37-2.狭間の神(???視点)








 *・*・*(???視点)








 暗い……くらい、夜の帳以上に、深い場所。


 どれほど漂っていたのか、悠久の刻を巡る我らにとっては些末な事。


 光が差す場も心地よいとは知ってはいるものの、身体を落ち着かせるのにはこの場が良い。


 火照った熱で高ぶった、この身体を鎮めるのには。



(…………まだ、帰って来ぬか)



 我の代わりに、様子を見に行くと言ったきりだが。


 ヒトの時間ではどれほど経ったか数えるのも面倒になってきた。


 然程経っていないのもわかってはいるが、実につまらない刻だ。


 黄金の穂以上に輝く彼の髪が近くにないのが、少し寂しいなどと。


 いつから感じるようになってしまったのか。それは、彼と番った時からか。



「…………早く、帰ってきて」



 ぽつり、とシミのように広がって行くように、言葉が闇に溶け込んでいく。


 その声音は、言葉と同じく寂しさを含んでいた。



「そんなにも、儂を待ち焦がれてくれたのか?」


「!」



 後ろから聞こえたのですぐに振り返れば。


 我と同じか、それ以上に闇と同化してる双眸が、柔らかく緩んでいた。



「遅くなったのぉ、ユリアネス」


「…………その姿の時は、やめて。フィルド」


「はいはい。君も省エネ化してるから、お互い様だけど」


「…………じゃあ、もそうするわ」



 二人の間だけなら、貫禄を見せつける必要もない。


 もっともっと、若かりし頃に戻っても損はない。


 今は、お互い世界に力を預けているため、その頃に戻っているのだから。



「先に食べる? 食べながらにする?」


「……そうね。少し、報告してからがいいわ」



 孫の一人の世界から選抜した魂。


 以前とは違う、『虹のこの世界』に革命を起こしてくれると信じて選んできた、ただ一人の魂。


 行く末を、神の能力で見守る事は可能だけれど。私は今頻繁には出来ない。


 その魂のために、転生と同時に植えつけた異能ギフトの管理と調整に、ほとんどの時間を費やしているからだ。


 先ほどまでは、少し休んでいただけ。



「ちょ〜っと、アクシデントがあったけど。他は概ね良好。異能ギフト自体にも問題はなし。あと、俺の名前は俺らと精霊以外には封じてきた」


「なにそれ。また何かしてきたの?」


「いや〜、不用意に名前の部分だけでも出したら、知ってる子らと勘付いたのがいてね?」


「そりゃそうよ。あの子の周辺は我らの恩恵を受けてる者が多い。少し年を重ねている者なら特にね?」


「ほんと、ごめん。あと、君にも結びつきそうだったし」


「まったく……」



 どうりで、漂っている最中に他の神々の子達が騒がしかったわけだ。


 うるさくて奥に逃げ込んだが、原因が我が番となれば致し方がない。


 呆れも浮かんだが、起こった事は仕方ないと大きく息を吐いた。



「あの子……チャロナのレベルが異常に上がったんだけど、なんかした?」


「! 当然よ、ピザだもの」


「……レイとフィーのとこの?」


「ええ。ちょっと味見してきたけど、美味しかったわ!」



 以前こっそり……こっそーり、孫達が特に気にかけてる魂の子の方にも出向いた事がある。


 直接的ではなく、その魂に預けたこの世界の神獣越しだが。


 美味しすぎて美味しすぎて。


 絶対、【枯渇の悪食】の影響で途絶えた食を復活させるのなら同じ世界がいいと。わざわざ蒼のレイアークのところから選んだのだ。



「俺も、今日初めて食べたけど。無茶苦茶美味しかったよ。もらってきたのは、それじゃないけど」


「…………違うの?」



 結構な枚数を作ってたと、アナウンスでは知らせがあったのに、持ち帰ってきたのが違うのに少しガッカリした。


 番​──夫のフィルドはくすくす笑いながら、亜空間収納から風呂敷を出し、持ち帰ってきたらしいパンを並べてくれたが。



「代わりじゃないけど。君にって、チャロナが作ってくれた菓子パンだよ」


「菓子の……パン?」


「甘いのが好きな君になら、きっと気にいるよ!」



 片方は、アーモンドのスライスが乗った丸いパン。


 もう片方は、手の形にも見えなくないような丸っこいパン。


 神の亜空間収納に入れていたから、少し温かくて香ばしい匂いがしてくる。


 間違いなく、これは美味しいものだと持っただけで伝わってくる。



「これ、どう違うの……?」


「えーっと、今君が持ってるのがチョコのクリームパン。手に見えるのは、黄色のカスタードクリームパンだって」


「……どちらもレイの世界特有ね。この世界でも、過去になかったわ」


「ほ〜ら、食べて食べて?」


「ええ」



 不味いだなんて疑うこともせず、思い切ってかぶりつく。


 まず、香ばしくもほんのり甘いパンが口いっぱいに広がてくる。



(これは……美味しいわ!)



 失われたレシピ達に等しい……いいえ、それ以上の美味。


 レイの世界は特に食文化の変動が激しいとは聞いてはいたけれど。


 味見したあの子のピザと同じか、それ以上に美味しい。


 夢中になって食べ進めれば、パン以上に柔らかく滑らかな甘味が口いっぱいに広がってきた!



「それ、チャロナが言うには。カスタードをチョコに仕立てたんだって」


「…………素晴らしいわ」



 甘くて、滑らかで。


 口の中で一瞬で溶けては、後にいつまでも残るような。


 半分で気づいたけれど、上に乗ってたアーモンドは味のアクセントになってくれていた。香ばしくて、少し舌が疲れそうになったのを優しく受け止めてくれたの。


 ここまで工夫されてるとは、私とフィルドが選んだ魂は間違っていなかった。


 思わず二個を一気に食べ終えてから、ようやくもう一つの菓子パンに手をつけた。



「これも……優しい甘い匂い」


「俺もいい?」


「ええ、どうぞ」



 先程まで許可を出していなかったが、自分は食べてきたのだから遠慮してたのだろう。


 夫婦なのだから、別に構いやしないのに。相変わらず、変なところで律儀だ。


 なので、一緒にクリームパンをかぷっとほおばる。



「ん〜〜〜〜、やっぱり美味しい!」



 夫がそう言い出すくらい、確かに美味しい。


 同じパン生地なのに、こちらは少ししっとりしていて。


 クリームは、卵色で、食べても食べてもしつこさを感じさせない程の美味。


 これは、病み付き間違いなし。


 二人でもらってきた分を全部食べ尽くしてしまう程だった。



「…………こんな満足感、いつぶりかしら」



 供物で差し出されるものは、どんなにヒトが精一杯の思いを込めても美味しくはなれなかった。


 レシピを渡す事は、神であるから簡単ではあっても。


 失わせたのは、そのヒトの子らのせい。


 だから、我らは手を差し伸べることが出来ないのだ。


 ヒトの試練として、それを簡単に与えてはならないから。


 せめて、400年過ぎた今なら、他の世界から転生させた魂を導入する事ならと『周 千里チャロナ』を加えさせたのだ。



「あの子一人に、重荷を背負わせているのは申し訳ないけれど。代わりに、精一杯神として援助するわ」


「今でも充分だったけど?」


「私の一存で、飛躍的にレベルアップさせ過ぎちゃったもの。それと、たま繋ぎもきちんとさせなくちゃ、転生させたもう一つの意味もないわ」


「忘れさせてはあるけど、想いを寄せてる相手は間違いなくカイルキアだったよ。だから、最終的に戻るつもりもないみたい」


「そうね。そうじゃなくては、器にさせた『姫』としても報われないわ」



 神の勝手な都合に付き合わせて申し訳ないけれど。


 引き合わせた、魂の欠片がこの世界にはにあったからこそ。


 世界を越えても、彼らの魂は結びつかねば。


 我らの孫の一人、クロノソティスの仕事が無駄になってしまうから。



「ん〜〜チョコも美味しい。……って、あ。ユリア、ほっぺにクリームついてる」


「あら」



 そんな失態が少し恥ずかしくなったけど、取る前に先に夫に拭われて。


 パクッと平気で自分の口に入れるものだから、余計に恥ずかしくなったわ!


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