42-2.授賞式②






 *・*・*








 ちょっと、いや……待って待って!?


 なんで使者の方、シュライゼン様のお父様なんですか!


 目元だけの仮面でも丸わかりだって!



(髪色もだけど、声質とか雰囲気とか顔とか顔とか顔とか! もろ、クリソツだけんど!?)



 表面上は営業スマイルばりに笑顔を保てているはずだけど、内側は超ビックビク状態。


 事前にメイミーさんに伝授された受け答えのマニュアル通りに答えてるだけでも、使者であるシュライゼン様のお父様にはちゃんと通じてるようでなにより。


 だけど、何故かこのおじ様、異様に私を見ている気がする。



「元子爵については、地位剥奪に加えて投獄と相成った。チャロナ=マンシェリー。汝の前にあれが現れる事は二度とないと、セルディアス国王陛下に誓おう。それは、これまで彼奴の手にかかった婦女子の者達にも同様に」


「は、はい」



 なんと言うか、威圧感も半端なく感じてくる。


 こっちから見て左側にいる、すっごくカッコいいロマンスグレーのお爺様が手渡した文書?感謝状?を読み上げてる最中なんかは特に。


 距離はそこそこ離れてるのに、シュライゼン様のお父様だからか目の前で話されてるような威圧?と言うかなんと言うか。


 とにかく、聞かれた事に対してはYESぐらいしか答えられない。


 けど、あのど変態元子爵が世間に二度と出てこないのは良かった。


 多分、ああ言う性格だから更生させても難しいだろうし、お城の方が適切な処罰を与えてくださったのなら何も言うまい。



「では、こちらに。感謝状と……ああ、マックス=ユーシェンシー。少し手を貸してやってほしい。女性には少し重い物を渡すゆえに」


「……はっ」



 なんだろう?


 感謝状だから、盾とかメダルとか?


 けど、それはここが地球じゃないからなんか違う気がする。


 とりあえず、来てほしいと言われたからにはマックス悠花さんと行くしかない。


 メイミーさんに用意していただいた、低めのパンプスでも裾を踏まないように注意しながらおじ様の元に向かい。


 二人で前に立つと、仮面のおじ様には小さなフォトフレームのようなものを差し出された。



「こちらが感謝状だ。普段の生活を考慮して小さいものに作り変えておいた。マックス=ユーシェンシーに頼みたいのは、こちらだ」



 軽く手を振ったら、使者団のお一人が、紫の綺麗な布カバーがかかった大きなものを持って出てきた。


 おじ様は、その人が近づくと、さっと布を取り払ったが。



「普段はパン職人だと聞いてな。実用性ではないが、万が一に武器として使える金製の麺棒・・だ」


「「……………………」」



 これ特注した人、このおじ様なのかって、悠花ゆうかさんと疑いたくなった。


 一瞬、二人でシュライゼン様を見ても苦笑いしながらふるふる首を横に振るだけだったし。


 けど、これを受け取らないわけにはいかないので悠花さんが前に出てくれた。



「…………女性には、少し重い程度ですね」


「万が一使えなくてはな? 今は着飾っているゆえに、貴殿に渡しただけだ」


「はっ」



 悠花さんは元女性だし、冒険者だし。


 私が持てなくはないときちんと判断してくださった。


 けどけど、メダルとか勲章の盾とかトロフィーじゃないのって思うあたり、やっぱりユニークなとこはシュライゼン様のお父様だからだろうか?



「これで簡潔にだが、授賞式は終わることになる。が、何か聞きたいことでもあるだろうか?」


「あ、では。わたくしからささやかなプレゼントをさせてください」


「ほう? そちらから?」


「皆様にも、是非わたくしの作ったパンを召し上がっていただきたいのです」



 そして、私は見逃さなかった。


 やっぱり、シュライゼン様伝に知っていたのか。


 使者団の皆様、揃ってゴクリと大袈裟なくらいに唾を飲み込んだもの。


 ここより食堂の方がいいかと思ったが、カイルキア様に目配せしたら、すぐに出せと頷かれたので応接スペースに移動する事にした。



「オープン、無限∞収納棚!」



 だから、異能ギフト技能スキルも隠さず見せる事にして。


 無限∞収納棚の画面から、お皿と人数分の苺とプレーンの白あんぱん、コロ牛乳のアイスミルクピッチャーを取り出す。


 なんか、使者団の方から関心されたようなため息が出た気がしたけど、ここはスルーで。



「…………見た事もないパンだが?」



 ソファに座られたのは、仮面のおじ様とシュライゼン様。


 横に並ぶと仮面の有無以外ほんとにそっくり。


 けど、おじ様の方が歳を重ねている分落ち着いて見える。


 でも、シュライゼン様のお父様だから今だけ違うかも。



「わたくしの故郷、ホムラ皇国の主食の一つにある『まんじゅう』をヒントに作ってみました。どちらも甘いパンですが、是非コロ牛乳と一緒に召し上がってみてください」


「そうか。なら、是非そうしよう」


代表・・、彼女のパンはこの前伝えたくらい美味いんだぞ」


「そのようだな」



 親子、でも今は公式の場だから他人行儀なのかもしれない。


 でも、お互いの含み笑いみたいなのはよく似てる。


 似過ぎて、この後の反応が予想しやすいくらい。


 とりあえず、シュライゼン様は先に手をつけず、おじ様の方が手を伸ばした。



「……まだ、ほのかに温かいな? こちらは……苺を焼き込んであるのか?」


「はい。カイルキア様から苺がお好きだと伺って」


「…………そう、か。では、ありがたくいただこう」



 そうして、パンを半分に割って出てきた白あんの匂いも嗅いでから。おじ様はパンを口に運んでいった。








 *・*・*(アインズバック視点)








 たとえ、無表情の甥っ子が伝えた事であっても。


 俺の『好物』をまさか初めて食べるパンに加えてくれるとは思わず。


 いきなり貪り食べるのは、いくら娘の手作りとは言え、ここは公式の場。出来るはずもない。


 わざと軽い変装をして、シュライゼンの父である印象はつけさせたものの。自身をただの孤児と思ってる彼女の前ではただの使者であらねば。


 普段とは違い、余所行きの態度で接し、パンも丁寧に観察してから口に運ぶ。


 王宮でも不味いと思ってたパンとは違う、と散々シュライゼン息子から聞いてたので迷わず口に入れた。


 途端、小麦とバターの芳醇な香りとコクが口いっぱいに広がった。



(香ばしいのに……甘い!)



 それは、中身が不思議な食感である柔らかいのと乾燥させた苺を混ぜたお陰でもあるが。


 パン自体を、これほどまでに『美味しい』と感じたのは生まれて初めてで。


 過去の大災害、【枯渇の悪食】により失われた数々のレシピの中でも再現出来ずにいた主食が。


 菓子になってはいても、ここまで美味と感じたのは一度もなかった。



「……美味い。美味過ぎる」


「あ、ありがとうございます!」



 照れ臭そうに笑う仕草ですら、亡くした愛する人と酷似していたが、彼女は紛れもない俺の娘。


 だが、ここで打ち明けたとしても、彼女の心に根付いた傷と過去は息子からいくらか聞いていた。


 なので、込み上げてくる言葉達をぐっと堪えて、後ろにいるカイザーク達に振り返った。



「お前達もいただくといい。宮廷料理人どもの腕が霞むくらいだぞ」


『はっ』


「あ、でしたら。召し上がった直後に冷たいコロ牛乳もご一緒に」


「ほう?」



 そう言えばそんな事を事前にも言っていたが。


 せっかくなので、グラスに注がれたそれを。


 パンを一口食べてから口に含めば、なんとも言えない口福感に包まれた。



「ん〜〜〜〜、チャロナこれも美味いんだぞ! なんて名前のパンなんだい?」


「えっと……どっちも同じですが、白い豆を使ってるので白あんぱんと言います」


「「あんぱん??」」



 聞いた事もない名前だが、彼女が作るのは前世で培ってきた技術を使ったパンだ。


 貪り食べるのを我慢している使者一同が、首をひねったところで答えられるわけがない。



「ホムラのまんじゅうの中身に似せたものを、パンで包み込んでみたのです。その関係で、あんこ……をなまってあんぱんにしました」


「なるほど。それは興味深い」



 と言うか、これだけの美味いパンを。


 愚息もだが、彼女の側に控えてる無愛想な甥が毎日食べてるのが許せん!


 孤児院への差し入れはわかるが、この仮の婚約者だなんて!


 見つけたのは、こいつだとしても!



「あ、あの。代表者……様。一つお願いがあるんですが」


「なんだ? 遠慮なく言ってくれ」



 まさか、娘から頼み事!と、内心気分が高揚しかけたが。


 仮面も利用して極力落ち着いた態度を見せてやれば、彼女は何故か後ろに控えてる使者達に目配せした。



「あちらのお爺……様に、少しお話しさせていただきたいんです」


「…………カイザーク、を?」


「おや、この爺にですかな?」



 なんでご指名が俺じゃなくてカイザークなんだ!


 再確認しても、マンシェリーは小さく頷くだけだった。

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