18-5.カレーパン実食②



「……………………よ〜〜くも、やってくれたわねぇ、フィー!」



 気絶してた悠花ゆうかさんは、フィーガスさんの雑な起こし方でなんとか目を覚ましたんだけど。


 彼女?だけじゃなく、レイ君も一緒くたになって、そのフィーガスさんに突っかかっていった。


 これは予想してたのか、フィーガスさんは難なく二人の拳を避けてしまってたが。



「油断してたお前さんが悪いだろ?」


「だーからって、登場と同時に人の顔蹴るか! こんの、エロボイス親父!」


『フィーの旦那、今日こそは許さないでやんすよ!』


「俺はまだ28だ!」


『「嘘ぉ〜!」』



 二人と一匹のやり取りに、思わずロティとツッコミを入れてしまうが……とてもアラサー手前には見えない。


 少しくたびれた感じとか、おひげボーボーな感じとか。



「嬢ちゃん達までひっでぇな! 俺、そんな歳に見えんの?」


「その浮浪者紛いの風貌では、チャロナ達にはそう見えるのだろうな?」


「カイルまでひっでぇ!」



 でも、実際にカイルキア様がおっしゃる通りなので、私は首を縦に振った。


 すると、彼に隙を作ってしまったのか。


 悠花さんがフィーガスさんを羽交い締め。レイ君がいつのまにか人型になって……手にどうしてか髭剃りでもシェーバーとハサミを構えていたのだ。



「お……おい! やめろ、それは!?」


『髭なんて一日であらかた伸びるのが人間やないですか? チャロナはんの前くらいいいでっしゃろ?』


「ついでに、髪もちょいちょいといじろうかしらん? 梳いてもいないだろうし」


「お、お、お前らぁああああああ!」


「見るな、チャロナ」


「ロティちゃんもこっち向こうか?」



 と言う、大人の対応により、私達は後ろを向かされたけども。


 悠花さんとレイ君の楽しそうな声とか。


 フィーガスさんの阿鼻叫喚な声とか。


 カイルキア様に耳を塞がれてても、想像に難くない光景が繰り広げられれる模様。


 ああ、これが冒険者時代のパーティーメンバーでも、通常スタイルなんだとどこか納得してしまう。


 そうして、10分かそこらで騒動は終わりを迎え。


 おじさんだった人は、これでもかと言うほどの『美男子』に変身しましたとさ。



「おお……」


『ふひゃ〜〜!』



 今は書類の整理も終えて、全員で応接スペースのソファに腰掛けている。


 ちょうど向かいの席に腰掛けたフィーガスさんは疲れ切った表情をしてるものの、それが憂いを帯びてるように見えて大変かっこいい。


 髭も、ざっくばらんになってた髪も整えられてしまい、どこをどう見ても『おじさん』には見えないイケメンさん。


 普段からそうしてればいいのに……と思ってると、彼はせっかく整えられた髪をガシガシとかいてしまった。



「だぁあああああ! カーミィに怒られんのに、何してくれんだお前らぁああ!」


「怒られていいじゃなぁいの。てか、その口ぶりからして……あんたら、やっとくっついたわけ?」


「ああ、そうだ! 式挙げっからお前さんらに招待状届けに来たのによぉ!」


「お、おめでとうございます!」



 なんと、カップル成立以上に婚約までされていたとは。


 実におめでたいことなので、すぐに挨拶を告げれば。


 フィーガスさんは一瞬だけきょとんと動きを止めたけど、これまたすぐに嬉しかったのかほっぺを赤くしながら髪をかいた。



「あんがとよ。っつっても、お互いの仕事が忙しいもんで、式自体は半年くらい先だが」


「こいつ、こう見えてもうちと同じ伯爵の息子なのよね〜」


「残念だな、もう伯爵様だ!」


「うっさい、知っとるわ!」



 やっぱり、お貴族様だったのか。


 それにしても、悠花さんでだいぶ慣れちゃったのか。貴族だと理解しても変な緊張感は出てこない。


 先に、フィーガスさんなりの個性?を見せてもらったのもあるからかな?



「んで? さっきからうまそーな匂いしてんの。これ嬢ちゃんが作ったやつ?」


「あ、はい。明日孤児院に差し入れさせていただく予定の『カレーパン』と言います」



 ドタバタ劇があったので、本題をすっかり忘れていた。


 フィーガスさんには、私の事をどこまで話されてるかはわからないけど、カイルキア様達が特に何も言わないし。多分、話されてるかも?



「なっつかしいわ、カレーパン! チーちゃん、これポークカレー?」


「うん。ビーフもいいけど、子供向けならポークかなぁって」


「「「ビーフ? ポーク??」」」


「あたし達がいた世界の、肉の言い方よ。豚とかオーク肉がポークで。牛とかバッファローがビーフよん」



 聞かれちゃったから、思わず地球用語使っちゃったけれど。


 フィーガスさんも何も疑問に思われてないからか、悠花さんの説明の後でも特に驚かれなかった。



「私がいたホムラ皇国のよりは、だいぶ辛さを控えていますが……子供も大人も好きになれるパンです。油で揚げてますが」


「か、辛い……?」


「え?」



 フィーガスさんの左に腰掛けていた、カイルキア様の肩が大きく跳ね上がった。


 その反応にまさか……と思っていると、私とロティ以外の全員が吹き出してしまわれた。



「あっひゃっひゃっ!」


「そ、そう言えば……言うの、忘れてたね。ごめん、くくく」


「そうそう。こいつ、甘いのはなんでもいいのに……辛いの全然ダメなのよ。そこのフィーのせいで!」


「いや、まさか。戻ってきてからもかっ!」



 気がすむまで笑ってからの説明によると。


 ずっと昔に、フィーガスさんが甘いものと辛いものをすり替えて、カイルキア様に食べさせた事があるらしい。


 それが、普通の辛さどころか激辛だったようなので。


 衝撃が凄すぎて、以降は……ピリ辛が限界になってしまったんだとか。


 でも。



「大丈夫ですよ? 私もホムラでの辛さが異常だったのは知ってますし、結構子供向きにしたんです。先にシェトラスさん達にも味見していただきましたから」


「あまり……辛く、ないのか?」


「りんごもすりおろして入れてますから甘口ですね?」


「まさにお前向けじゃねぇか、カイル!」


「あんたが元凶なんでしょーが、うっさい!」



 コントは横に置いておいて。


 一個は多いかもしれないから、収納棚から銀製器具シルバーアイテムを出して、ペティナイフを取り出し。


 お皿の上でひと口サイズに切り分けてから、卓の上に置いた。



「…………いただこう」



 切ったことで漂う、カレー独特のスパイス臭。


 きっとその匂いに食欲をかき立てられたかもしれないが、カイルキア様の手がカレーパンにちょんと当たると……一瞬引いたが、すぐにまた触れて。


 持ち上げたと思えば、勢いよく口の中に入れられた。


 最初は辛さが舌の上に来るんじゃないかと思ってたようだが。


 日本人向けの辛さに仕上げたカレーはお気に召してくださったらしく。


 ちょっと目を丸くすると、勢いよく食べ進めてしまわれた。



「あまり辛くない、が。これくらいがいい。美味い!」


「あ、ありがとうございます!」



 一個がすぐになくなりそうだったので、もう一個を出す前に紙で包んであげました。



「……………………ほ〜〜? 旅先でも全く辛いのに手をつけなかったこいつがねぇ?」


「あ、皆さんの分もありますのでよかったら」


「俺もいいのか?」


「ええ」



 レクター先生達の以外にも、おかわりがあるかもしれないからと思い、大目に収納棚には入れてきたから。


 カイルキア様にもおかわりを渡す前に、全員分紙に包んでからお皿に置く。


 悠花さんも我慢出来なかったのか、私がどうぞと言えば一番にかぶりついた。



「ん〜〜〜〜! 油を吸ったドーナツのようなパン生地、程よい辛さと甘さがあるカレー! カレールーがないから諦めてたけど、転生してから食べれるとは思わなかったわ!」


『むぐむぐ……これは、一個じゃ足りんでやんすぅ!』


「あ、ほんとだ。思ったより辛くない」


「……………………パンが、うめぇ」



 どうやら、及第点はいただけたようだ。


 少しほっとしていると、カイルキア様から声をかけられて。



「…………もう、ないか?」


「…………あと一個ですよ?」



 なんだか、フィーガスさんが隣に座ってるせいか、カイルキア様が少し幼く見えてしまった。


 ただ、次の一個を渡そうとしたら、そのフィーガスさんに遮られ。



「お前さんなら毎日でも食えるだろうが! ここは俺に寄越せ!」


「報告ついでに、勝手に寝てた奴にはやらん」


「いいじゃねーかよ! せめてカーミィへの土産にさせろ!」


「それを後付けの理由にするな!」



 などと、結局は喧嘩になってしまい。


 妥協案?として、悠花さんとレイ君のお手伝いも加わってから明日の分と、カレリアさん用のカレーパンを大量製造する事で落ち着きました。

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