18-4.フィーガス=アルフガーノ

 ロティと鼻歌を歌いながら執務室の前に向かい、到着してから軽くノックしたんだけど。


 返事をしてくださったカイルキア様の声が、なんだかいつも以上に低くて怖い感じだったような?


 お疲れ気味なのだろうか?



「は、入りまーす」


『でふぅ?』



 でも、許可をいただいたからそーっと中に入れば。


 思わず、『なんじゃこりゃ!』と叫びたくなる光景が目に飛び込んできた。



「あ、チャロナちゃん。ごめんね、今床にまで散らばっちゃって!」



 答えてくださったのは、お手伝いをされてたらしいレクター先生。


 先生の腕にもだが、部屋の中が足の踏み場もないくらい書類が広がってしまってて……これじゃ前に進めない。


 カイルキア様の方は、山積みで今にも崩れそうな書類の束に囲まれながら…………思わず、ロティと抱き合いながらプルプル震えてしまうくらいの形相で仕事をされていた。


 このタイミングで、来るべきじゃなかったのだろうか!



「あ、気にしないで?……って言っても、カイルがこうなってるから無理かな?」


「か……カイル、様どうされたんですか……?」


『おにーしゃん、怖いでふぅう!』


「いや〜……この書類すごいでしょ? これ、さっき城から届けられたものなんだ」


『「お城??」』



 カイルキア様は、リュシアを含める一定の領地を治める領主様ではあるが。


 同時に、この国ではトップクラスのお貴族様でもある。


 だから、お城からお仕事が舞い込んでくるのは普通らしいけど……この量は異常過ぎじゃないだろうか?


 今も、私に入室の許可を出されてからはずっと羽根ペンと大きな判子を使って、繰り返し作業をされている。



「うん。急に届けられてね? 僕も詳しくは知らないんだけど、とにかく追加はまだまだ出てくるからって」


「か、カイル様大丈夫なんですか!?」


「徹夜はしない。鍛錬の時間が減るからな!」



 私が声を上げると、やっとお返事をしてくださったが……顔以上にむっちゃ怖い。


 無駄にいい声なので、普通のトーンでも背中がぞわっぞわするのに、腰が砕けてしまいそうな魔性のボイス。


 結構離れているのに、イケメンボイス恐るべし!



「あ、そう言えば。明日持っていくパンの試作出来たんでしょう? 休憩まだだし、僕お茶淹れてくるね?」



 レクター先生はそう言いながら、素早く書類で埋まった応接スペースを発掘して、ささっと給湯スペースも同様に。


 思わずぽかーんとしちゃったけど、来た目的を忘れちゃいけないから私も収納棚の中からカレーパンとお皿を出した。



「そう言えば、悠花ゆうかさんは?」


「あ、どっかに埋まってるよ〜?」


「え」



 この中のどっかに!?


 先生は私が歩けるスペースとかは確保してくださったけど、悠花さんはほかりっぱなし。


 どこ、どことロティと見渡してみても銀髪すら見えない。


 レイ君のどっちもの姿もないってことは、悠花さんの影に引っ込んでいるんだろうか?



『ご主人様ぁ〜、あしょこでふ!』


「どこ!?」



 ロティが飛んで行った場所には、たしかに人らしきシャツの裾が見えた。


 ほかに誰かはいないだろうし、絶対悠花さんのはず。


 そう思って、急いで発掘しに向かったんだけど。



「…………………………どちら、様?」


『あにぇ〜?』



 出てきた人は、全然悠花さんじゃなかった。


 もっと小柄で、髪も黒髪で……ボサボサで無精ひげが目立つ、悠花さんよりもカイルキア様よりも年上に見える男の人。


 顔は、この前までのエピアちゃんほどじゃないけど癖っ毛で隠れてて見えない。


 おまけに、この書類に埋もれてたのにぐーすかいびきをかいて寝ていた。



「あ、ごめんごめん! フィーガスまでいるの忘れてた!」


「フィー、ガスさん?」



 レクター先生よりも年上に見えるけど、呼び捨てって事は仲が良い証拠。


 と言うことは、この人もお貴族様なのだろうか?


 それにしては、顔の手入れ全然だけども。



「……………………ふ。ふぁあ〜……あ。なーんだよ、人がせっかく気持ちよく寝てたのに」


「ひぃ!?」


『ご主人様ぁ〜!』



 今の声、何?


 思いっきり気だるそうに起き上がった時の、寝起きの声だけなのに……カイルキア様以上の破壊力を持っていた。


 思わず、その場に座り込んでしまうくらいの、相手の力をなくさせてしまうような。



「……寝起きでその声を使うな、フィー」



 倒れるって思ったところに。


 何故かカイルキア様が、とっさに腰に手を回してくれて抱えてくれました。


 耳元で聞こえる声に、こっちも鼻血案件ものだけど……フィーガスさんほどじゃない。むしろ、安心出来る優しいトーンだ。



「悪りぃ悪りぃ。知らねー人間だもんで、思わず技能スキル使いかけてたわ」



 立ち上がられたフィーガスさんは、癖なのか前髪を上げてにかっと笑ってくれた。


 悠花さんよりは暗めの紅い瞳。


 八重歯が目立つ笑い方。


 お年は……ヒゲのせいで分かりにくいけど、30代くらい?


 けど、ゲームとかで言うならイケオジ枠だ!



「俺は、フィーガス=アルフガーノっつーもんだ。怖がらせてごめんな、お嬢ちゃん」


「ちゃ……チャロナ=マンシェリー……です。大丈夫です」


「お。例のパンが美味いって嬢ちゃんか? そりゃ、余計にごめんな?」


「これは……こう見えても、俺やレクター達と一緒に旅をしていた魔法師だ」


「あ!」



 カイルキア様の紹介にも驚いたが、悠花さんの思い出話にも登場してたので、思わず声を上げてしまった。



「ゆ……マックスさんが言ってた、すっごく、すっごくいい声の魔法師さん!」


「はっはっは! 面白い覚え方だなぁ? まあ、間違っちゃいねぇが」



 カラカラと笑われると、まだカイルキア様に抱えられたままの私を見て、頭を軽く撫でてくださった。


 すると、腰に入らなかった力が少しずつ戻っていき、足もしっかり動いた。


 カイルキア様に一言断ってから立ってみると、全然なんともない。



「俺の特殊固有技能スキル……『魅惑の美声チャームボイス』っつーもんだ。このカイルは地で結構いい線いってんだが、俺のようなのはねぇな? 俺の場合、無意識でも発動しちまうのが欠点だけどよ」



 たしかに、今もいいお声に変わりないが、腰が抜ける事もない。


 でも、いい声過ぎて耳には毒ですが!



「しっかし、聞いてた割には小さい嬢ちゃんだなぁ? 全体的に」


「う゛」



 いきなりなんのことやら、と思ったが最後の言葉が胸に突き刺さった。


 つまりは、サイラ君の時と同じように、私の胸部について言ったのだろう。


 反論出来ないと思ったら、何故かカイルキア様がフィーガスさんに思いっきり拳を振り下ろした。



「女性に対して無礼なことを言ってる暇があるなら。自分の持ち場に帰れ」


「いっててて。おっ前、剣士ソードマンだったにしてもマックス以上に鍛えてんだから加減しやがれ!」


「うるさい。一番年上とか関係ないだろうが、カレリアに告げ口するぞ」


「カーミィにはやめて!」



 カイルキア様の職業ジョブも知れたけれど。


 フィーガスさんは元メンバーだと一番年上らしいのに、例のカレリアさんには頭が上がらないようだ。



(あだ名……よりも、愛称で呼んでるし?)



 悠花さんが言ってたように、いい仲なのかも?


 が、そう言えば。


 フィーガスさんの登場のせいで、悠花さんを忘れたままだった!



「すみません、ゆ……マックスさんの捜索手伝ってください!」


「あ、『ユーカ』の事も知ってんのか? 俺も事情知ってっから、気にせずに呼んでやってよ」


「は、はい! じゃなくて、悠花さんどこぉおおおお!」



 そうして見つかった時には。


 何故かほっぺに特大のブーツの足跡をつけてた悠花さんが、ちっさくなってたレイ君と一緒に気絶してました。

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