4-4.食べ過ぎ続出(レクター視点)








 *・*・*(レクター視点)







 チャロナちゃんの身の振り方が無事決まった事は、自分で提案しておきながらすっごく喜んでしまってたが。


 僕自身の本職、魔法医者としての仕事の方が、めちゃくちゃ増えてしまったのが困った事に……。



「気持ち悪い……」


「けど、後悔はないっ」


「でも、食い過ぎたぁ……」



 場所は食堂。


 そして、患者はこの屋敷に住み込みでいるほとんどの使用人達。


 しかも、メイドや執事バトラーをも含む男女問わずと来た。



「……まったく、理由は分からなくもないけど。皆さん食べ過ぎ・・・・です!」


『…………すみません〜……』



 僕が原因を言い切っても、皆揃って青白い血色のまま苦笑いするだけ。


 それだけ、口にした『食べ物』が美味し過ぎたせいもあるけれど。


 その原因そのものは、他でもない『チャロナちゃんのパン』。



(カイルもだけど、男だけじゃなく女性までも虜にしちゃったね……)



 かく言う僕自身も、その一人。試験の時にもだが、夕飯にも5個お代わりしてしまった。腹痛まではいかなかったものの、結構お腹いっぱい。


 シェトラスさんとエイマー先輩の料理ももちろん美味しいが、チャロナちゃんのパンはまさに革命的だった。


 その美味しさのあまりに、チャロナちゃんがたくさん作ってくれた『ふわふわバターロール』は、すべてなくなってしまったが。


 最後には、男女問わず、争奪戦と言う名のじゃんけん大会にまで発展しちゃったけれど。結果、目の前に今もある食べ過ぎによる腹痛の続出なのは面倒だ。


 仕方なく、僕以外にも無事だった看護担当の子達に頼んで、治癒魔法で軽く治したりしている。



「先生、こちらはだいぶ落ち着いて来ましたので」


「わかった。僕は、向こうに行ってくるから」



 若い子が一人そう言ってくれたんで、僕は遠慮なく食堂を後にした。


 使用人達も面倒だったけど、本当に面倒な人物が上の部屋で休んでいるからだ。


 いつもなら階段を使うが、色々と言いたい事がある相手なので魔法陣を使ってさっさと行く事に。


 チャロナちゃんの部屋と同じ階だから一度顔をのぞかせようかとも思ったが、彼女の明日からの仕事を考えてやめておくことにした。



(……下手すると、シェトラスさん以上に早いらしいからね)



 メイドも姉さん以外は全員下の食堂にいるし、すれ違う事はない。


 姉さんはどこにいるかと思いかけた時、目的の部屋の前でちょうど扉を閉めるところだった。



「あら、レクター。下は落ち着いた?」


「なんとかね?……カイルの方は?」


「今少しお湯を飲まれた程度よ。さすがに執務はされてないわ」


「…………それなら、まだいいけど」



 これで仕事もしてたら、試験の時以上に本気で殴るか魔法で抑えるか必要だったろうが。


 メイミー姉さんがここまで世話をしてくれてるのなら、穏便に行けそうだ。物理的に、なのは抜きにだけど。



「ふふ。チャロナちゃんのパンはすっごくすっごく美味しかったもの。明日からはずっと食べられるのが楽しみだわ」


「それは僕もだけど、ロティちゃんがついてても酷使は出来ないからね?」


「もちろんよ。ただ、今日みたいにならないように制限は設けないと」


「それについては、シェトラスさんにお願いしてあるから」


「そう。じゃあ、私はこれからチャロナちゃんの作業服仕上げてくるわ」


「それは、是非ともお願いするよ」



 可愛くないわけじゃないけれど、エイマー先輩のお古を着てた今日だと……正直可哀想なとこもあったからね。エイマー先輩の場合、特に胸元が、昔っから凄かったし。


 姉さんはあと数点僕に言伝をしてから、自分の持ち場に帰っていった。



「……さて」



 僕は僕で、姉さんとは違う大仕事が待っている。


 だけど、医者としてだけでなく個人的にも色々言いたいから、もうノックもせずに開け放った。



「カ・イ・ルぅ? 昼間も言ったよね?」



 中に入るなりそう言っても、すぐに返答はなし。


 代わりに、応接スペースのソファから何かが起き上がる影が見えた。



「…………うるさい。今、落ち着いたところだ」


「自業自得でしょ! 夕飯で一番食べ過ぎてたの君なんだからね!」



 採用者と、屋敷の主人である特権をフルに使い、バターロールを全部で15個も平らげてしまってた。



「…………美味過ぎた、からだ」


「……あのねぇ。僕らまだ22歳で食べ盛りではあっても、子供じゃないんだから!」



 冒険者を形としては引退して半年でも、僕より日頃鍛錬しているカイルの方がはるかに食べる。


 別に食べ過ぎは悪い事じゃないが、今日はやり過ぎだと注意するしかない。


 まして、この男は。



「あれだけパン嫌いだった・・・・・・・君が、食べられるようになったのは嬉しいけど。自重はしようね?」


「…………努力、はする」


「反省しても、また繰り返す気だね!」



 僕も実は苦手にしていたが、チャロナちゃんのパンを知るまでは正直腹を膨らませる程度でしかなかった。


 特に、カイルは市井しせいよりもマシなパンを食べて育ってきたが嫌いなものは嫌いで。余計に拍車がかかったのは冒険者になってから。


 チャロナちゃんも記憶が戻る前まで食べてたらしい、最高にマズいパンのせいで、この屋敷に戻ってきてからも一切口にしなくなったのだ。


 それが今日。【枯渇の悪食】以前はもとい、異世界の知識と異能ギフトをフル活用させて出来上がったパンをひと口食べてからこれだ。


 味に衝撃を受けたことはこちらもだが、いくらなんでも食べ過ぎに変わりない。



「…………それもだが、お前が来たのは別の事もあるのだろう?」



 若干青ざめてはいるが、話の切り替えのために無理に起きて僕にも向かい側に座るように言ってきた。


 それだけ動けるのなら、腹痛を抑える魔法は後にしようと思い、僕も大人しくそこに座る。



「…………試験直後に、魔法鳥が届いたよ」



 懐から取り出したのは、白い便箋。


 使者が直接届けるものではなく、魔法を介しての通達方法だからだ。


 本当は届いた直後に渡しても良かったが、カイル自身仕事が立て込んでたのと執事バトラー達が控えていたからだ。



「……まだ数日だが……思ったより遅かったな」



 差し出したのを受け取るなり、カイルは少しため息を吐いた。



あの方・・・を抑え込むのに、必死だったんじゃないかな?」


「あり得るな。あいつ自身もだが、チャロナの存在を知ってしまった今…………おい、これは」


「ん?」



 僕は事前に読んだ時に、相手からの要望以外特になかった気がするが。カイルが読んだ時に、何か仕掛けが開いたのだろうか?


 この伝達魔法の場合、差出人の技量次第で機密文書なども指定した相手に伝えられるからだ。



「…………今から、飛んでいくとあるが」


「え?」


「と言うか、もういるんだがな? あははは!」



 突如割り込んできた声に、僕達は部屋の中を見渡した。


 高らかに笑う男の声は、執務室の中央。机の上に堂々と腰掛けていた。



「しゅ、シュライゼン様!」



 シュライゼン様はチャロナちゃんに似た薄緑の長い髪を軽く梳き、机から降りてこちらに来ると、堂々とカイルの隣に腰掛けられた。



「にしても、カイル? 見つけるのが早かったじゃないか?」


「……偶然、だったがそれで解決していいものか」


「まあ、無理もないさ……この16年間、こちらが手を尽くしても君らが冒険者にわざわざなってくれても」



 そう、見つからなかった。


 そして、この国どころか国外でも遠方過ぎるホムラ皇国に匿われてた事も、微塵も知らなかった。


 あの頃は、僕らもまだ幼い子供だったために探しにいくことが出来なかったが……こうも簡単に見つかってしまうと、チャロナちゃんが来た初日は拍子抜けしまったものだ。



「……ほんとに、なんでカイルが見つけれたんでしょうねぇ?」


「そこは、まさしく『運命』かもしれないぞ? 偶発的な出来事は、すべて神からの導きと思えばいい! 俺が、今の地位にいることもなっ」


「シュラ……」



 シュライゼン様は、ただの貴族ではない。


 本来このように気さくに話せる地位ではないが、僕達ほとんど幼馴染みのような付き合いをさせてもらってるせいか、私用ではずっとこんな感じだ。


 そして、見た目に違わず運命的な事には殊更敏感な性質タチなのも何故か憎めない。



「さって、会わせてもらいたいとこだがもう寝てるのかな?」


「……こちらも色々忙しいのは知っているだろう? 彼女の起床時間は早い。明日の八つ時にでも来い」


「そうかい? では一度出直そう」



 通常の貴族よりも白く長い指を鳴らすと、風も起きずにシュライゼン様の姿が瞬時にかき消えた。


 冒険者でなくとも、魔法に特化した訓練を行えば出来る簡単な移動術だ。


 最も、チャロナちゃんが来る以前はほぼ毎日のように抜けてやって来るから、別段驚く事ではないけど。



「……慌ただしかったね?」


「無理もない、自分の妹君かもしれない相手のためなら」


「…………そうだね」



 チャロナちゃんにはまだ伝えられない。


 乳飲児の頃、本当はこの国から逃すのに、シュライゼン様を含む身内から引き離された事については。



(ひとつひとつ、紐解いていくしかない……よね?)



 それに、チャロナちゃん自身が転生者である事実も、シュライゼンがどう受け止めていたのか、あの様子ではわからなかった。

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