第16話 求めたものは

「つまらんのう」


 いつものこぢんまりとした部屋の中、エンマは口を尖らせ呟いた。

 ヂゴクトーナメントから早二週間が過ぎ、彼女は執務室でヂゴク送りになった死者たちの書類を眺める日々を繰り返している。


「日常なんてそんなものですよ。毎日毎日興味を惹かれるようなことがそうあるわけもない」


 そう言ったのは部屋の隅で椅子に座っているロクミョウだ。


「わしは小言を聞きたくはないのじゃが」

「私だってわざわざこんな所で監視じみたことをしたくはありませんよ。あの大会以後、エンマ様が無味乾燥な生活に嫌気がさして度々書類を読む手を止めてしまうので、仕方なくこうしているのです」


 ロクミョウのすげない返事に、エンマは大きなため息をついた。


「次のヂゴクトーナメントまであと一年か……。長いのう。とてもじゃないが待ちきれんのう」

「いまから楽しみに待てばいいではないですか。未来に楽しみが待っていればつまらない日々も我慢して過ごせるかもしれませんよ?」


 ロクミョウは気休めを言うが、当然エンマがそんな理屈に納得するわけもなく、


「そうじゃ! いっそヂゴクトーナメントを月に一度開催することにしよう! 一か月後であればわしもきっと我慢して仕事に勤しむことができるぞ!」


 突拍子もないことを言い出した。今度はロクミョウがため息をつく番だ。


「そんな安易に報酬を与えていい訳がないでしょう。彼らは現世での罪に対して獄刑を受ける立場です。本来は現世で一か月間自由に過ごせる権利などないのが当たり前なのですよ?」

「では優勝賞品なしでやろう。勝ち取れるのは名誉だけじゃ」

「そんなものに誰が参加するんですか……」

「甘いのう、ロクミョウ。この間の決勝戦の乱闘を貴様も見たじゃろ? 亡者の中には暴れたがりの馬鹿もたくさんおる。ストレス解消だけを目的に出場したがる者も大勢いるはずじゃ」


 エンマのその言葉に、ロクミョウは一瞬押し黙る。確かにそうかもしれないと思わせる説得力があった。


「しかし、優勝賞品がなくなり頻度も高くなれば全体的なレベルは下がるでしょうし、エンマ様が望むような面白い戦いが行われるかも怪しいものです」

「いや、そこは安心じゃろう」


 エンマはにやりと笑ってみせる。


「あやつにやらせれば、きっと面白い大会になるはずじゃ。わしはそう確信できる」


 名前を出さずともそれが誰を指すのかは明白だった。


「わしの目に狂いはなかった。やはり、あの変わり者を選んだのは正解じゃったわい」


 エンマは、満足げにそう言った。






「詰めが甘かったというほかないな」

「はーい、単なる実力不足だと思いまーす」

「コクエ殿が強ければ組み合わせに頭を悩ませることもないでござるからなあ」

「きみたちはなぜそうも辛辣なのか。私は少しばかり悲しいよまったく」


 三か月近く前に組み合わせ会議を行った小さな部屋に、その時と同じ三人が集まっていた。今回の召集理由はずばり反省会である。


「反省会なんだからそれでいいでしょ。あんたを慰める気なんてさらさらないし」

「右に同じでござるな」

「そういうのはもう『エン崇団』の団員たちとやったから私も別に求めていない」


 コクエはきっぱりとそう言った。ヂゴクトーナメントにて惜しくも優勝を逃したコクエはあれから約一週間すっかり塞ぎ込んでいたが、団員たちに励まされてどうにか通常の精神状態に回復できた。渇望していたものを掴みかけていたのにあと一歩が届かず無念の失敗。悔やんでも悔やみきれない思いを胸に、コクエは今日までを過ごしてきた。


「いま私たちが考えるべきは次だ。次こそ成功を収めるため、なにをすべきかが重要なのだ」


 コクエは鼻息荒くそう言ったが、ライとニンザブロウはそれで表情を変えることもない。


「次もやるつもりなの? エンマ様の副官にならなくてもコクエは十分キャラが濃いってば」

「同意でござるな。第十四ヂゴクの副官よりも『エンマ様崇拝団』の団長の方が肩書としてインパクトあるでござるし。あと、異様でもあるでござる」


 コクエの個性が欲しいという動機はニンザブロウもライから聞いていた。


「キャラだとかそういう話じゃあない! 私は、獄卒コクエらしさ、というものが欲しいのだ!」

「だからそれならあるってば」

「トーナメントに関する知識とかも十分個性でござるからなあ」


 うんうん、と当人を除き二人は頷き合っている。だが、コクエはそれに納得できない。


「もういい! そこは別にどうだろうと構わない。大事なのは次にどうするかだ。次の大会で優勝するためにはなにが必要か! これを語るべし!」

「えぇ~~~~……」


 早速ライが不満げな声を上げる。


「一年後の話でしょ? それにコクエがまた選ばれるの? もうエンマ様に選んでもらえないんじゃない? だったらこの話全部無駄だよね?」

「そういう都合の悪い部分には目を瞑るのだ! そういった条件がすべてクリアされたとして、その時のためにどうするのか! これが議題だな!」

「やれることといったら出場選手の情報収集でござろう。敵を知り己を知ればというやつでござるな。現状、出場しそうな亡者を広く調査する必要があるでござるが」

「地道だし成果はわかりにくいがそれが正攻法だろうな。私も亡者たちと交流するように努めてみるか。主に『エン崇団』の勧誘という手段で」

「嫌がらせかい」

「違うわ! 『エン崇団』の考えに賛同してくれる亡者であればきっと私に協力してくれるはずだ。他の亡者についての情報を得られるかもしれないし、仮に本人が大会に出場することになればトーナメント内に協力者を得られることになる」

「わざと負けてもらうこともできるでござるな」

「その通り!」

「八百長って……こすいなぁ」

「目的達成のためならなんだってしてやるさ! 私はこの悲願達成のためには鬼にでもなる!」

「いやいや、コクエ殿は初めから鬼でござるよ」

「ああそうだった」


 あっはっは、と二人仲よく笑い合う。


「こいつ、どんどんキャラが濃くなってる気が……」


 ライはジト目でコクエを見やる。元々『エン崇団』の勧誘活動でそこそこ亡者に有名だったコクエは、大会を経てさらにその知名度を高めた。それは過去もいまもどちらかといえば敵意を伴ったものであり、なおかつ獄卒の中でも格段の奇人であるという認識も付随している。


「私は地道な活動を続ける。ニンザブロウも戦い好きの亡者たちの情報を集めておいてくれ」

「承知でござる! 拙者も刑罰を受けて死んでいるよりその方が楽しいでざるからな!」

「大人しく刑罰を受けてなさいよそこは」

「小さなことに拘泥していても仕方がない。基本方針は決まった。あとはそれを実行に移すだけだ。ライ、きみは取りあえず好きなように絵を描いて過ごしてくれ」

「言われなくてもそうするけどね」

「さあやるぞニンザブロウ! 私は確固とした個を手に入れてみせる! このヂゴクにおいて並みでない獄卒になってみせるのだ!」


 そう言ってコクエは勢いよく立ち上がった。

 ヂゴクの空は今日も曇天。亡者たちの群れを、獄卒たちが殺していく。そんな風に、なにも代わり映えしない日々がただ単調に過ぎていく。だが、コクエはそこに甘んじない。納得のいく自分自身を手に入れるため、今日も今日とてもがいて足掻く。

 獄卒という存在の内で、ひたすら抗い続けるのである。

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ヂゴクトーナメント、手中にあり! 吉水ガリ @mizu0044

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