第15話 祭りの終わり

「やっぱりよわい」


 どれほどの時間が経っただろう。

 ドドンガが一人の亡者の首を爪で掻き切ったところで、フィールド内に立つ生存者は彼一人となった。死屍累々。改めてバリアの張られた観客席に座る亡者の数は試合開始前の四分の一ほどになっており、そこにいた亡者たちの死体がいまはフィールドを埋め尽くしていた。


『えー…………大混戦のためどのような試合運び、というか殴り合いがあったのかわたくしにもその全容はわかりませんが、いまそれが終わりを迎えたようであります!』

『やっと終わったの?』


 ニックは欠伸を噛み殺しながらそう言った。


『わたくしの超高性能眼で見てみても、いま現在フィールド内に立っているのは返り血を浴びて真っ赤になったドドンガ選手のみ! 同じく決勝戦まで勝ち残っていたコクエ選手の姿はどこにも見えません! この試合、乱闘を生き残り最後まで立っていた者が優勝ということですからつまり……』


 そこでギョウキは言葉を区切り、再度フィールド内にドドンガ以外に動くものがいないことを見てとって、


『決勝戦の勝者はドドンガせ――』


 そう宣言しようとした瞬間、地面に折り重なった亡者の死体の一つがむくりと起き上ったのを見た。死体の隠れ蓑からずるりと姿を現したのは金棒を構えたコクエだった。

 千載一遇のチャンス。コクエはこのタイミングを待っていた。乱闘のどさくさに紛れて死体の下に隠れ、最後の一人になる瞬間を待つ。残るのは絶対にドドンガだとわかっていた。神の子は亡者如きが束になって敵う相手ではない。そして、コクエが敵う相手でもない。ドドンガを倒せるとしたら、それは勝利を確信した瞬間の隙をついた不意打ちのみ。


 それが、唯一の勝利の可能性。


 コクエはドドンガの後ろ姿目掛けて駆けた。亡者たちの脚を、頭を、腹を踏み、息を止め音を消し、ドドンガを殺すという行為にのみ意識を集中させる。ドドンガの後ろ姿は視界の中でぐんぐん大きくなっていく。


 振り向く気配はなかった。構えも完全に解いている。


 これで終わらせる。目的は無事完遂。計画は紆余曲折を経たけども、終わりよければすべてよし。求めるところに帰結する。


 無防備な背中に、コクエは金棒を振り下ろす。


 だがそれよりも早く、下顎に強烈な衝撃を受けた。


「…………ッ!?」


 体の力が一瞬にして抜ける。


 膝が落ち、金棒が手から逃げる。世界はぐるりと回り、コクエは死体の上にどさりと倒れ込む。


 視界に映ったのは、ひょろりと長く、しかし確かな太さを持った真っ白な虎の尾だった。


「そんな武器……ありか…………?」


 振り返るドドンガ。その顔に、驚きの表情が浮かんでいるのは喜んでいいところだろうか。


 半ば自動的な、恐らくほんのわずかな殺気に反応しての尻尾による迎撃。コクエの不意打ちはそんなものによって失敗に終わったのだ。


 爪が甘かった。いや、決定的な実力の差のせいか。混濁し始めた意識の中、コクエはそんなことを思った。あと一歩が届かなかった。あと一歩の差が、コクエを凡百の獄卒たらしめる。


 ここで終わりだ。


『ヂゴクトーナメント優勝は、ドドンガ選手だぁぁぁ――――ッ!』


 ギョウキの声が会場に響き渡り、コクエの意識はそこで途切れた。

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