37-1.出くわして
*・*・*
また諦めかけたが、色んな人達に励ましていただき。
自信を持てたかは微妙でも、諦める事をやめてみようとは思った。
だって、お風呂で一緒になった人全員が、私と似た状況の中結ばれたのだから。
「あ、あのね。チャロナちゃん……」
「なぁに?」
「…………実は、使用人棟に戻った時。サイラ君にキスされたの」
「え!」
他の人達は先に部屋に戻ったり、まだお湯に浸かってるなどバラバラでいたので。脱衣場にいたのは、私とエピアちゃん、あと椅子で寝転がってるロティだけ。
「…………団欒室で、酔ったままだったんだけど」
「あ〜……それって、お酒臭かった?」
「うん。……ちょっと、悲しかった」
「うんうん」
この世界で、初キッスについてのお決まりごとは特に聞いたことはないが。
初めての経験が、勢いだとたしかに悲しいだろう。
世界関係なく、女の子の大切な思い出には、ロマンチックな雰囲気が憧れだもの。
「い……嫌じゃなかったんだけど。やっぱり、お酒臭くて」
「…………野暮な事かもしれないけど。どこまで?」
「ふぇ!?……………………軽く合わせた、だけ」
「そっか〜」
好きな人とのキス。
前世でも思い返せる範囲でそんなご大層な事はなかった。
この世界でも、初恋だったリンお兄ちゃんと……とも、思い浮かばなかった。
それは、出来ることなら……やっぱり、本当に好きになったカイルキア様がいい。
戯れとかお情けじゃなく……本気で。
本気で、思いを交わせた上で、したい。
それくらい好きになったのはきちんと自覚出来たけど。いつ、想いを打ち明けられるかはわからない。
だって、今の立場は料理人と雇い主だから。
「…………チャロナちゃんも、旦那様にいつかしてもらえるんじゃ?」
「ぶっ!……まだ言ってもいないのに」
「私は、お似合いだと思うよ?」
「あ、ありがと……」
乾かすのも終わりそうなので、今度は私の番になり丁寧に丁寧に乾かしてもらいました。
「ロティ、ロティ。部屋戻るよ?」
『うにゅぅ〜……』
スタミナは回復しようとしてても、高頻度のレベルアップや自身の進化が重なったので、AIでも負荷が大きかったようだ。
お風呂も、途中で眠たげになってたし。
相変わらず軽い体を抱き上げてから、途中までエピアちゃんとゆっくり廊下を歩いた。
「じゃ、また明日」
「うん。あ。明日のおやつ、ウィンナーを使ったパンだから楽しみにしてて?」
「! うん!」
強く手を振られてから別れ、ロティを早く寝かせるためにも魔法陣を使って部屋に戻る事にした。
ただ、陣を出た途端。
何故か、出会うはずのないカイルキア様とぶつかりそうになった。
「!」
「……驚いた。何故……ああ、ロティをか」
「こ、こんばんは!」
「ああ」
寝巻きではないが、シャツが少しはだけていて。
髪も適当に乾かしたからか、少し湿っていて。
そこに、口元を緩めただけの微笑みオプション。
惚れ直さないわけがありません。
「す、すみません。魔法陣使われますよね? すぐ退きます!」
「いや、いい。気晴らしに鍛錬にでも行こうとしてたが。……やめておこう」
「え?」
「ここのところ、徹夜続きだったからな。なまった体を……と思ったが。お前の顔を見て気が変わった。休むことにする」
そして、初めの頃に何度かしていただいたように。
軽く頭を撫でられて、それからまた、一昨日のお出迎えのように、柔らかな微笑みを向けてきて。
私がそれらで腰砕けになる前に、彼は颯爽とその場から元来た廊下を戻っていかれた。
ついでとばかりに、『おやすみ』とも言ってくれて。
(…………し、ししし、心臓に悪いぃいい!)
ロティを抱っこしたままなので、完全には腰砕けにはなっていないが。
ギリギリまで耐えて、足音が遠ざかってからその場に膝をつく。
お尻もゆっくりぺたんとついたから、ロティを起こすことはなかった。
「…………本当に、勘違いしそうになるよ」
昼間にエピアちゃんが言ってくれた事。
さっきまで、お風呂場でも色んな人達に励まされて。
エスメラルダさんは、胃袋は掴んでんだから次はお茶に誘えとか少し強引な提案をされたけれど。
カイルキア様の心の中に。
料理人じゃない『私』が少しでもいるのなら。
あれば、いいなと思っていたけど。あそこまで表情を見せてくれたのは、カレリアさんに聞いてもほとんどなかったって。
『すぴ〜〜〜』
本当は、唯一の相棒にも聞いて欲しかったが。
気持ちよさそうに寝てるので、なんとか足に力を入れてから、私は部屋に戻る事にした。
休みはまたになるけど、明日からも頑張らなくちゃだもん!
*・*・*(カイルキア視点)
下ろしただけの髪があれだけ美しいと、思ったのはいつ以来か。
自他共に認める、憧れてた女性と同じ顔と髪色。
それが、今近くにあるだけで。俺の心は……これまでにないほど、歓喜に震えていた。
「…………本当に、勘違いしそうになるよ」
本心を悟られぬよう、わざと引き返したフリをして彼女の死角になる位置で立ち止まった。
聞こえてきたか細い声に、俺は駆け寄りたいのをなんとか堪えた。
(…………今は、まだだ)
せめて、彼女が実の父親と対面する機会までは。
この気持ちもだが、彼女への秘密も打ち明けられない。
今の彼女が混乱するだけでなく、心が耐えきれるかどうか。
それが未知数な今、自分勝手な行動で苦しめたくないからだ。
(シュラの妹である気質を受け継いでいたら……とも思うが)
前世の記憶も受け継いで、しっかりした性質の女性である今、それがどうかもわからない。
だから、せめて。
今は見守る事を、俺は決意した。
少し足音が聞こえたので、耳に入って来なくなってから。俺も、口にした通り寝るかと部屋に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます