43-2.話に花が咲いて
*・*・*
カイザークさんは、本当に見た目を裏切らない素敵なお爺様でいらして。
モノクルっぽい片眼鏡を右につけてて、いかにも『爺やさん』って雰囲気だから思い切って聞いちゃったけども。
実際本当にシュライゼン様の爺やさんでいらっしゃって。
話も、いつのまにかシュライゼン様メインになっていった。
「シュライゼン様はお小さい頃から、それはもうやんちゃでいらっしゃいまして。今日も御同席されてましたアルフガーノ伯爵……フィーガス様に転移の魔法を教わってからは、脱走癖がこの爺めの胃を痛めるばかりで」
「え、あれを教えられたのが、フィーガスさんですか?」
「ええ。フィーガス様の魔法の才に関しては宮廷魔法師を唸らせてしまう程でした。ご自身が12歳で覚えられてから、わずか6歳でいらっしゃったシュライゼン様もご一緒にお逃げられるようになって自然と覚えられて」
「今も、ですか?」
「ほっほ。時々ですな。此度の授賞式や先日の孤児院への訪問については。お逃げになられずに、ずっとかかりっきりでしたよ」
それでも時々タイミングよく来られた気がしたけれど。お仕事を全部片付けられたのなら、大丈夫かな?
そんな感じで話が弾んで行き、途中からは私の作るパンの話題に変わっていく。
「そ、そんなにも美味しかったですか?」
「ええ、ええ! シュライゼン様から事前にお伺いしていましたが、今日初めて口にして実感しましたぞ。これは、【枯渇の悪食】以前に失われたいにしえの口伝そのものだと」
「お、大げさですよ。注意して作れば誰にでも出来ますし……」
「いいえ。その注意点が肝心なのですぞ、チャロナ嬢! この爺めもほんの少しばかり料理は嗜んでおりますが、パンは到底あの味に到達出来ません。何か……何かコツがあるのですか?」
「あ、あるにはあるんですが」
「少し……ほんの少しでも構いませぬ。お教え願えませんかな?」
口頭でお伝えしてもしたりないくらいの量だけど、この気迫っぷりは相当苦戦されてるご様子だ。
たしかに、このお屋敷で最初にいただいたシェトラスさんやエイマーさんのパン技術と同等と聞くと、仕方がないかもしれないが。
「えっと……そうですね。
①材料を力強くこねすぎず
②発酵はしっかりと、けれど生地が緩み過ぎない程度に
③空気を抜く時は叩きつけ過ぎない
④手や生地につける小麦粉は大量につけない
……ひとまずは、こんなところでしょうか?」
今のところ、ほぼ毎日の練習時間でシェトラスさんとエイマーさんに出やすい癖から分析したのと、私の前世での癖を出してみたのだが。
言い終わると、やっぱり難し過ぎたのかカイザークさんが物凄く難しいお顔で唸り出してしまった。
「つまりは……今までの口伝とは真逆のレシピ。むしろ丁寧に扱う必要があるという事ですな?」
「そ、そうですね。私もシェ……料理長の作られるご様子から導いただけですが」
「いやいや。その要点がわかっただけでも僥倖。早速、我が屋敷の料理人達にも伝えますぞ。実際にお教え願いたいところですが、それはチャロナ嬢のお仕事が増えてしまいますからね?」
「だ……カイルキア様がご許可を出してくだされば」
「ほっほ。頑張り屋さんですな。大丈夫ですぞ。少しずつ、貴女のパンの技術が広まるように努力されてるとは聞き及んでおります。ご無理はなさらないように」
「は、はい」
頑張り屋さんと言うか。
ついつい、口出ししたがる癖が前世と今も変わらないだけ。
けど、この人はそれをわかったのか、にっこり笑われてから私の頭を軽く撫でてくれた。
その暖かさが、やっぱり、あのシュライゼン様のお父様とこの人に感じた懐かしさに似てて。
つい、口元が緩んでしまうのが自分でもわかった。
「でしたら、お土産のパンを戻ってからお渡ししても構いませんか?」
「え、あのパンをですか?」
「はい。着替えてからサンドイッチを作らせてください。幸い、食パンは保存室で結界の中に保存してあるのがたっぷりありますから」
「ほー。それは、シュライゼン様や父君もお喜びになります。この爺めも。しかし、よろしいのでしょうか?」
「カイルキア様もきっと大丈夫と仰ってくださいます。あんぱんは、もうお屋敷の分しか残っていないので出来合いのものになってしまいますが」
「いえいえ。本当に……ありがとうございます」
「チャロナ、サンドイッチ作ってくれるのかい!?」
「「シュライゼン様!」」
なんと、ここでベンチの陰からシュライゼン様のご登場!
まさか、転移?、それとも尾けてきた?と思ったが、さり気なく私の頭を撫でてきたので、なんとも言えない状態に。
「チャロナのパンは大歓迎なんだぞ〜。爺やに言ってた助言も、俺からも家の料理人にきちんと伝えておくんだぞ!」
「え、あ、はあ……」
「けど、そのうちカイルに頼み込んで。うちに来てくれないか依頼するかもしれないんだぞ」
「行けませんぞ、シュライゼン様。チャロナ嬢には今ご依頼がいくつかお有りですのに」
「う〜。けど、爺やも今日、あのパンの味を知ったから、父上もだけどうちのパン食べたくなくなるんじゃないかい?」
「それは……まあ」
「あとは俺が覚えるとか!」
「それは執務に差し支えのないご範囲でご決断くださいませ」
「え」
「パンのためなら頑張るんだぞ!」
なんか、とんでもないご依頼をさらっとされてしまったような。
私が出向くのはダメでも、依頼者本人が習いに来るのはいいことなんだろうか?
一度、カイザークさんを見ても苦笑いされるだけで。
「この方の決断力は父君譲りでして。一度お決めになられた事を覆すのは難しいのです。大変申し訳ありませんが、シュライゼン様にご教授願えますかな?」
「わ、私は大丈夫ですが……そちらのお屋敷でもシュライゼン様はお料理を?」
「うむ。母上に教えてもらったのしかまだ作れないが、腕前は君が見た通りなんだぞ」
なるほど。
お貴族様でも、料理が趣味の方はいらっしゃるらしく。
あれだけ手際が良かったのは、お母様が趣味でいらっしゃったのか。
それなら、ご自分が習いたいと提案しても、問題はカイルキア様のご許可がいただけるかどうかだ。
「とりあえず、カイルキア様のご許可がいただければ」
「うむ。あとで一緒に聞きに行くんだぞ。サンドイッチの件も」
「ですね。カイザークさん、お話出来てありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、楽しかったですぞ」
と言うわけで、お話はこれまで。
ただ、執務室に戻ったら……未だ変装中のシュライゼン様のお父様と、何故か
「……話せたか?」
先に声を掛けてくださったのはカイルキア様で。
私は、頷いてから自分で決めた提案とシュライゼン様のご要望を伝えることにした。
「せっかくなので、皆様にサンドイッチをお持ち帰りいただこうと思いまして。あと、シュライゼン様からのご要望でパンづくりを習われたいと」
「最初の方は、俺からも言おうとしてたが好きに作って構わない。あとについてだが……シュライゼン、脱走癖を治さないとと言いたいが」
「せめて、全部終わらせてからにするんだぞ」
「「それが普通だ!」」
「……っと」
「いや、すまない」
同時におじ様まで言うからびっくりしたけど。
お父様から見ても、シュライゼン様の脱走癖って酷いんだ……。
けど、了解を得たので、私はやっとドレス姿に慣れてきたとこでも、コックスーツに着替える事にした。
おじ様達はさっきまでの執務室でお待ちになるようで。
シュライゼン様とカイザークさんだけは、せっかく覚えられる機会だからと見学も兼ねて簡単な手伝いに来てくださることに。
厨房に着くと、シェトラスさん達が少し驚いて、入ってくるカイザークさんを見た。
「これはこれは……お久しぶりですね、カイザーク卿」
「ほっほ。宮廷以来ですなぁ、シェトラス」
あ、私普通にさん付けで呼んでたけれど、この人もお貴族様ってすっかり忘れてた。
でも、気にされていないからいいかな?
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