……だと」



 屈強な戦士で固めているはずの、離宮の守りを突破された?


 ソーウェン帝国は、いったいどこまで力をつけてきたのだ。


 王宮にも簡単に侵入出来たあたり、何か特別な異能ギフトか固有技能スキルをあの腐った皇帝が手に入れたのか。


 確かめる術が今はないため、私はまず王妃様方の安否を確かめるべく、衛兵の者には守りを立て直せと命じて中に急いだ。



「王妃様……アクシア様!」



 中に入ってすぐに返答をいただけるわけがないと知っていても、叫ばずにはいられなかった。


 衛兵が言ってたように、侵入者が暴れて女官らを屠った箇所がいくつかあり、焦りが体を蝕んでいくのも無理がない。


 それと、息がありそうな女官の一人に駆け寄り、王妃様方の行方を確かめた。



「教えてくだされ。王妃様方はご無事か!」


「…………しょう、殿。…………おう、ひさま……は、ひめ……様と隠し扉から」


「わかった。ありがとう」



 情報を告げたと同時に、その者は血を吐いて息絶えたが、私は届かぬとわかっていても礼を告げてから目を閉じさせてやった。


 多少血が飛んだが、汚れを気にしている場合ではないと王家に伝わる隠し扉の方に急ぐ。


 あそこからお逃げになられているのなら、まず安心出来る。


 私めのように、陛下から目をかけてくださった臣下にのみ告げられている王家秘伝の隠し扉。


 いくらなんでも、敵国の者共が知るはずもない。


 王家の方々以外、許された一部の者しか通れないのだ。



 なのに。



「………………な、何故」



 唯一通じる道が。


 おそらくだが、敵国の者により無残な姿で暴かれていた。


 血もかなり飛んでいて、誰のものか判別出来ない。


 その惨状に、一瞬立ち止まってしまったが。ほんの少し間を置いてから自分を奮い立たせて、剣を手にしてから中に駆け込んだ。



「アクシア様!」




 どうか。


 どうか、ご無事でいてくだされ。


 貴女様の笑顔を、我が娘達の親友でもあらせられる貴女様を、娘達と同じようにお側で見守らせていただきました。


 だから、これからもそれは同じように続くと信じて!


 はやる気持ちを抑え込みながらも通路を進んだが、見えてくるのは敵国侵入者らしき死体のみ。


 一体、誰が屠ったのかはわからないでいたが。


 一瞬見えた死体の傷口を見て、ある特徴を思い出した。



「……まさか、アクシア様が」



 護身のために、普通の御令嬢以上に剣を嗜んでいらっしゃるご自身の剣で。


 なら、ご無事かと少し安堵しかけたが。


 次の角を曲がろうとした途端に。


 目の前が、青白い光に包まれた。



「! な……なんだ!?」



 急に遮るものが現れて敵襲かと思いかけたが、光の向こうに見えた半透明のお姿に目を奪われた。


 そこには、姫様を抱えられていない、探していたアクシア様のお姿があったからだ。


 だが、



「アク……シア様。その、お姿……は」


『……ごめんなさい、爺や』



 光が徐々に収まってから、完全に見えたお姿は。


 薄暗いこの通路に溶け込みそうなくらい、透けて見えたアクシア様のお姿があるだけで。


 私めは、王家に伝わるある特殊な技能スキルを思い出した。



「【最期の愛エンド・ラブ】……ですか?」



 王家と、王家に嫁がれた人間しか使えないセルディアス王家の秘伝中の秘伝。


 亡くなった直後に発動可能な、幽体での想いの顕れ。


 本人の一番愛しい相手に最期の想いを伝えることが出来る魂と密接した技能スキルだが。


 何故、この爺めの前に?



『ええ、そう。私は、つい先ほど命を落としました。姫と、カイルの前で』


「! 姫様はご無事で!」


『けど、時間もないの。迎えに行ってあげて欲しいの、爺や。でも、その前にあなたに頼みがあります』


「私……めに?」


『酷な願いかもしれないですが、姫を亡命させて欲しいのです』


「何故!」



 たしかに侵略はされたが、戦況はどちらかと言えばこちらが有利。


 今日明日に鎮圧出来てもおかしくはないのに、何故その必要性が。


 けれど、アクシア様は私を見てもゆっくりと首を横に振られるだけで。



『信じられませんが、死の間際に最高神からの御告げをこの身に受けたのです。姫を国外……友好国の一つのホムラに。そこの孤児院でも私やあなたとも知己の関係であるマザーのところへ逃がせと。名も、護りを固めるために洗礼名を名乗らせよと』


「神……が?」


『本当に信じられないと思いますが、急いで。私の最後の力でカイル達に結界は施しましたがいつまで保つか。まだ敵が一人いるのです!』


「!…………わかり、ました」


『あとを頼みます。カイザーク先生・・



 そうして、もう時間が来てしまったのかアクシア様の姿は溶け込むように消えてしまい。


 私が急いだ先には仰っていたように結界に守られながらも、毅然とした態度で姫様を抱えられたカイルキア様がいらして。


 私は、結界を壊そうとしていた敵を迷わず屠り。


 剣についた血を落としてから結界の前に立ったが。


 ちょうど効力が切れたのか、それは壊れてしまい。


 カイルキア様は呆然とされたご様子でこの爺を見上げていらした。



「お待たせして申し訳ありません、カイルキア様」


「…………爺や?」


「ええ。こんななりですが爺ですぞ。よくぞ、姫様をお守りいただけました」


「……………………爺や、お……伯母上、が!」



 流石に普段は感情を見せないお子でも、この状況は特別だからか。


 抱えられていた姫様を潰さない勢いで私に抱きつき、少し泣かれてから奥に指を差されて。



「…………アクシア、様」



 壁の方には、絶命されてたアクシア様が血に濡れながらも微笑まれていらした。その手には同じように血に濡れた剣が。



(…………お約束は、必ず果たしますとも)



 陛下に断りもなく、と言うのは本来死罪にされてもおかしくはないが。


 その覚悟を決めて、私はカイルキア様を無事に安全な場所へお届けしてから。


 単身で姫様を抱えて馬一つでホムラを目指した。

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