5-1.朝起きて食パン作り①








 *・*・*








『ぷぷぷっぷぷ〜ぷぷぷっぷぷぅ! ご主人様ぁ〜時間でふぅ!』


「う、うーん……?」



 まだ夢の中に居たかったのに、寝る前にロティにセットをお願いしたアラーム機能のお陰で起きるしかなかった。


 カーテン越しに差し込む光はなく、まだ夜明けからだいぶ離れた時間帯。


 だけど、間違ってないので体を起こしてからロティに確認を取る事にした。



「ロティ、今って……日本で言う3時?」


『でっふでふ! 魔灯あちゃりつけまふか?』


「うん、お願い」



 身だしなみは頭から。


 先に昨夜寝る前にメイミーさんからいただいた、新しい作業着に袖を通し、ロティに弱めに部屋の灯りをつけてもらう。一人用にしては大き過ぎるドレッサーで髪をまとめる。



「お化粧……冒険者だった時もだけど、作業多いしリップだけでいいよね?」



 エイマーさんもナチュラルメイクくらいだったし、香料付きの化粧品をつけ過ぎると匂いが染る事もあるから却下。


 ただ、洗顔とスキンケアだけは湯上り後に丁寧にやってるから大丈夫。使い方はメイミーさんにも教わりました。



「髪……切りたいけど、怒られそうだしなぁ」



 とりあえず、ポニーテールだけだと髪が落ちやすいこともあるので、これも昨日と同じシニヨン風まとめ髪に。


 後れ毛が出てないか確かめてから、作業着のサロン風エプロンをつけてロティと部屋を出た。



「……蛍灯りフロウ



 廊下にも一応豆電球のような魔灯あかりは点いているが、明け方前のこの時間じゃ心許ないんで生活魔法の灯りを出した。


 一階の厨房まで距離は結構あるし、物音を立てて誰かを起こしちゃうのは避けたい。魔法陣はまだ使うのためらうし。


 ただ、ひとつ目の階段を見つけた時、中庭に面する窓の外からシュッ、シュッって音が聞こえてきた。



「なんだろ?」


『でふぅ〜?』



 こんな明け方に起きてる使用人さんでも、まだ顔を合わせていない警護の人かと思い、少し見てみようと窓に近づく。


 けれど、庭には外灯なんてないから、ほとんど真っ暗。


 私が出したような生活魔法の灯りもないし、相変わらずシュッ、シュッって音が聞こえてくるだけ。



「うーん……? 覚えてたら、シェトラスさん達に聞こうか?」


『でふ、行くでふ!』



 気になるが、今日からここの使用人の一員になるんだもの。わからなければ、上司に聞けばいいこと。


 とりあえず、音を立てないように早歩きで一階を目指して厨房に向かえば……やっぱり、まだこんな朝早くてもシェトラスさんとエイマーさんが既にお仕事してました。



「おはようございます!」


『はにょーございますでふぅ!』


「「おはよう」」



 他にコックさんはやっぱりいなくて、お二人はカイルキア様や使用人の皆さん達の朝ごはんを仕込んでいた。


 昨日聞いた話だと、大貴族の御屋敷なのに住み込みの使用人さんはたった30人だって。


 カイルキア様が公爵様でも、ご当主を継がれたばかりでまだ日が浅く、修行と様子見を兼ねて敷地内の屋敷を一つ使ってるそうだ。


 だから、ここが生活環境を整えてもまだ半年しか経ってない。けれど、冒険者としても、昔の社交界で得た伝手も多いからお客様は結構来るらしく。


 特に、カイルキア様がおっしゃってたお貴族様と幼馴染みさんは頻繁に来るそうだ。シェトラスさんの話によると、今日の昼間に来てもおかしくないんだって。



「なので、チャロナちゃんには皆の主食のパン以外にも……可能ならばお八つ時にふさわしいパンかお菓子をお願いしようかと思ってたんだ」


「わかりましたっ」


「それと、チャロナくん。バターロールもだが、少しだけサンドイッチ向けの山形パンもお願いしていいか?」


「山形? 真四角のではなく?」


「ああ。君は今日から一緒になると思うが、昨夜バターロールだけで使用人達が取り合いを起こしてね……バターロールだけじゃ追いつかないと思うんだ。あとは、弁当用にも懇願された」


「こ、こんがん……ですか」



 自分が作って言うのもあれだが、日本のパンは海外からの受けも良いから基本的に万人向け。


 それだから、この世界でも悪食の影響で失われてたパンの製法を蘇らせた結果、取り合いとかは可愛い方。


 でも、お願い以上に要求されるとは思わなかったが、やっぱり嬉しい。



「早速使える道具もありますから、頑張りますね!」


『でっふぅ!』


「途中、手伝えるところは私も手伝うよ。それと、私達なりにも覚えたいんだ」


「はい!」



 まずはこのお屋敷を中心にパンを広めていくのだから、伝授も出し惜しみはしない。


 それに、ロティの変換チェンジ以外でも、普通に製造出来るようにしなくては意味ないもの。



「それにしても、昨日は私のお下がりの作業着で済まなかった」



 まず食パン用の生地の仕込みを始めてから、エイマーさんが横で軽く苦笑いされた。



「イインデス、ムリナイデス」



 ほとんどレストラン勤務にちかいコックスーツな作業着だったが、量産されてるのじゃなくてオーダーメイド。


 昨日はエイマーさんの10代の頃のをお借りしたんだけど……ね? この人、クールビューティを裏切らずにプロポーションにも恵まれてて、何度見てもお胸も大変ご立派なのだ。


 まだ成長途中のチャロナでも、平均くらいはあっても、胸のとこは昨日はガバガバ。今はすっきり。



『チェックぅ〜お願いしますでふぅ〜!』


「はーい」



 ここからはとんとん拍子。


 一次発酵、分割、ベンチタイムまでの成形。


 途中、分割だけはエイマーさんも加わり、ロティの測りを使ってもらいながらの挑戦に。


 専用の麻布での手袋抜きに生地に触るのは、少し勇気が必要だったみたいだけど、慣れると大丈夫そうだった。



「この生地の成形は、表面を綺麗にさせるのもポイントです」



 まず、生地に打ち粉を適量まぶし、少し包むようにして内側に織り込む。


 これを可能なら、二個いっぺんに。

 今回は慣らしもあるので一個ずつ。


 成形の基本は、手を猫のようにしてお団子を包むように。


 けれど、あまり生地には接触させ過ぎてもいけない。


 ただゴロゴロと転がすんじゃなくて、生地を内側に巻き込むのも大事なポイント。



「一度適度にまとめてから、今度は表面をならすのに反対方向にまとめます」


「……おお、表面が美しく」



 つやつやとまではいかないが、ロティの赤ちゃんほっぺみたいに触りたくなる仕上がりに。


 これを、計12個仕上げたらベンチタイムさせるのに濡れ布巾じゃなく乾いたガーゼ綿の大布で覆う。



「じゃ、ここで……ロティ?」


『でふ! 召喚サモナー、タイマー!』



 合図と同時にロティがぱぱんと手を叩けば、被せた布の上に長方形の薄い板が浮かび上がる。


 00:00:00とだけ文字が書かれていて、数字の下には▼とスロットで数字がスクロール出来るようになっていた。



「チャロナくん、これは?」



 これはエイマーさんにも見えているのか、不思議そうに聞いてきた。



「これは、タイマーと言って時間を測ってくれる道具が技能スキルになったものなんです。昨夜色々調べてたら使えるようになったので」



 使い方は、操作しながら教えることに。


 と言っても、▼をタップして数字をスクロールさせ、00:05:00ってセットさせただけ。


 これを、一番右の『ON』ってボタンをタップすれば数字が1秒置きに減っていった。



「ま、魔法かい?」


「前世でいた世界では、家庭でも使えるくらいの道具です。もっと小型だったり色々ですが」



 説明はしたいが、ベンチタイムの時間は限られている。


 次に必要な、食パンの型については昨日特典でもらった銀製器具シルバーアイテムを収納棚から出すことにした。



解放オープン、無限∞収納棚!」



 ここはロティへの指示じゃなく、私が指を鳴らすとステータス画面のような板が顔の前に浮かぶ。


 指一つ鳴らせば、ぽんって出る簡単過ぎる召喚術みたいなので。


 ステータス画面はまだ中身が全然ないから、銀製器具シルバーアイテムを選択して調理台の上に出現させた。



「随分と立派な鞄だが、これも?」


「レベルアップさせた後に付与される特典みたいです」



 この鞄、見た目はアタッシュケースくらいのサイズなんだけど……中身は収納棚と同じく、色んな銀製の道具が入っているのよね。


 今回は、鞄内の亜空間に手を入れて出したい道具をイメージしてから取り出す。


 少し燻加工を施した、銀製の食パン型。2斤サイズを二つ!



「この型の内側に、油を塗りましょう」



 ほんとはチャッカーみたいなスプレーが一番だけど、ないから手作業だ。


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