第9話 一回戦 第二試合

『――さて、獄卒の卑劣な試合が終わったところでそろそろ一回戦第二試合といきましょう! まずは一人目、暴虐の王ブロアン!』


 フィールドに姿を現したのは、腰に剣を帯び金が煌めくガウンを羽織った恰幅のいい男だった。無精ひげの目立つ浅黒い顔の上、その頭にはガウン同様に金色に輝く王冠が乗っている。


『大国の王でありながら戦闘狂! 歴史ある自国を筆頭に滅ぼした国は数知れず! 部下の兵はおらずとも精強なる精霊兵がついている彼の暴虐はこの大会でも発揮されるのでしょうか!?』


「派手にかませぇ――ッ!」「権力者は死ね!」「勝って次で獄卒を殺せ!」


『観客席からの声は多種多様なようですが、ニックくんはブロアン選手についてはどう思われますか?』

『僕の知ってる実力はあるけどバカな魔術師たちに似てる。ああいうのは下卑た人間だってお父さんが言ってた。精霊兵とかいうのは気になるけど』

『相変わらずの辛辣なコメントですが、まあ観客の皆さんと大体同じ感想でしょう。それでは、彼の対戦相手をご紹介しましょう! ――正義執行サイボーグクリスト!』


 ブロアンに続き現れたのは、白を基調にした軍服じみた制服に身を包んだ眼鏡をかけた長身の男。外見だけであれば公務員や学者のような生真面目さや知性を感じさせる。


『ヂゴクには珍しい――というほど絶対数が少なくもないですが――正義を冠する男が登場! 悪を許さぬサイボーグはこの悪人だらけの大会でいかに正義を執行してくれるのか?』


「サイボーグってなんだ?」「オレもわからん」「イケメンきた――ッ!」「ツラがいいやつは死ね!」「おまえでもいいから勝って次で獄卒を殺せ!」


『やはり客席からの声は多種多様ですが、ではニックくんのコメントの方は?』

『サイボーグがよくわかんないけど、要は木偶でしょ? 雑魚じゃん』

『やはり辛辣!』

『僕、千体の木偶を操る魔術師を五分で殺したことあるよ』

『そしてまさかの自慢! 自分が大会に出ていたらおまえらふたりとも一瞬で殺せるぞと言わんばかりのコメントでしたが、ニックくんにはここでふたりの激突を大人しく見ていてもらいましょう!』


 解説者に散々な言われ様をしたふたりは、フィールドの中央で向かい合う。


「正義、か。青い思想に固められた世間知らずの坊ちゃんに用はないが、その改造してある体というのは興味があるなあ。サイボーグなるものはわしの世界にはいなかったし、身体改造術の類もわしの国では手を出していなかったからな」


 ブロアンは薄ら笑いとともにそんな言葉を紡ぐ。対するクリストは、


「権力者は、どれもこれも似たような面構えをしていますね。不遜さと傲慢さが隠しきれず、そして明確な悪の顔です」


 眼鏡の奥から鋭い視線を飛ばす。


「悪ッ? 他者を悪と認定できるという貴様の方がよほど傲慢じゃないかあ?」


 くく、とブロアンは笑った。


「――悪と権力が嫌いなら、善なる弱者としてさっさと死ね」

「――悪はすべて滅する。現世に戻る前に、あなたを正義の名の下に殺しましょう」


『両者やる気十分! それでは早速参りましょう! ヂゴクトーナメント一回戦第二試合、暴虐の王ブロアン対正義執行サイボーグクリスト――試合開始!』


「死になぁ! 坊ちゃん!」


 ブロアンは頭上に両手を掲げ大きく打ち鳴らした。音にエコーがかかり、会場中にわんわんと響く。続いて発生したのは、鬨の声だった。


「来い、精霊兵たちよ!」


 ブロアンの背後、その空中に滲みだすように兵士たちの姿が浮かび上がる。十人、二十人、五十人、百人と、青白く半透明の姿をした兵士たちは手に剣と盾を持ち、王の背後にまるで壁のように出現する。


『いきなり来たぁ――ッ! これぞ精霊兵! 歴代の王たちが契約をしたという精霊たちは、このヂゴクでも王の敵を殲滅するため召喚されたぁ!』


「あらゆる国を滅ぼしたこの兵士たちを相手に、貴様はどう戦うんだぁ? その武装を見せてみろ青二才が!」


 空中に出現した二百人足らずの精霊兵たちは剣と盾を構え、一斉にクリスト目掛け突撃した。


「権力者はみな同じ。他者を自らの手足のように扱い、そして捨てるのです」


 クリストは両腕を前方に突き出し、両の手の平を精霊兵たちへ向ける。手のひらの下端に、音を立てて真っ黒な穴が開いた。


「――当方への明確な殺意を認定。対象の殲滅を開始します」


 二つの穴から、レーザービームが放たれる。

 光線は迫りくる精霊兵たちを貫き、一瞬で数十体を消し去った。クリストが両手を左右に動かせば、漂う煙を腕で払いでもするようにレーザーが精霊兵を霧散させる。


『こちらも開幕早々サイボーグの武器が炸裂ぅ! ブロアン選手の背後に並んでいた精霊兵たちが瞬く間に消滅したぁ!』


 精霊兵たちの半数以上が消え去り、ブロアンの目は驚愕で大きく見開かれた。しかしその口は、大きな弧を描いている。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ青二才! いい武器じゃないか! 死んで現世を離れかれこれどれぐらい経ったか、こんなにも心躍るのは初めてだ!」


 なかば叫ぶような声とともに、再び手を打ち鳴らす。


「どんどんいくぞぉ!」


 ブロアンの呼びかけに応じ、精霊兵たちが再度出現する。ゆらゆらと陽炎のように現れた彼らは物を言わず陣も組まず、ただ目の前の敵目掛け空中を滑空するように突き進む。


 総数は追加含めて三百。


「これだけでは足りませんね」


 クリストは両手のレーザーの出力を止め、その手で制服の上衣をはだけた。細身ではあるものの筋肉で締まった上半身には、人工的な輝きを放つ機械部位が点在している。クリストはその手を胸板に沿え、そして、左右にがばりと開いた。


「――対象の増援を確認。第三武装、起動します」


 人の肌をしていた胸の内部は完全な機械で埋め尽くされ、両手のそれよりも一回り大きな穴が四つ開いている。クリストは両手を水平に広げ、眼前の精霊兵たちをまっすぐに見た。


「殲滅」


 一斉に、レーザービームが放たれる。四つの照射部から伸びるそれは極太のレーザーを形作り精霊兵たちをかき消した。水が一瞬で蒸発するような音を立て、精霊兵たちは次々に消えてなくなる。

 さらに二百人ほどの精霊兵を屠ったところでレーザーは唐突に収束し、消えた。

 同時に、観客たちが声を上げる。サイボーグの圧倒的な高威力を持つ武装に対し、驚きと称賛の声が上がったのだ。そしてその声には、ブロアンのものも含まれていた。


「面白い! もっとだ! すべてを見せろ青二才! わしも全力で貴様を滅ぼしてやろう!」


 そう叫んだ彼の顔には、依然として笑みがあった。

 クリストはそれに返事をすることもなく、静かに両手を上下に振った。腕からブレードが飛び出し、袖を斬り裂き手の先へと刃先が伸びる。


「――出力要調整。接近戦へ移行します」


 そして、精霊兵たちの群れへとその身を躍らせた。川を流れる木の葉のようにゆるりとした、そして不規則さをもった動きで兵たちの間を抜け、その首を刎ねていく。急所を捉えられた精霊兵たちは生身の人間同様にその一撃で力尽きた。


「まだまだぁ――ッ!」


 ブロアンが両手を打つ。出現した精霊兵、総数六百。


「総力戦だ!」


 王の頭上にずらりと並んだ精霊兵たちは、刃を持った木の葉を押しつぶさんと津波のような圧を持って襲いかかる。


『ブロアン選手、精霊兵を全員召喚したようです! 一対数百という圧倒的戦力差! 人海戦術とすらいえない純粋な数の暴力! 対するクリスト選手、これにどう対抗するのか!?』


「一度にこれだけの数というのは、初めてかもしれませんね」


 クリストは大きく膝を曲げ、跳んだ。上空へと。観客が、ブロアンが、精霊兵たちが見上げるような空へと、一度の跳躍で。


「――第三武装、照射準備完了」


 クリストは王を見下ろす。顔に笑みを浮かべて作戦もなしに兵を突撃させるだけの無能な戦闘狂を、見下ろす。


「あなたは最後だ」


 胸の四つ穴から再度レーザービームが放たれる。天から降り注ぐ光の束は、容赦なく精霊兵たちを穿つ。

 照射が終われば、クリストは焼け焦げた大地へと舞い降りる。兵士たちは三分の一も減っていない。ブレードを構え、クリストは大地を蹴った。一対数百の乱戦が始まる。


「全力でいきます!」


『クリスト選手、レーザービームでの一掃からのまさかの正面突破! 真っ向から精霊兵たちへ向かって行くつもりです! これが彼の背負う正義というものなのか!?』


 刃を振り、手からレーザーを放ち、時に体術を用い敵を片付ける。


「血と脂が無縁で刃こぼれしないのもありがたいですが、やはり少々骨が折れますね」


 少し無理をしなければいけませんか、と呟き、クリストは再び空へ跳んだ。すぐさま傍にいた精霊兵たちが彼に縋るように空へ上がる。しかし追ってくる精霊兵たちの額をレーザービームが貫いた。クリストの靴の裏、踵の部分に穴が空き、微かな煙をたなびかせていた。


「これはそう何度も使いたくありませんが……」


 わらわらと向かってくる精霊兵たちへクリストは開胸部からレーザーを照射する。そしてまた、大地へ降りて接近戦へ。ひたすらに敵を斬り、穿ち、薙ぎ、刺す。手の平と踵からはレーザーが飛び、疲れ知らずのサイボーグは圧倒的な人数差を着々と縮めていった。

 それは、ブロアンの笑みを消すほどに確実に進行していったのである。


「……こんなもん、いち戦闘員の持っていい力じゃねえだろう」


 自分の手足となる兵の数が百余りになったところで、ブロアンは唸るように言った。そう言っている間に、また精霊兵が消える。一人、五人、十人、瞬きをする間に犠牲は増える。頭上から仕掛けようが背後から仕掛けようが、クリストは的確な反応を返す。精霊兵たちの数という力で押し切るのは不可能だということをブロアンはすでに理解していた。


「わしがいくしかない」


 導かれる結論は単純で、決意は早い。死んで以来初めて、ブロアンは剣を抜いた。


「直々に殺してやろう殺戮人形!」


 吠え、大地を蹴る。


「やっと、来ましたか」


 よかった、と続く声は、ほとんど音になっていなかった。クリストの瞳は、ブロアンを射抜くように見る。


「もう終わりを迎えましょう」

 足元で、土煙が舞った。同時に、サイボーグは王の眼前に立ち塞がる。数メートルの距離を縮めるのは、一瞬だった。


「――殲滅」


 振り下ろされたブレードが呆気にとられた顔の王に届くよりも早く、対象は精霊兵たちに押し退けられた。二体の精霊兵を葬り、クリストは数歩先の王を睨む。


「死をも厭わぬ従順な兵士というのは邪魔ですね」

「な、なんだいまのスピードは?」


 答える義務などない。そう言わんばかりに、クリストは再度土煙を上げて姿を消した。今度は王の背後だ。

 がら空きの首を刎ねる。だが、ブレードはすんでのところで剣によって遮られる。


「殺れ、精霊兵!」


 声を認識し理解するよりも早く、クリストの両脚に精霊兵の刃が届いていた。

 脚に走った痛みを合図にするように、クリストも動いた。


「――瞬発移動式、発動」


 三度目となる土煙。そして、


「――第三武装、緊急充填」


 斬り裂かれた両足で大地を踏みしめ、前方の精霊兵と王を視界に収める。舞い散る血を一瞥することもなく、両手を前へ。


「――照射」


 足を貫いた刃への返礼は、レーザービームだ。それですべてが終わる。

 クリストの思う通り、レーザーはすべてを貫いた。盾になろうとした精霊兵を、主君を退避させようとした精霊兵を、そしてクリストを睨みつけ剣を振り上げていた王を。光線は、無慈悲に彼らの命を奪い取った。


「――照射終了。対象の殲滅を確認」


 光は消え、フィールドに残ったのは体の半分以上を抉られたブロアンの亡骸と、両腕をだらりと下げて仁王立ちするクリストのみだった。


「――任務終了。少し無茶をしてしまいましたね。胸も両手足も熱を持ちすぎている」


 そう言って、クリストは血で濡れた足を引きずりながら歩き出した。


『ブロアン選手、死亡! よって一回戦第二試合は、正義執行サイボーグクリストの勝利です!』


 ギョウキの決着の言葉とともに、観客席から歓声と同時に拍手の音が鳴った。


『ブロアン選手が動いてからのまさかのスピード決着でしたが、クリスト選手の高速移動と圧倒的火力のレーザービームは脅威というほかありません! これはもう二回戦第一試合の勝敗は読めてしまったも同然ですが、みなさん期待してお待ちください!』






「あんなこと言われてるけど」

「ギョウキは盛り上げるのが仕事だからな。そんなことだって言う。仕方がないさ」

「わたしもギョウキに同感だけど」

「そう言うと思ったよ」


 試合前にも言われた既定路線な会話の流れに頷きながら、コクエは観覧席から控室内に戻るライを追うように視線を移す。


「あんたの思惑通りにサイボーグが二回戦に進んだけど、どう戦えばあれに勝てるっていうのよ? 会議の時もそこははっきり言ってなかったよね?」

「簡単なことだ。やつがサイボーグであるという一点。それがキモだな」


 コクエを顎で外を差し、


「いま見たように、クリストにはレーザービームという強力無比な武器がある。しかし高威力の攻撃というのは、得てしてなんらかの代償が必要であったりそのせいで連発できるものではなかったりすることが多い。前回大会のニック少年のようにエネルギー切れを起こしたりするものなのだ。魔術師でなくサイボーグのクリストの場合に起きるのは、オーバーヒートだ」


 機械を内蔵しているサイボーグが高い負荷のかかる行動を選択し続ければ、それが起こるのは当然だ。


「クリストの資料を読んだ限り、現世でも実際に三度オーバーヒートをしている。サイボーグになって一か月も経たぬうちに一回、その一年ほど後に一回、そして殺される直前に一回」

「その状態になったら、コクエでもサイボーグに勝てるってこと?」

「いまのブロアンとの試合を見るに、クリストは最後の局面で無理をしていた。ポーカーフェイスでわかりづらいがな。資料による情報ではあの胸のレーザーは日に何度も使えるような便利なものではないし高速移動も脚への負担が大きく連発できるものではない。観客の中にはクリストが余裕で勝てたように見えた者もいただろうが、あれは諸刃の剣によって得た勝利だ」

「じゃあ、二回戦はあんな感じの攻撃はできないの?」

「まったくできないとは言わないさ。しかしやつはそれに加えて両足を負傷した。一回戦のような大立ち回りは十中八区無理だ。私が有利であることには変わらない」


 そう説明すると、へぇ~、とライは呆けた声を上げた。


「それなら勝利確定じゃん」

「だからそう言っているだろ。あ、いや、確定というのはまだわからない。どんな展開になるかは神のみぞ知ることだからな」


 コクエの頭の中には一回戦でのニンザブロウの姿がよぎる。あそこまでの非常事態が発生するのならこれから先何が起きてもおかしくない気がしていた。


「あと、一つ懸念があるとすれば試合自体が地味になることぐらいだな。いまのあれを見た観客たちがろくにレーザーも撃たず刃も振るわないクリストの姿を見て落胆するのは目に見えている。相手に合わせて私が上手く戦いを盛り上げねばならないだろう」

「戦いを盛り上げるなんて器用なことコクエにはできないでしょ。そういうのは目茶苦茶実力があるとかなにか派手で面白い能力を持ってる人が言えることだよ」


 ライの厳しい指摘に、コクエは苦い顔をする。


「……それでもやれるだけやるということだ。ここは少しばかり盛り上がりを犠牲にしてでも勝利を手にする」


 現状、トーナメントは予定通りに進行している。コクエの読みはすべて当たっているのだ。不測の事態にさえ対処できれば、会議で述べた理屈通りにコクエの望む結果に至るはずだ。

 コクエは、ただそう信じている。

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