36-5.諦めないで(エスメラルダ視点)
*・*・*(エスメラルダ視点)
全く、面倒な事になった。
風呂場でのんびりダベるだけの予定だったのが。
ある意味今日のメインでもあった
理由は、メイミーが話してくれたが。
どうやら想いを寄せてしまった旦那様の事らしい。過去に、婚約者がいたことについて、どうやら気落ちしてしまったようだ。
「ちゃ、チャロナちゃん。大丈夫……?」
「う……うん。とりあえず」
涙はなんとか止まったようだが、内心はまだ落ち着いていないのは目を見ればすぐわかった。
とは言え、彼女の秘密を隠しつつ、どう安心させていいものやら。
(けど、言えるかい?)
一部者は知ってる、その過去の婚約者ってのが姫様本人だってことを。
そして、今も、実の父親である国王陛下の勅命で『カイルキア=ディス=ローザリオンの婚約者』にさせられてるだなんて。
あたいは、姫様の赤ん坊の頃を多少知ってるから、メイミーから伝え聞いてるだけだが。そのメイミーの失態のせいで、姫様はせっかく育みかけてる『本物の恋心』を諦めようとしている。
それだけは、絶対諦めさせてはいけない。
『……なーんで、うっかり言っちまうんだよ』
『……すみません。隠しておくつもりだったのが』
まだ完全に落ち着いていない姫様をエイマー達に任せて、問題のメイミーを捕まえて湯船の端に移動した。
こいつは事情があっても一児の母であんのに、普段がぽえぽえほわほわでも腹黒なのに、肝心のとこで詰めが甘い。
『旦那様も、憎からずってとこだろ?』
『ええ。……エスメラルダさんはいつお気づきに?』
『正確には、今日さね。パーティーの最中、時々旦那様が姫様の姿を追っかけてただろう?』
『ええ』
いつも無表情鉄仮面であられる、我らが仕える主人の様子が、さっきまで楽しんでたパーティーじゃあ、そのいつもじゃなかった。
気づいてる連中も多かっただろうが、
今まで、探し続けてた姫様の安否を気にする以外、どんな見目のいい女共に見向きもしなかったのに。
姫様の母君であらせられた亡き王妃様の生き写しの女性には、無意識でも気配りを見せていたのだ。
あたいは、あんまり二人がご一緒の時を見ないから、思わず大口を開けそうになった。
幼い頃から知ってるとは言え、あれだけ表情の変化を見せなかった旦那様は見たことがなかったんでねぇ?
『こうなったら、マックスらの例えで誘導させるしかないよ』
『い、一応はそれっぽい感じでフォローはしたんですけど……』
『それであれかい?』
『……はい』
既に手を打たれてても、あの有りようとは。
よっぽど、過去に大事にされてた『自分』に嫉妬よりも敵わないと絶望したのだろう。
今ここで、彼女への秘密を打ち明けるのは簡単だが。
それは、旦那様もだが実の兄であるシュラ様らが打ち明けていないから、命令違反以上の事になる。
あと、育ちが孤児だったのが大半なので。信じてくれるのも怪しい。
『あ〜……こう言う時だけ、マックスが女であって欲しかったよ』
エピア以上に親友に近い、あの女男にゃこればっかりじゃ頼りたかったが。
「…………ダメだよ、チャロナちゃん。カイルさんの事諦めちゃ」
こっちが考えあぐねてる最中に、あっちで何かあったのか。
浴室に響いた澄んだ声は。
何故か、今日出会ったばかりの、旦那様の元パーティーメンバーで幼馴染みの……カレリアだった。
「私もさっき言ったでしょう? 強固派の親類縁者達に猛反対されたって。でも、それでもフィーさんは私を諦めなかったわ。好きなのはもう変えようがないから、離れたくないって」
たしかに。
詳しくは聞けていない部分もあるが、未来のアルフガーノ伯爵夫人になる彼女は、名家ではあっても商家の娘で貴族じゃない。
アルフガーノ家の周辺は、昔からきな臭い噂は多かったが、まさか強固派の集まりだったとは。
が、直系側はそうでもないらしいので、今の彼女があることが良き証拠ってとこだ。
「……けど、カイル様は」
「今すぐに伝えてとまでは言わないわ。でも、心の底から愛しいと思ったのなら、どうか否定しないで? せっかく芽吹いた感情も可哀想だもの」
「この、気持ち……が?」
「ふふ。さっきの話の前振りみたいになるけど。私、冒険中は何回って済まないくらいフィーさんを愛する事を諦めようとしたわ」
『でっふぅ!?』
その気持ちは、彼女を知る者ならよくわかったと思う。
貴族の男どもに囲まれた、ただ一人の錬金術師の少女。
色々やっかみもあっただろうが、あの中で年長者であったフィーガスは固有の
可憐な彼女よりも、蠱惑的な女なんて選り取り見取りだったのを。
あの男は、一番近しい相手を選んだのだ。
メイミー以上にぽえぽえでほわほわのおっちょこちょいなのに、芯はいい女だ。
おそらく、伯爵夫人になる覚悟を決めた時点で、より一層磨きがかかったのだろうねぇ?
「だから、出来ればチャロナちゃんも諦めないで? 無愛想で鉄仮面で、パン嫌いだった人を少しでも変えた女の子だから、気にかけられてないと思わないわ」
「パンは……ロティと私の錬金術ですし」
「それでも、よ。使いこなしてるのは、間違いなくあなただわ。私なんて足元にも及ばないくらい」
「…………あんたの場合、性質が出過ぎてんじゃないのかい?」
「えへ?」
もういいだろうと、あたいも話に参加する事にした。
「チャロナ、遠回しにカレリアは言ってたけど。誰も反論しないとこから、あたいも含めてあんたの気持ちには賛成だよ?」
「え……え?」
「この国の王族でも、孤児を妃に受け入れた過去があるんだ。高位の貴族だからって、旦那様を諦める理由にはならないって」
「それは……エピアちゃんに今日聞きました」
「だろ? 出会った期間が短いとか関係ないさ。好いた男が、ただ貴族の男だった。それだけじゃないか」
「え、ただって……」
「あたいの旦那だって、あたいが農夫の娘でも関係なく。騎士の嫁さんにしてくれたんだよ?」
「え」
『にゅ?
「ああ。旦那様の数少ない直属の部下。今は近衛騎士団の副隊長さね?」
「ええええええええ!?」
姫様に言ったつもりでいたが、言ってなかったのを思い出して告げれば。
予想以上に面白い顔になって驚いてくれやがった。
「子供はまだいないが……それでも、この傷物の目で貰い手がなかったあたいに惚れてくれたんだ。あんたは、可愛い顔と綺麗な髪持ってるじゃないか。見込みは十分にある」
それどころか、既に惚れられてるかもしれないとはやっぱり言えないが。
自分じゃ、真実を知らないのと自覚がないせいか。
どーも、顔に自信がないようだしね?
「あ、ありがとうございます……」
その照れた可愛い顔を旦那様に見せたら、絶対イチコロだと思うけど。
「そうだとも。私だって、ずっと諦めていたんだ。チャロナくんも諦めないでくれ」
「う、うん。私も」
ずっと黙ってたエイマーとエピアも励ましの声をかけ。
少しずつ、姫様の顔を笑顔にさせてくれた。
「は、はい。私、婚約者さんには負けるかもしれないですが、諦めない事にします!」
「うん、よく言った!」
それがあんただって、本当に知る日が来たら。
この姫様は今日の会話をどう思い返すのか。
とりあえず、もし聞かれたら、謝罪くらいはしようと覚悟を決めた。
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