5-2.食パン作り②


「ほぅ? チャロナちゃん、何故型に油を塗るのかな?」



 エイマーさんと菜種油に近い植物油を刷毛で塗ってると、ひと段落したシェトラスさんがやって来ました。



「紙の型と違いますから、型から取り出す時にスムーズに出来るのと……あとは表面を綺麗に焼くためですね?」


「なるほど……しかし、バターでないとは」


「お菓子じゃありませんし、バターの風味も強くなります。あっさりめにするには植物の油がいいんですよ」



 ただし、同じ植物油でも香りやクセの強いものも場合によってはNG扱い。


 それに、パン屋によってはバターも使うらしいが今回は無し。



「君のパンは、ほぼいにしえの口伝だからな! 手伝えて光栄だよ!」


「こらこらエイマー? そう大声を立てちゃいけないよ。彼女の秘密は、まだ旦那様や私達だけの秘密だ。いくら信頼している使用人仲間とは言え、他の者達にいっきに広めてはいけないと言われたじゃないか」


「……すみません、料理長」



 そう。カイルキア様の意向により昨日同席した以外の使用人さん達にはすぐには言わない事になっている。


 私の錬金術のレベルアップ、能力の安定などが落ち着いてから、本当に少しずつ広めていくらしく。


 人数は少なくても、外からの業者さんとかにうっかり口を滑らせる可能性もなくもない。だから、今は内緒なのだ。


 厨房に入ってくるのはごく一部の使用人さんらしいが、この時間帯に来る人もいるんだって。




 ぴろろろ、ぴろろろ、ぴろろろろろ〜





「あ、タイマー!」


『でっふでふぅ、ご主人様ぁ〜』



 ロティに見てもらってたタイマーが鳴ったようで、慌てて止めに行く。


 音量調整出来るタイプじゃないのはこの技能スキルも同じみたいだから、急いでOFFのボタンをタップ。


 聞こえなくなると、私もだけどシェトラスさん達も少しほっとしていた。



「驚いたけど、これは使いようによっては重宝されるだろうね? 特に、我々料理人や生産職の人間にとっては」


「この技能スキルなんですが、今はひとつ出したんですけど同時に4つまで出来るんです」


「…………なんとっ」



 シェトラスさんは、ちょっと困ったように笑い出した。


 無理もない。

 勘を頼りに調理の時間をこなしてたシェトラスさん達には夢のような技能スキルだろう。


 チャロナも野営の時なんかは、同じように火の調整をしながら勘頼りにしていたからわかる。


 千里については、覚えてる範囲だとパン屋では厨房だと常時色んなタイマーが鳴ってた覚えがあった。


 そのどちらの経験もあるから、この技能スキルの有り難みはよくわかる。ひとまずは、お二人やメイミーさんの前でしか使わないようにしておくけど。



「ベンチタイムは終わったので成形に入ります」



 今回も手本を兼ねて私が成形。


 まず、布を全部剥がさずに生地を一つだけ出す。


 台に少し多めの打ち粉を敷いて、生地にまんべんなく打ち粉をまぶす。



「ただ、注意点があります」


「はい、チャロナくん。今回はどう違うんだ?」


「この生地なんですが、バターロールや他の生地に比べてすっごく柔らかいんです。だから、打ち粉・・・のつけ過ぎが要注意なんですよ」


「……昨日君が言ってくれた、サンドイッチについてか」


「そうですね」



 慣れない初心者だと、粉をたっぷりつけ過ぎるのが……と言うのが多い。


 シェトラスさん達の先生達まで伝わっていた『間違った口伝』がまさしくそれ。


 一度失われたレシピを再現させるのには仕方なくても、何故改善されなかったかは謎だが今は生地に集中。



「ガス抜きは数回に分けて台に叩きつけ、次に麺棒で軽く伸ばします」



 ポイントをまじえながら、時間も限られてるのでどんどん成形。


 一方向に伸ばしたら、次は向きを変えて四角のように伸ばす。


 それを内側に折って、閉じ目を軽く叩いて繋ぎ合わせる。


 これを三つ同じように仕上げたら、次のステップ。



「閉じ目を下にして、また麺棒で伸ばします」



 一度横にして幅を広げ、次に縦にして均一に伸ばす。


 これを、また仰向けにさせて巻き数の少ないロールケーキにようにくるっと巻く。


 三つとも出来たら、並べて落ちないように持ち上げてから型に入れる。もう一回繰り返したら、型は満タンになるので表面を手で軽く均す。


 これをもう一回分繰り返したら、レベルアップしたナビ変換チェンジでロティをオーブンに変身。


 電化製品で多い発酵機能も搭載されたので、ロティに湿度なんかを設定してもらってから型を入れた。



「30分以降から発酵の具合は見るけど、声がけお願いね?」


『でふぅ!』


「では、今からは私達側の仕事も覚えようか? 主に、エイマーを補助してあげてくれないかな?」


「はい!」



 もちろん、パン以外の料理を作るのも大事。


幸福の錬金術ハッピークッキング』のレベル上げにも必要だけど、美味しい料理を作れるようになって損はないもの。



「じゃあ、まずは卵を取りに行こう。今朝は野菜のオムレツなんだ」


「はい!」



 一昨日はチーズ入りだったけど、半熟オムレツを教えてもらえるなんてラッキーだ。


 喜んでお手伝いしたいと、貯蔵庫の置き場に着けば、既に誰かいるのか物音が?



「おや、おはようサイラ」


「お? はよーっす、エイ姉……っと、後ろにいんの誰?」



 エイマーさんで見えないけど、声の感じから私より少し上くらいの男の子の声。


 先輩なら挨拶しなくっちゃと横に立たせてもらうと、蛍灯りフロウを頭に浮かせてた農夫っぽい格好の男の子がいた。


 薄青の刈り上げた髪、黄色の大きい瞳。


 腕には、コカトリスの卵が入った木箱。


 ちょっとだけ目が合うと、サイラって呼ばれてた男の子は箱を急いで床に置いて、何故か私の前にやって来た。



「あんた、もしかして昨夜のパン作ったやつ⁉︎」


「え、え? どうして……」


「いやだって、エイ姉と似た服着てっから。新人だろ?」



 ああ、なるほど。


 ここは少ない人数で使用人が配属されてるし、見慣れない人間がいたらピンときて当然か?



「俺、俺。サイラってんだけど、あんなうんまいパン始めてだったよ! 今日も作ってくれんの⁉︎」


「サイラ、うるさい」


「いで⁉︎」



 下手するとキスでもしかねないってくらいにサイラ君?は私に詰め寄ってきたが、エイマーさんがすぐに引き剥がしておまけにガツンとゲンコツをお見舞いしてました。


 結構痛そうだったが、サイラ君はすぐに立ち上がって復活。



「いってーよ、エイ姉!」


「年若い女性に詰め寄るのと質問し過ぎだ。今日から同僚になるとは言え、もう少し落ち着きを持て。さもなくば、ミュラ姉さんに言うが?」


「お袋には勘弁!」


「あ、あのー……エイマーさん達はご姉弟?」


「いいや。サイラの母親が私の従姉妹なんだ。けど、年が近い分姉弟とよく間違えられるが」


「ほとんど一緒に育ったしなぁ?」



 メイミーさんやレクター先生もだけど、使用人さん達が結構お身内が多いのは偶然だろうか?


 一度聞きたいけど、今はちゃんと挨拶。



「チャロナ=マンシェリーです。今日から厨房の見習いに入りました。よろしくお願いします、サイラさん」


「よろしくっ。俺、見たらわかるだろーけど、コカトリスの飼育見習いなんだ。こいつは今日の納品分」


「わぁ、産みたてですか?」


「おう、磨き終わったやつだし触って大丈夫……けど」


「けど?」



 最後の言葉を濁したのがちょっと気になったが、サイラさんは何故か私をじっと見つめてきた。


 いや、正確には顔よりもう少し下の……?



「……胸、ねーのな?」


「サイラ!」


「っで!」



 やっぱりしょぼんの胸元が気になったようで、口に出した途端エイマーさんからの鉄拳制裁が。


 そのままぽいっと外に続く扉向こうまで捨てられそうになったが、サイラさんが自分は挨拶途中だ悪かったと無理に引き止めてもらってた。



「チャロナくん、こいつにさん付けと敬語はいい。君と一つしか違わないんだから」


「そ、そうなんですか?」


「……おう、エイ姉がそう言うから気にしなくていいぜ」



 と言うわけで、サイラ君と呼ぶ事に決定。


 サイラ君は軽く伸びをしてから、今度はしっかりと私に向き直ってくれた。背は、カイルキア様よりはずっと低いけど私よりは頭ひとつ分大きい。


 私は、チビじゃない、はず……。



「チャロナ、さっきも言ったけどうんまいパンありがとな!」


「あ、ありがと」


「ここ来てシェトラス料理長のでもうまいと思ってたけど、あれマジで美味かった!今日も楽しみにしてる!」



 そう言うと思いっきり手を握ってぶんぶん振ってくれたが、びっくりはしたけど悪い気はしない。


 だって、本当に美味しかったって喜んでくれたんだもの。



「それにしても、サイラ君って傷いっぱいあるんだね……」



 コカトリスを相手に仕事をしてるからか、くちばしや爪痕なんかの傷が手や腕に無数も出来ていた。


 治癒ヒールで治せない傷じゃないと思うけど、跡になると効きにくいって言うから私の生活魔法程度じゃ無理だ。



「魔法でレクター先生に治してもらっても切りねーしな? 魔法医療を必要しないのは全部消毒以外ほっといてんだ。毎日出来るしよ?」


「無茶しないでね?」


「お、おぅ……」



 心配で言っただけなのに、なんで顔が赤くなるんだろう?


 とりあえず手を離してもらうと、サイラ君は卵の箱をひょいひょいと置き場に整列させていく。



「チャロナ、俺仕事まだあるけど朝飯の時にでもまた話そーな?」


「え、私はその時も仕事だけど?」


「あ、そーか……」



 なら仕方ない、と彼は手を振ってから裏口の方に行ってしまった。



「元気過ぎるが、飼育員の中じゃ期待されてるんだ。身内だが、仲良くしてやってくれ」


「はい!」



 男の子だけど、年の近い先輩が出来て私も嬉しいから。


 ひとまず仕事に戻るのに、エイマーさんと手分けしてサイラ君が持ってきてくれた卵を厨房に持っていきました。



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