43-1.実は気づいてた(カイザーク/シュライゼン視点)






 *・*・*(カイザーク視点)







 まさか、陛下実の父君ではなくこの爺めにお声が掛かるとは思ってもみなかった。


 そして、姫様はここではなく、出来れば二人っきりでお話がしたいと中庭に移動することになり。


 かなり……かなり遠方から、陛下の気配がするけれど、ここは気にし過ぎてはいけない。


 なにせ、お誘いいただいた姫様が、ベンチに腰掛けられてからずっとなにかを言いたげに手を握られていたので。



「お話とはなんでしょうか? 代表ではなく、この爺で?」


「えっ……と、すみません。初対面の人にいきなり頼み込んでしまって」


「いえいえ。それは構いませんよ? 老いぼれたこの爺に可愛らしいお嬢さんからお声がけいただくのは嬉しくないわけがありません」


「あ、ありがとう……ござい、ます」



 姫様は、本当に愛らしい出で立ちでいらした。


 亡きお母君であらせられるアクシア様の、お若い頃そのものと言ってもいいくらい瓜二つでいらして。


 陛下も、公式の場であったからか、飛びつくのをぐっと堪えてただの使者として接していらっしゃったが。


 遠方から漂う、所謂『羨ましい、俺の娘と二人きり!』と言う嫉妬丸出しのオーラに当てられるくらいに、今は欲望剥き出しで。


 ある意味、姫様のご指名があの方でなくて私めはほっとしました。


 それにしても、他に若い衆もいたのに何故老いぼれに声をかけていただいたのかがよくわからない。



「そ、その……代表さんに直接お聴きするのが恥ずかしくて。カイザークさんなら、お話しやすいんじゃないかと勝手に」


「構いませんとも。と言うことは、本来なら代表に直接伺いたかったと?」


「はい」



 この返答に、遠方から歓喜の声が上がった気がしたが無視ですな。



「けれど、直接は伺えない何かが?」


「あの……間違っていたら申し訳ないんですが」


「構いませんよ。なんなりと」


「えっと…………代表さんって、多分シュライゼン様のお父様じゃないかと思いまして」


「! 軽く変装されておいででしたが、よくお分かりで」


「やっぱり! だって、ほとんどそっくりでいらっしゃったので!」



 陛下のご意向とは言え、分かり易い変装ではあったものの、実の娘姫様にもお分かりいただけてようございました。


 が、姫様がそれをご存じでいらっしゃっても、この爺めにお声をかけていただけた理由はまだまだおありのようだ。



「一応、建前は感謝状をお渡しする使者としてなので。普段のようにならぬよう、此度はあのような装いでいらっしゃったのですよ」


「そうなんですか?……それなら、もっともっと豪華なパンをお作りしましたのに」


「いえいえ。あちらのあんぱんと言うのもなかなかに美味でございましたよ? 代表も、あれでとても喜んでいましたし」


「そうおっしゃっていただけて嬉しいです。私だけじゃなくて、今は影に隠れている契約精霊のお陰でもあるんです」


「ほう」



 雇い主となっているカイルキア様からのご報告によれば。


 この世界に数多存在する精霊達とは少し異なる存在らしく。


 見た目は赤子と差異ないようだが、姿を変えて主人である姫様の手助けをするらしい。


 一度どんな感じなのか確認はしたいが、此度は姫様との語らいがメインなので言うのは控えておこう。



「で、本題なんですけど」


「ええ」


「シュライゼン様のお父様もですが、カイザークさんを見てから……驚きもしたんですけど、少し懐かしい感じがして」


「! 懐かしい……ですか?」


「はい。初めてお会いするはずですのに、どこか懐かしく思えて。おかしいですよね、私は孤児なのに」



 それは違う。


 貴女様は、本来ならばこの国にとって大事な大事な王女殿下。


 けれど、遠方で様子見されてる陛下も、私もそれは口に出来ない。


 もう少しこの国……いや、この屋敷で養生の意味も込めて心の傷を癒されてから。


 私が無理に引き離したあのパーティーとの傷も癒されてから。


 でなければ、この方は殿下の仰っていたように、リュシアの孤児院であった時のように、幼い子供のごとく泣きわめくだけで済まない。


 今の状態ですら、どこか不安な様子を隠しきれていないのに、これ以上刺激を与えてはならないのだ。


 あの頃の使者だった時とは違い、ただの爺やとして接しようとしてる今だからこそ、シュライゼン様の仰る事がよくわかった。



「ほっほ。私めのような者でしたらいくらでも世にいるかもしれないですが、そのように言っていただけて光栄でございます」


「あ、すみません! 不躾な事を言ってしまって」


「何、構いませんよ?」



 一年も過ごしていないとは言え、赤子の頃の記憶が薄っすらと残っていらっしゃるのだろう。


 陛下も、この爺も。毎日のようにお顔を見に行き、果てにはおしめまでお取り替えしましたから。


 完全とは言わずとも、欠片でも覚えていらっしゃった事に、この爺は涙を堪えるのが大変ですぞ。


 けれど、表面上は持ち前の紳士を活かしてお見せはしませんでしたが。


 たとえ、遠方で歯ぎしりのような音が聞こえても無視無視。



「そうですか? あと、カイザークさんって。使者様と言うより、なんだかシュライゼン様の爺やさんに見えて」


「っ! そ、そうでしょうか?」


「はい。勝手な想像なんですけど」



 やはり、前世の記憶を戻されたせいか、着眼点が鋭くていらっしゃる。


 以前の報告を受けた時の内容とは異なり。


 同じ転生者でいらっしゃるマックス様のように、実に大胆なお考えをお持ちでいらっしゃる。


 遠方でも慌てたご様子を感じ取れたが、この後の報告をどうすればいいのか。


 やはり、自分があの時の『使者』だと告げるべきか。



「失礼だとは思うんですけど、いかにも『爺やさん』に見えてカッコいいなと思いまして」


「……それは、光栄にございますな」



 ああ。直接拝見した笑顔が。


 アクシア様と瓜二つな上に、赤子の頃そのままで。


 このまま、ここでお話させていただいてもいいのか。真実を告げぬよう、極力普通の爺として接するしかなかった。






 *・*・*(シュライゼン視点)







「待つんだぞ、バカ父上!」


「離せ、離すんだ! カイザーばっかりマンシェリーを独り占めして!」


「落ち着くんじゃなかったのかい!」



 まったく。


 チャロナマンシェリーが何故父上ではなく爺やのカイザークを呼び出したのかは最初わからなかったが。


 父上の余所行きの態度に少し萎縮してたようだ。


 あと、自分の父親だとは知らずとも、簡易的な変装のせいで俺の父親だとはわかってたみたいで。


 あとをつけて、見えにくい場所で観察をしてると、父上がそれはもう嫉妬丸出しの形相で歯ぎしりしまくってた。


 今なんかは、爺やに見せた何気ない笑顔で飛び出しかねないと俺もだが、念のためについてもらってたマックスと抑え込んでる。



「へーか、落ち着きなさいよ! 自分の娘って、ちゃんと言ってからならいくらでも見れるじゃないの!」


「〜〜〜〜、今すぐ言いたい!」


「ダメなんだぞ。打ち合わせでも決めたじゃないか!」


「だが、お前の父親だとバレてるならもういいだろ!」


「「ダメ」」



 まだマンシェリーには、少しずつ少しずつ、この屋敷で過ごしてもらうべきだ。


 おそらく、爺やも気づいているように、彼女の現世で積み重なった心の傷は深い。


 俺だって、それを知らなきゃ何回か会ってから告げようと思ってたものを。


 今、抑え込んでるバカ父上が破ろうとしてるので、絶対言わせない。



「前にも言ったじゃないか! マンシェリーの今の人生の大半が楽しいだけのものじゃないって。なら、もう少し養生の意味も兼ねてここで働かせた方がいい」


「ぐっ……だが、あそこまでアクシアに瓜二つでは。気づいてる者も多いだろう?」


「ざーんねんね。チーちゃんを姫様とは気づいてても、皆して気配り上手なのよん。カイルが直々に面談して選んだエリート揃いなんだし」


「くぅ」



 たしかに。


 誰もだが、マンシェリーをただの『チャロナ』として扱ってくれている。


 選考が厳しいと噂高いカイルが直々に選んだ粒ぞろい。


 そこは俺も心配していないんだが、このおっさん諦めが悪い!



「せめて、爺やの報告を聞いてからにするんだぞ」



 結局、ストッパーの意味もなく(こっちは別で)ただの付き添いでしか来てなかったが。


 今も泣かずに我慢している爺やはすごいんだぞ。


 母上の育児にも手を貸してたくらいの有能紳士の面も持つ爺や。


 俺もらしいが、マンシェリーの身支度もテキパキと用意してたそうだ。


 バカ父上も、競ってやってたらしいけど。



「陛下もいい加減落ち着いてよ。チーちゃんは前世の記憶も戻ってるんだし、あたしと同じ世界出身なら洞察力が鋭い日本人だといずれ全部バレるわ」


「「そう、なのか……?」」


「けど、時期を見計らってるそちらさんが、いつ言うかもきっと待ってるかもしれない。憶測だけど」


「なら、今日」


「そこはダメでしょ。いきなりサプライズするにしたって順序も何もないじゃない!」



 言ってはいいが、いつ言うかは順序立てて。


 流石に国王でも昔馴染みの俺の父親としてマックスは拳骨を食らわせたが。



(そうか。俺達も慎重になり過ぎていたか)



 マンシェリーのためをと、実際は臆病になり過ぎて。


 孤児院での印象が強過ぎて、俺はその通り臆病になってしまって。


 考えてはいても、いつ打ち明けるのとかを先延ばし先延ばしにしようとしてたんだ。



「なら、父上。ひとつ提案があるんだぞ」


「……なんだ」


「マンシェリー自身も知らない、マンシェリーの誕生日だぞ! その日に合わせて準備しようじゃないか!」


「! でかした息子!」


「あたしもそれならなーんも言わないわー」



 小麦の穂が輝く秋の半ば。


 その時期に合わせて、マンシェリーの本当の誕生日と成人祝いをするんだぞ!

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