20-2.特別なパン(???視点)








 *・*・*(???視点)







 今日は、『特別なお昼ご飯』が食べれる日だと、マザー達から聞かされていた。


 私を含める孤児院の子供は、特に幼い子達は何だろう何だろうと日にちが近くにつれて、そわそわしちゃって待ちきれなくて。


 だってだって、あのシュライゼン様が『美味しいものを持ってくるんだぞ!』ってわざわざ言いにきてくださるくらいだもの。


 絶対に、美味しいに決まってる。


 だから私も、当日までいい子にしながら待ってた。



「皆さーん。準備が出来ましたから、慌てずにいらっしゃいね?」


『はーい』



 マザー・クリスが集会部屋から呼びに来てくれて、はしゃぐ子達が『どんなの!?』とか『教えて!』の質問に、『着いてからのお楽しみ』とはぐらかされてしまった。



「……あの顔、先にちょっと食べてるよ」


「それは仕方ないよ」



 勘の鋭いターニャが、可愛らしくほっぺをふくらませてるけど、それは本当に仕方がない。


 私達を育ててくださってるマザー達が、先に試食しないわけにはいかないもの。


 でも、私もちょっとだけずるいなぁと思った。


 マザー・クリスの顔、いつもよりずっと笑顔だもの。そんなにも美味しかったんだろうか?



『あれぇ〜〜〜〜!?』



 先を歩いてた子達が食堂に入った途端、何故か残念そうな声を上げていた。


 何か、期待はずれな事でも起きたのだろうか?



「どこにもないよ〜?」


「シュラしゃまぁ、ご飯は〜?」


「パンが多いだけなんて変だよぉ!」



 どこにもないけど、パンが多い。


 それはたしかにがっかりしてしまう事だ。


 シュライゼン様が時折届けてくださるパンの方が、ここのよりもたしかに美味しいけれど、やっぱり、美味しくないものは美味しくない。


 お腹を満たすためだけに食べざるを得ない物だったが、今日はどう言う理由なのだろうか?



「はっはっは! 諸君、ここにあるのはただのパンじゃないんだぞ!」



 いつものような自信満々の発言をされてるシュライゼン様。


 今日は何故か、いつもの服装じゃなくてお料理を作る先生達が着るような白い服を。


 たしか、お昼の後にお菓子を作るって言ってたから、そのため?



「え〜、そりゃ三つもあるけど全部パンじゃん!」


「ふっふっふ。匂いを嗅いでごらん! 絶対わかるんだぞ!」


『匂い〜〜??』



 ここまで自信満々に言われると、彼に大変お世話になっている私達も確かめるしかない。


 駄々をこねてた男の子を筆頭に、席に着いた子供達はそれぞれパンの匂いを嗅いでみた。もちろん、私もターニャも。



「あ、あれ……?」


「い、いい匂い……?」



 ターニャと一緒になって、思わず声を上げてしまった。


 あれだけシュライゼン様がもったいぶって言った通り、バターと小麦の匂いだけなのに、食欲をそそるいい匂いしかしない。


 たしかに、いつもとは違うパンだ。



「俺じゃないんだが、美味しいパンを作ってくれたおねーちゃんがいるんだぞ! 今日はその子に頼んで作ってもらったんだ」



 女の子?


 女の人?


 どっちにしても、すごいと思う。


 匂いだけで、私以外にももう食べたいと我慢出来ない子にさせてしまうくらい、美味しいものを作れるだなんて。



「では、皆さん。神にお祈りしてからいただきましょう?」


『はーい!』



 孤児院に居るうちは、神への感謝を忘れてはいけない。


 私は戦災孤児だったから、お母さん達と一緒だった時はそう多くは祈らなかったが。


 今だけは、目の前の変わったご馳走を早く食べたいと思わずにいられない。


 神様、女神様、今日はごめんなさい!と、祈りもそこそこに。


 マザー・ライアからの合図があってからは、全員勢いよくパンにかぶりついた。


 私は、一応女の子だから、まずは匂いを嗅いだ茶色い可愛いパンから手に取ったけど。



「このままでもいいのかな……?」



 他の子達は、ジャムをつけずにそのまま食べ始めているけど。揃って『美味しい美味しい!』と声を上げていた。


 私はせっかくだから、添えられていたバターやジャムをつけて食べてみようと思った。


 お母さん達と一緒だった頃は、食べやすいようにバターとベリーのジャムをたくさん用意してくれてたから。



(ちぎって……う、わ! すっごくやわらかい!)



 予想以上に柔らかくて、このまま食べても美味しいんじゃないかってくらいの柔らかさと手触り。


 やっぱり、最初だけ……と、少しちぎったのを口に入れれば。


 あのパン特有の、パサパサした食感がどこにもなかった。



「美味しい……すっごく美味しい! ふわふわで溶けちゃう!」


「ね、美味しいよね!」



 ターニャと一緒になってはしゃいじゃうのが、この時はわかるくらい、私は年相応の女の子のように声を上げてしまってた。



(噛む力がほとんどいらなくて、優しい甘さで……本当に舌の上で溶けちゃう!)



 バターとジャムなんていらない。でも、せっかくだから味わってもみたい。


 一人一個しかないので、半分のところで我慢してから、ゆっくりとバターとジャムを塗る。


 そして、ゆっくりと口に入れた。



「ふ、ふわぁ……」



 バターとジャムはいつも食べてるものだけど。


 でも、それを加えたことで更にご馳走感が増していく。



(美味しい…………ほんとに、すっごくすっごく美味しい!)



 同じものじゃないのに、まるでお母さんの味を思い出してしまう。


 ちょっぴり涙が出ちゃったけど、それは私だけじゃなかった。


 ターニャも、他の子達も全員パンを食べてるだけなのに、思わず涙をこぼしてしまったのだ。



「美味しい……ねえ、ケイミー。こっちの黄色いのもふわっふわだよ!」


「ほんと?」



 そう言えば、シュライゼン様が言ってたパンは今のだけじゃない。


 残りは二個。



 一つは、ターニャも食べた黄色いけど、丸いパン。


 もう一つは……紙がくるんであるけど、表面はザラザラっぽくて、焼いたと言うより。


 まるで、




「あ、こっちのパン。中に何か入ってる!」


「お肉もだけど、ちょっと辛い何かがあるよ!」


「一個じゃ足りない、美味しい!」



 手を伸ばそうとした時、男の子達がまたはしゃぎ出した。


 辛い料理はこの孤児院でも多く出されてはいるけど、私は少し苦手。


 食べた時とか、すぐ後にくるビリビリしたのが嫌なのだ。


 すると、ターニャが肩をトントンと叩いてきた。



「これ、ケイミーも食べれるよ! 全然ビリビリしないし!」


「……ほんと?」



 でも、まだ少し怖いので。


 黄色いパンを後から食べて、辛さを和らげようと思うくらい慎重になってしまう。


 紙の部分をしっかり持ち、一度深呼吸してからパンにかじりつく。


 コロッケのような衣に包まれた、優しいパンの味と少し香辛料がきいた何か。


 それが合わさって口の中に入ると、辛いのなんて気にならないくらい、私は食べ進めた。



「なにこれなにこれ、すっごく美味しい! ほとんど辛くない!」



 一瞬、果物か野菜の甘みを感じたがそれのおかげで食べやすい。


 いつも残してしまう、胡椒よりも辛い料理よりも段違いに美味しい!


 これを、本当に私と同じ女の子が作ったって言うの?



「うんうん。一通り食べてもらえたね! じゃあ、作ってくれたおねーちゃんを呼んでくるんだぞ!」



 私達の食べっぷりに満足した笑顔を見せてくださると、シュライゼン様は大扉の向こうから一人の女の人を連れてきた。


 髪色は違うけど……遠くからでもわかる。


 シュライゼン様……ううん。絵姿で見た、戦争で亡くなってしまった王妃様そっくりの人。


 思わず、全員ぽかーんと口を開けてしまったが。


 お姉さんは、照れ臭そうに笑ってるだけだった。

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