30-1.手際の良さと疑問






 *・*・*








 お昼休みがやって来てから、私はいけないことだとわかってても、しばし呆然するしか出来ないでいた。


 なんでかって、それは急遽やってきたフィルドさんの働きっぷりで。



「お疲れ様ー、いっぱい食べてねー?」


「お、随分な別嬪がいるじゃねーか?」


「あはは、俺男だし奥さんいるよー?」


「「「「「嘘だぁ(でしょ)!?」」」」」


「ほんとー」



 とまあ、配膳する料理を持っていくたびに質問されてた彼だったが。


 以前にも、こんな感じの食堂か宿屋の手伝いをしてたってくらいに、無駄な動きがなく。


 私なんていらないんじゃ?ってくらい、あっという間に大行列を捌いてしまったのだ。



「うーん、たまに働くのもいいねー?……って、チャロナどうしたの?」


「い、いえ」



 使用人さん達の波もひと段落してから、フィルドさんは少し疲れたのか肩を鳴らしていたけれど。あんまり疲れた様子がない。


 そりゃ、盛り付けとか配膳手前までの私の方がやる事は多いけど。綺麗に整列させて渡したのは彼だから。


 ちょっとだけ、羨ましいのもあるが悔しかったのだ。



(私はまだ見習いでもペーぺーだと思ってたけど、もっと頑張らなくっちゃ!)



 気合いを入れて拳を握ると、今度は聞き覚えのある女の人の声が聞こえてきた。



「おーい、エイ。あたいとメイミーの分」


「はいはーい。お姉さん達ちょっと待っててくださいねー!」


「……あ? あんた誰だい?」


「あらあら、随分お綺麗な人だけど」



 エスメラルダさんとメイミーさんも、仕事が落ち着かれたのかやって来られた。なので、私は急いでエイマーさんのとこに注文を届けに行くと、いつのまにかシェトラスさんが戻っていらした。



「今聞こえたよ。二人分でいいかな?」


「はい、エスメラルダさんとメイミーさんです」


「「了解」」


『パンもあっちゃめ出来たでふぅうう!』



 ロティのここでの仕事は、パン作り以外にオーブンモードでパンを温めてくれる作業だ。


 もう少し私のレベルが上がれば、大きなオーブンじゃなくトースターでもブレッドタイプじゃないのになれるらしい。


 あともう少しだから、今日のピザでひょっとしたら完了するかもしれない。


 ピザトーストだけだと、ちょっとした料理だからか、製造のPTもそんなになかった。


 ロティがあっためたペポロンパンと、今日のメイン白身魚のタルタルフライのセット。


 白身魚は、海の方から保存の魔法を使って輸送されてくるのでここに来ても新鮮なんだって。


 だけど、お刺身の文化はこの世界にないから、大抵はソテーとかフライとか。けど、これも美味しいんだよね。


 追加注文が来ないので、ロティと一緒に持っていくと。


 エスメラルダさんの大声が響いてきて落としそうになった。



「あ……あんた、今なんつった!?」


「えー、今言ったじゃん。俺は『フィルド』」


「その名前……嘘じゃ、ない?」


「理由わかってても、お姉さん言わないでねー? 今日だけとは言っても、俺居づらくなるし」


「…………………………っ」



 なんか、すっごいとこに居合わせちゃったみたいだけど。


 一瞬だけフィルドさんがこっちに振り返ったら、にっこり笑いながら内緒ね?って、口に指を当てた。



「あらあら、じゃあフィルド……さん?は、どなたかのお知り合いで?」


「今ここに逗留?してるマックスの契約精霊がいるでしょ? あれの友達かな」


「まあ、そうなの? けど、それならどうしてここに?」


「俺、ここに来た時にすっごくお腹減ってて。だから、チャロナのパンの話をレイに聞いた時に欲しくなってさ? すっごく美味しかったから、奥さんにも食べさせてあげたくって。お金の代わりに今日のお手伝いに買って出たわけ」



 私達に言った時と、ほとんど同じ内容。


 だけど、この人の正体を疑い始めてる今、少し疑問に思う。


 なんでわざわざ、働くことでパンの代金代わりにするのかと。


 もし、本当に神様か何かすっごい存在だったら違うやり方だってあるはずなのに。



「…………居座ってる理由はわかった。んで、今日だけなのかい?」


「そだね。俺がチャロナの仕事取っちゃ悪いし、今日はレイに会いに来ただけだから」


「あっそ。チャロナ、ってことはサイラ達のパーティーまでこいつがいるってことかい?」


「そ、そう、聞いてます」



 だから、ロティを含める『幸福の錬金術ハッピークッキング』のほとんどを見せてしまう事になるかもだけど。


 わざと、遠ざけて手伝ってもらうにも厨房の範囲は限られている。一度、シェトラスさんに聞いてからそこは割り振る予定ではあるが、レイ君の友達だと信じて見せる事になるはずだ。



「んじゃ、料理楽しみにしてるよ。フィルド、あんた酒はいける口かい?」


「んふふー、俺と飲み比べしたら、お姉さん倒れるよ?」


「ほぅ、あたいに勝てるつもりかい?」


「まあ、そこは夜のお楽しみってことで」



 こっちからは見えないけど、多分フィルドさんの表情はにっこにこだろう。


 そうじゃなきゃ言動以外で挑発受けたエスメラルダさんが、面白そうに笑いながら八重歯を見せないもの。


 メイミーさんに渡してから、ロティが差し出そうとしたのをフィルドさんが受け取って。


 まだ聞きたそうなエスメラルダさんに渡せば、『夜覚えときなよ』と言い渡されて、彼女達は食堂の奥に行ってしまった。



「お酒か〜。奥さんとはしばらく飲んでないし、たまにはいいかなぁ?」


「だ、大丈夫なんですか? エスメラルダさん、結構強いですよ?」



 サイラ君に、少し前に塩唐揚げをツマミに作ってくれと言われた時には。


 翌日、食堂がお酒臭くて酷い状況になったのだ。


 もし、今日もそんな事になったら。換気が大変どころですまないはず。



「大丈夫大丈夫。奥さんには負けるけど、俺結構な酒豪だから」


「お、奥様の方が?」


「飲むよ〜? 彼女の好みは甘いお酒だけど、基本なんでも飲めるからね? 話しながら飲んでたら、いっつも倒れるの俺が先だけど。ほかのやつには勝つよ?」



 それ、俗に言うザルかワクとか呼ばれる人種じゃ?


 私は、冒険者中は成人した日以来飲んでいないので、加減がわからない。


 前世でも、缶チューハイとか甘いカクテルベースで飲んでた記憶はあるけど、今が同じかはわからないもの。


 だけど、女性……女神様かもしれない人が大酒呑み。


 そして、甘いお酒が好きなら。



「奥様のお好みって、甘いものが?」


「うん。お菓子でも料理でも、甘いものなら好きかな?」


「じゃあ、チョコは?」


「結構好きだよ?」


「では、お作りするパン。今からシェトラスさんに許可をいただいてから作ってきますね」


『でっふぅ!』


「俺手伝おうか?」


「いえ、大丈夫ですから」



 まだ配膳の人数は残ってるので、そこは任せたい。


 それと、やっぱりシェトラスさんに確認してから彼を調理に加えるか相談したかったから。


 急いで戻れば、シェトラスさんも少し渋ったけど。



「結構大きな料理だったよね? なら、言い方は悪いけど。口止め料も兼ねて、彼には見せていいかもしれないね」


「わ、わかり、ました」


「チャロナくん、何を彼に……いや、奥さんに作ってあげるんだい?」


「チョコパンとクリームパンですね」



 コロネもいいかもしれなかったが、なにぶん初心者には食べにくい。


 なら、お酒を飲みながらも食べやすいパンにしようと決めたのです。

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