14-5.その頃の……(エピア視点)
*・*・*(エピア視点)
怖かった。
本当に怖かった。
村では疎まれたり妬まれたりしてただけのこの顔が。
まさか、就職してから微かに聞いていた、女癖の悪過ぎる子爵に狙われるなんて思いもよらなかった。
チャロナちゃんやエイマーさんは、本当に可愛いと言ってくれたから、少しだけ自信を持ててただけなのに。
(…………怖、かった)
マックスさんが庇ってくれた隙間から聞こえた、蛇のように恐ろしいぬめっとした言葉の数々。
最初は、レイバルス様と融合したマックスさんをターゲットにさせたからと思ってたけど、それが自分に降りかかるとは思わなかった。
村にいた時は、顔を妬まれていじめられることはたくさんあったけど。
そのせいで、友達どころか居場所すらなくなって。
旦那様からの選抜試験を受けて、お屋敷に雇っていただいてからはそんな事はなかったけど。顔についてまたとやかく言われたくないから隠してたのに。
それに、初めてちゃんとしたお友達が出来たのに。
(…………また……助けて、もらっちゃった)
新人の同僚だけでなく、同年代のお友達になろうと手を差し伸べてくれたチャロナちゃん。
彼女のお陰で、私は囚われずに済んだ。
もちろん、他にもマックスさんや何故か駆け付けてくださったシュラ様のお陰であの子爵は捕まったけど。
今は、食堂の二階の一室を借りて、気を失ったチャロナちゃんの回復を待っている状態。
私は、エイマーさんと別室で待機している。私が……チャロナちゃんを心配し過ぎて、むせび泣きしそうだったから。
「…………農耕以外、弱いから」
今エイマーさんはここにはいない。
泣くには泣いたけど、落ち着いてきたらお腹が少し空いたので、エイマーさんが今なら離れても大丈夫だと食事を取りに行っている。
私やエイマーさんも、多少は武の心得はあるが、マックスさんよりは劣って当然。
でも、落ち着いた今なら警戒するのは必要最低限で大丈夫。
だから、一人で大反省中だ。
「…………チャロナちゃんは、少し前は冒険者だったって言ってた。けど…………悪い人に、立ち向かってた」
まだお友達になって一日も経ってないのに、あんなにも怒ってくれた。
ただ、マックスさんが慌てて止めるくらいの魔法を出す時は、さすがに私もびっくりしたけど。
「…………嬉しかったけど。私、情けないな……」
植物を生み出す楽しさ以外、何も見出せていなかったこれまでの人生。
好きな人も出来て、ましてや同性のお友達も出来るなんて思ってもみなかったのに。
チャロナちゃんは、私が狙われると分かった途端に、立ち上がってあの子爵の前に飛び出た。
私は、そんな、価値のある人間じゃないと思ってたのに……あんなカッコいい言動で私に害を与えるのは死に値するって!
「…………すっごく、すっごく……カッコよかった」
好きなサイラ君まで、少し霞んじゃうくらい、チャロナちゃんの演説はカッコ良かった。
なんだか、旦那様のカイルキア様が使用人を集めた時に言い放つのと似てた気がしたけど。
あんなにも、親身になって庇ってくれたのは、今までお友達になった女の子じゃ一人もいなかった。
「…………でも、倒れちゃった……」
駆け寄りたかったが、エイマーさんにまだ出ちゃダメって止められて。
安全な状態になっても、結局何も出来なかった。
(顔……出さなきゃ、きっとチャロナちゃんも倒れることなんてなかったのに)
あの子の事だから、気にしなくていいと言うだろうけど……私は無理だ。
怪我はさせてなくても、傷つけた事に変わりない。
せっかく変わろうと一歩を踏み出そうとしても、これじゃいつまで経っても。
「エピア!」
「っ!」
いきなりドアを開けて入って来たのは。
エイマーさんじゃなくて……何故か、サイラ君。
すっごくすっごく、息切れながら、扉に手をついてた。
「……さ……サイラ、君……どう、して」
「屋敷に救援要請来た時に、聞いちまったんだよ。お前らが危ないかもしれないって!」
「あ……ジョシュアさん……が」
「そうそれ! エピア、今日前髪上げてっから……俺絶対あの子爵に狙われると思って救援に参加したんだ」
「…………え?」
忘れてたけど、今も前髪を上げている。
でも、彼の言い方だと、もっと前から私のこの顔を知ってるように聞こえた。
「───────……あ、ごめっ。俺知ってるって言うの忘れてた」
「え、え、え?」
知ってるのに、ずっと態度も何も変えずに、今まで過ごしてくれた?
村の男の子達ですら、そんな事一度もなかったのに。
「……………………俺だけの、秘密にしときたかったんだよ」
サイラ君は、何故か照れ臭そうに顔を逸らしてから扉を閉め、床に座ってる私の向かいに……少し距離を置いてあぐらをかいた。
「知ったのは、一年前だ」
「そ……そそそ、そんな、前に!」
「たまたまだけど。風呂上がりのお前が、遠目に見えた時があった」
「…………え、え?」
いつもは
うっかり、乾かさずに出た時があった?
ううん、先輩達にも見られたくないと思ってたから、そんな事は。
「……お前、覚えてないかもしんねーけど。風が強い夜の時に、髪押さえきれてなかったんだよ」
「そ、そんな……っ」
チャロナちゃんとは違って、私達普通の使用人達の住まいは、基本的に使用人棟と言うのがある。
もちろん、男女は別だが途中までの通路は共用部がきちんとある。
そのどこかで、廊下を歩いていた時に見られてたという事。
「…………今も、だけど。すっげー可愛い子って思ったよ」
「ふ……ふぇ?」
サイラ君が。
いっつも元気な笑顔で話しかけてくれる、サイラ君が。
すっごく照れながら……私を可愛いと言ってくれた。
「……あん時、すぐに追いかけたかったけど。……髪下ろした直後にエピアだって気づいて。んで、声かけんのやめた」
「な……なんで……?」
「……お前、エイ姉とかには言ってただろ? 村でいじめられてたのって。エスメラルダさんも聞いてた時に、俺も偶然聞いちゃったんだ」
「っ!?」
たしかに、エイマーさんには少しだけ話したけど。顔のことについては一切言ってない。
なのに、その事とさっきの言葉のつながりが、まだよくわからない。
彼は、何を私に言いたいのか。
「……その顔が原因でいじめられてたのは、すぐにわかった。エイ姉も、昔顔以上に胸のでかさで怪我させられたりしてたんだ」
「あ…………朝、聞いた」
そうか、親戚同士の関係で、彼は幼少期の間だけ一緒に住んでたって聞いたことがある。
だから、エイマーさんがいじめられてた事情も知ってて。
「聞いたのか? まあ、エイ姉今は特に気にしてねーけど。俺とか母ちゃんはエイ姉がここに就職するまで悔しかったんだ。自分らしく生きられないのが辛いなって。エピアも……そうだったんだろ?」
「……………………う、うん」
わかってくれた。
この人は、わかってくれてたんだ。
私がずっと抱えてた悩みを。
初対面の時も、顔を隠してても笑顔で握手をしてくれたから。
「だから俺も、
「………………………………ほ、ほれ?」
今とんでもない言葉が聞こえた、ような?
慌ててうつむきかけた顔を上げれば、きっと私以上に赤くなってるサイラ君と目が合ってしまった。
「やっべ、勢いで言うつもりなかったのに!」
「……………………ほ、ほんと……に?」
二年近くも想い続けてた人が、自分を好きだなんて思うのだろうか?
それも、一度はこの顔を否定してまで、考えてくれてたなんて。
思わず、彼から目を逸らさずに見つめ返していると、サイラ君は目線だけ少し逸らしてから頬をかいた。
「……顔見てからも。ずっと、暇出来たら菜園覗いてた。エピアがどう言う女の子とかちゃんと知りたくて……」
そして、言葉を止めると思いっきり自分の髪をかき出した。
「ずっとエイ姉みたいな勝気な女しか知らなかったんだよ! 大人しいし、けど仕事は真面目だし、ラスティさんに懐いてるから勝ち目ねーと思ってたから言うつもりなかったのに!」
「え、ま、待って……なんで、ラスティ……さん?」
「え、お前あの人が好きじゃねーの?」
「だっ、だって……あの人私の叔父さん……だし」
「……………………嘘だろ!?」
だいぶ年の離れた、母の弟さんだからわからないのも無理はない。
知ってる人は知ってるけど、サイラ君は知らなかったみたいだ。
あと多分、ラスティ叔父さんは適当なとこがあるから言わないでいるのも多いせいか。
サイラ君は事実を知ると、頭を抱えながら大きくため息を吐いてた。
「……………………そっか、けどチャンス増えたってことか?」
「え?」
何か声をかけようとしたら、いきなり体を起こしてにっと笑い出した。
「俺に向いてくれるかどうかって、チャンス! 今は同僚で友達だけど、見込みねーわけじゃないだろ?」
「と……もだち?」
「へ? 違った?」
サイラ君も、私を友達と思ってくれてた?
好きの前に、そう思ってくれてた?
告白はもちろん嬉しかったけど、その事実を知ったのも当然嬉しくて。
嬉しくて……。
「お……お友達、も嬉し…………」
「お、おい、エピア!?」
頭の中が色々とごちゃごちゃになってしまい、とうとう倒れてしまった。
近くにいたサイラ君に当然のように抱えてもらったけど、もう私は気を失ってしまってて。
次に起きた時は、告白の返事も結局出来ないまま彼と先にお屋敷に帰ることになった。
(……すぐに返事は、恥ずかしくて出来ないけど、いつか)
ちゃんと気持ちを返せれるように自信を持ててから、返事がしたい。
そう決意した時に、ふと別れる前のチャロナちゃんとシュラ様を思い出した。
(……よく見たら、あの二人……髪色もだけど、顔も似てた)
チャロナちゃんは孤児だって聞いてたけど、もしかして……と、そこで考えるのをやめた。
たとえ、憶測が本当だったとしても、チャロナちゃんと私は友達。
そこだけは、自信を持ちたかったから!
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