第6話 会議の終わり~獄卒絶対優勝計画~

 ――獄卒コクエ 対 侵略する舞闘家アイン。


 ――隠遁の魔術創造者ヘルセル 対 野生の豪腕ドドンガ。


 ――復讐の魔剣士ギガ 対 正義執行サイボーグクリスト。


 ――暴虐の王ブロアン 対 仙森の守護者虎王。


「一番初めまで戻ると……。まずコクエ殿とアイン殿の組み合わせでござるが、ここを変えてみるでござるか?」

「そこは変えようがないでしょ。だって勝てそうな相手はこの娘と野生児ぐらいだってコクエが自分で言ってたわけだし」


 魔剣士にサイボーグに魔術師に王に虎。ライの言う通り、残る五人が相手では勝ち目はないとコクエは判断した。そしてその判断はおそらく間違っていない。


「正統派の魔剣士殿やクリスト殿、圧倒的な暴力の王や虎は除外するとして、残る魔術師殿が相手ではどうでござるか? 他の者と違い魔術師殿の場合はその魔術を回避することができれば一方的な試合展開にはならぬでござる。相手は老衰でヂゴクにやってきたような年老いた肉体でござるし、初撃が雌雄転換魔術とわかっていれば、敢えてそれを受けたうえで反撃し一息で倒してしまうということも不可能ではなかろう。それに、コクエ殿が自分で服をはだければトップレスという利点も消えずに済むでござるし」

「そこにこだわるねーニンザブロウは」

「ニンザブロウの意見はよくわかった」


 二人がどんどん話を進めるので、コクエも気を取り直して話し合いに加わる。小さなミスでへこたれていてはいけない。無理難題に立ち向かうのだから、心折れている場合ではない。


「確実とは言えないものの、ヘルセルが相手であれば私が勝つ可能性もゼロではない。それは確かなようだ。だが、私の初戦の相手を変えたところで問題は変わらない。二回戦の相手が残る四人のうちの誰かであれば結果は同じことだ」

「それじゃあ踊り子ちゃんと野生児をぶつけて勝った方と戦えばいいじゃない? そのふたりのうちのどっちかなら勝てそうだって言ってたんだし、強豪四人は潰しあってもらって決勝で会うってことで」

「……そのふたりの試合に盛り上がりがあると思うか?」


 コクエの指摘にライは、えー、と不満げな声を漏らす。


「最初に言っただろう。単純に強者と弱者を固めるのは悪手だ。ある出場者が負けることで観客に勿体ないと思わせてしまうのであれば、それを納得できるだけの面白さをすべての試合で見せなければならない」


 コクエの見立てでは、アインとドドンガの試合ではそれほどの面白さは得られない。そもそもコクエ自身が出場者の中では下から数えた方が早い実力だし、ヘルセルにしてもその経歴や能力を知らぬ者からすれば雑魚扱いされてもおかしくない。つまり、ライの言う組み合わせを実現すると強者と弱者が完全に二分された形になってしまうのだ。

 同じ理由で、コクエの初戦の相手がアイン、二回戦がヘルセルという組み合わせもまずい。つまりコクエの二回戦の相手は残る四人のうちの誰かでないといけない。


「私の優勝に不可欠なのは、私の二回戦の相手なり決勝戦の相手なりがそれまでの試合で消耗することだ。私が楽に勝ち上がり私以外の者は傷つき疲労し満身創痍で私の前に立ちはだかる。それが理想だ」

「理想はわかるけど、それが現実にできたら苦労はないよね」


 ライは欠伸をしながらそう言った。面倒さを感じ取って急速に飽き始めている。

 ライの言葉は正論だが、そんな無理難題をクリアしてみせるとエンマの前で啖呵を切ったのがコクエだ。どんな苦労をしようと成し遂げてみせるという意志は――先ほど落ち込んだりもしたが――すでにある。


「私の相手はやはりアインで決定だ。彼女は他の出場者と当ったところであっさり負けてしまう可能性が高いからな。この大会においての価値は実力のみ。実力で劣りなんの見せ場も作れずに退場されては私にとってメリットがなさすぎる。あとは残りの面子だが……」


 コクエは改めて机の上の資料に目をやる。魔剣士にサイボーグに虎。ここは純粋に強い。そして、王。これは強く、そしてニンザブロウが評したように厄介である。


「暴虐の王ブロアン、まさにダークホースだな」

「ダークホースって、あんたがちゃんと資料読んでなかっただけでしょ」

「まさかこんな圧倒的な攻撃力を持った能力があるとは。見た目も派手だしさぞやエンマ様も喜ぶことだろう」

「となると、例えば能力発動前に魔術師殿に行動不能になる類の魔術をかけられてあっさり退場してしまうという展開とかは避けたいところでござるか? 圧倒的な強者が見た目弱そうな真の強者相手に一瞬で倒されるというのもそれはそれでありだと思うのでござるが」

「それはありだ。世間的にもあるあるだと言ってもいいかもしれない。だが、派手で威力の高い能力が日の目を見ずに終わるというのは観客たちから反感を買う可能性も高い。どうせならその能力を使ったうえで、それを真正面からでも搦め手を使ってでもいいから打ち破るのが理想だな」


 そう言って、コクエはギガたち三人の資料を改めて読み返す。千人の兵士を使役するブロアンと戦うのに最もふさわしい相手は誰か。まず虎王の資料はすぐに読み終え、机の端に退けた。虎王は単純に情報が少ない。当人が喋ることができないので基本的にエンマ側から寄越された情報しか手元にないのだ。そのほとんどは生前の経歴や森の守護者としての役割に関してであり、戦闘面については特に記述もなく特別な能力や禁能はないということしかわからない。

 残る二人は、どちらもブロアンに対抗することはできるだろうとコクエは判断する。魔剣士ギガは剣術に加えて魔力を放って攻撃を行うことができる。近距離から遠距離まで射程を選ばぬ戦闘スタイルで多数の敵を相手取るのもお手の物だろう。そしてそれはサイボーグクリストも同じだ。クリストはその体に小型のものではあるが刃物や銃器、爆弾などを装備しており、おまけに胸部にはレーザー兵器まで搭載されているとある。


「ギガとクリストならブロアンと互角の勝負ができるかもしれない」

「それじゃあどっちかが王様と戦ってもう一方が虎と戦うってことか。結構簡単な二択になったね」

「ライ殿、これはそんな楽な問題ではないでござるよ」


 能天気なライに、ニンザブロウは険しい顔をして言う。


「虎と戦った方は、トーナメント戦のお約束に従うのならおそらくほぼ無傷といっていい状態で二回戦に上がるでござる。つまり、その者には二回戦でコクエ殿ではなく魔術師殿とあたって力を消耗してもらう必要があるでござるよ。よって、コクエ殿の二回戦の相手はこの王か王を倒した者になるでござる」

「それで?」

「どちらせによ、私は勝てるのだろうか」

「それが問題でござるな」


 うーん、とふたりが同時に唸った。その光景を見て、ライはため息をつく。


「優勝するとか息巻いてたんだから思い切って強い相手にぶつかればいいじゃん。敵の情報も一方的に持ってるんだし、いまから精一杯努力してちょっとでも強くなって倒してやろうと頑張れば意外といけるかもしれないんだしさ」


 勝てない勝てないと嘆くよりも勝てるように自身を鍛えろというライの批判。それを受けたコクエもまた、ため息を返した。


「いまさらバカなことを言うな、ライ。私とて今回のような大抜擢を想定してこれまでの間に肉体、知識、技術を養ってきた。その結果が現状の私だ。あと二週間程度なにをどう頑張ったところでこの化物連中に通用するような力が手に入るはずがない。私が勝つにはそうなるような組み合わせを考えるしかないのだ」

「それ、成長率低すぎない?」

「獄卒というのがきっとそういうものなのだ。私が絵を描く練習をしてもきみのようにはなれないだろうし、きみが体を鍛えても私にすら届かないだろう。獄卒の能力というのは誕生した時の才能であらかた決まる。それに私たち獄卒は実戦経験に乏しく、普段相手をするのは枷を嵌めた亡者のみ。雑魚を倒しても得られる経験はほとんどないさ」

「それに出場者の強者グループは保持している能力自体が強いでござるからな。魔剣しかり機械の体しかり精霊兵しかり。ちょっとやそっと鍛えた肉体では太刀打ちできぬ。拙者とて現世ではそれなりの手練れで通っていたけれど、彼らの相手をするとなると少し荷が重いでござる」

「そこはまあ……異論はないけどさ」


 魔力を放出する魔剣にせよビーム兵器にせよ千人の兵士にせよ、それだけでまず規格外だ。ライもその点は十分に理解できていた。


「だけど誰かと戦わないといけないのは事実だよね? 嫌でも逃げるわけにはいかないんだから覚悟を決めなきゃ」

「そう口酸っぱく言われなくてもわかっているさ」


 誰かと戦う覚悟をしなければならない。それは絶対に避けられないことだ。

 相手は誰か。王という選択肢はコクエになかった。彼と戦えば確実に負ける。なんらかの理由で精霊兵を出せなくなるならともかく、そうでないなら負ける。やはり相手はギガがクリストである。どちらが王を仕留め、そしてコクエに敗れるのか。

 コクエはふたりの資料を繰り返し捲る。そこに書かれた文字に目を走らせ、なにかしら選択の根拠になる情報を見つけ出そうとする。ほんの少しのものでもいい。自分が勝つ理由がそこにあればいいのだ。

 コクエはふたりとの戦いを脳内でシミュレートしながら紙を捲り続け、そして、


「――決まった」


 見つけた。同時に、コクエの頭の中に今回のヂゴクトーナメントの対戦表が組み上がっていく。悩ましいピースが嵌まってしまえば、あとは自動的にパズルは完成する。


「私の二回戦の対戦相手は決まった。そして、これでトーナメントの全組み合わせが決まる」

「とうとう覚悟決めたの?」

「コクエ殿、ちゃんと勝てる見込みはあるでござるか? 確率は如何ほどで?」

「確率なんてわからんさ。しかしブロアンとクリストの戦いが想定通りに進めば私は決勝まで上がることができるだろう。私の二回戦の相手はクリストになるはずだ」

「王の相手、そしてコクエ殿の相手になるのは魔剣士ではなくサイボーグでござるか。拙者からはどちらがいいとも言えぬから助言しようもないでござるが」


 そこでニンザブロウははっとした顔になる。


「まさかコクエ殿、クリスト殿のあの記述を読んで……?」

「私は賭ける。ブロアンとクリストの戦いが激化すれば、そしてその末にクリストが勝利すれば私は二回戦で彼に勝てる」

「こ、これはだいぶ分の悪い賭けでは? 下手をすれば偶然に頼るだけという気も……」

「なになに、なんの話?」


 情報収集をした当人ということもありすでにコクエの考えを察した様子のニンザブロウに対し、ライはふたりの頭の中にあるであろう根拠がわからない。


「偶然だろうがなんだろうが、それが起きれば私の勝率は跳ね上がる。そこに賭けるのが魔剣士ギガとまともにぶつかるよりもマシだと判断したまでだ。正義感溢れるクリストに対し他国に攻め入り果ては己の国まで滅亡に追いやってしまった正義とは程遠いブロアンなら、対立の構図としても悪くない。ブロアンとクリストの組み合わせは決定。これにより、自動的に魔剣士ギガと虎王の組み合わせも決定だ」


 そう言ってコクエは机上の資料をふたり一組に分けた。


「自動的に決まったここも、偶然だが本命と噛ませの対決になった。ありがちではあるが巨大な虎を一刀の元に斬り捨てる美青年剣士は絵になるし盛り上がるのも確実だろう。二回戦はギガとヘルセルがぶつかり、これは見どころとしては雌雄転換魔法による美女剣士だとか仇敵の幻影に苦しむ正統派魔剣士対狡猾な老魔術師という構図があげられる。結果は、障魔術に苦しめられたギガが傷つきながらもどうにか勝ち上がるでもいいし、ヘルセルが相手を翻弄し悠々と勝ち上がってきてもいい」


「それ、おじいさんにコクエは勝てるの? 決勝まで来たらいい加減その性別逆転の魔術にこだわることもなさそうだし、いろんな魔術を使われたらコクエじゃ勝てないんじゃない?」

「ヘルセルの魔術をすべて回避するのは私の実力では無理だろう。それはライの考える通りだ。しかし、ヘルセルが決勝までにその身に傷を負わなくとも彼は確実に体力を消耗しているはずだ。なにせ彼は老人だからな。命を懸けた真剣勝負を二回もやって万全の体力が維持できるわけもない」

「魔術師殿は特に体を鍛えているわけでもござらぬからな」

「だからトーナメント全体の組み合わせ、その順序も自然と決定することになる」


 コクエはふたり一組に分けた資料を机の上で並び替えた。


 ――第一試合 獄卒コクエ 対 侵略する舞闘家アイン。


 ――第二試合 暴虐の王ブロアン 対 正義執行サイボーグクリスト。


 ――第三試合 隠遁の魔術創造者ヘルセル 対 野生の豪腕ドドンガ。


 ――第四試合 復讐の魔剣士ギガ 対 仙森の守護者虎王。


「試合が終わってから次の試合が始まるまでのいわゆる休憩時間を考えて、私は一番多く休めることになる第一試合で出る」

「せこッ……」

「第二試合はブロアンとクリストだがおそらくこの試合が一回戦において、いや、この大会において一番派手な試合になるだろう。私もアインとの戦いはできるだけ一進一退の攻防を演出するつもりだが、ここで一気に観客たちのボルテージが上がるはずだ」

「その次は魔術師殿たちでござるか。二試合目と比べれば地味な試合になりそうでござるな」

「だからこそ、雌雄転換魔術でまったく別のインパクトを観客に与える。第一試合と第三試合は見かけ上弱いグループになるから、ここで戦いのレベルの高さ以外で盛り上がりポイントを作っておこうという計算だ。そうすれば観客たちの中にしょっぱい試合を見せられたという不満が生まれてもそれが多少薄まることが期待できる」

「いろいろ考えるねえ。盛り上がりの内容がエロでしかないけど」


 ライの口調は感心したようでもあり呆れたようでもある。後者の方が色合いはだいぶ強い。


「第四試合は予想通りにギガが虎を一撃で仕留めてくれてもいいし、いい勝負をしたうえで勝ってくれてもいい。決勝で私があたった時の勝率を考えれば後者の方がありがたいが、一回戦でも二回戦でも相手を圧倒する強さを持った者が決勝まで上がってきて獄卒を打ち倒すという展開も、それはそれで観客たちの期待を煽ってくれるという意味でありがたい」

「なるほど。話を聞くうち、これがコクエ殿が目的を果たすために最適の組み合わせという気がしてきたでござる。決して優勝は夢物語ではござらんな」

「もうこれで決定なの? 最終版?」

「そのつもりだが、なにか意見があるなら聞こう。見落としがあったら困るからな」


 コクエの問いかけに対し、ライは机に並ぶ資料をじーっと眺めるが、


「ないね。いままで話を聞いててもポジションとかトーナメント戦のあるあるとかよくわかんないし。コクエが勝てると思ったんだから勝てるでしょ」


 そう言ってまた欠伸を一つ。完全に飽きている。


「では、今回のヂゴクトーナメントの組み合わせはこれで決定だ。ライ、ニンザブロウ、ふたりとも協力に感謝する」

「なんのなんのでござる。拙者もヂゴクに来て暇で暇で。情報収集は鈍った体を動かすいい機会でござったし、こうして対戦表をあれこれ考えるのも新鮮で面白かったでござる」

「それじゃあもう帰ろっか。これにて会議は終了。はい、お疲れ様でした」


 一人深々と頭を下げるライに、


「待て。きみにはまだ仕事が残っている」


 コクエは資料を片付けながら言う。


「きみにはヂゴクトーナメント開催のチラシを描いてもらわなければならない。内容としては、一回戦で戦う者同士をペアとしてそのふたりを全身像で大きく、残る六人は顔だけを小さく載せる形で計四種類描いてくれ」

「四種類って……ちょっと待ってよコクエ。この大会のチラシはそんな何種類も書いたりしないものなんだけど」


 例年のチラシは開催日時の記載があり、あとはトーナメント表と八名の出場選手の顔が描かれただけのシンプルなものである。


「それじゃあ駄目だから四種類描いてくれと言っている。あんな小さな顔じゃすでに顔見知りのやつじゃなきゃあ出場者がどんな人物なのか情報がなさすぎる。生前の姿を生前の表情と服装で描き、さらにこの各人のキャッチコピー兼二つ名的なものを添えることで興味を惹くことができるんじゃないか」

「確かにいつものあれでは寂しいし情報量ほぼゼロでござるからな。あれなら人相書きの方が幾分マシというものでござる」


 ニンザブロウも歯に衣着せぬ酷評である。コクエだけでなくライに対しても意外と手厳しい。


「だってあれで依頼されるからしょうがないじゃん。勝手にあれこれ書く方が変だし、私も別に書きたくないし」


 ライは口をへの字に曲げて抗弁する。


「だったら、今回は私がこう依頼しているんだからその依頼通りに書いてくれ。大体いままでの方がおかしいのだ。ここ数回のようなニンザブロウが言うところの人相書き以下のチラシなら、カメラで亡者の顔を取って並べても大差ない。きみが絵で表現する必要性がないじゃないか。きみも不満に思ったことはないのか?」

「えー? だって描いたところでみんな見てくれるかもわからないしさぁ。大会に興味がある人なんて誰かと誰かの殺し合いが見れるならいいだけでしょ? チラシの出来なんて気にしないもんじゃないの?」

「もの凄い暴言出たでござるな」

「そういうやつもいるにはいるが少数派だ。人間というのは基本的に世界に物語を見い出したがる傾向がある。私がこれまで語っていた試合での盛り上がりとか構図についてもそうだ。野生対文明だとか正統対異端だとか因縁や信条、そういったものが関係してくるのが面白いと感じる。そしてそれらの面白さを享受するには出場者たちに関する情報が必要になる。知りもしない赤の他人同士が戦うよりも、自分が一方的にせよ知っている者が戦う方が見ていて断然面白いからな。これに贔屓の出場者までできればもっと熱狂できる。大会を最大限盛り上げるには事前に出場者の情報を周知しておくことは必要不可欠だ。――もちろん、能力や戦法には隠し玉もまた必要だがな」


 驚きというのはわかりやすく興奮を生んでくれると、コクエはそう考えていた。


「そこまで言うなら描くけどさー」


 真面目に熱弁され、ライも渋々と了承する姿勢を見せる。


「全身を描くならアーカイブで生きてる時の姿をちゃんと見なきゃいけないし、結構面倒そうだよね」

「そこまでせずとも、配布された資料に載っているこの画像を参照すればいいのではござらんか?」

「チラシ半分のスペースを使ってわざわざ全身描くんだから、ここは手抜きをするところじゃないでしょ。あたしだってやるからにはやっつけ仕事なんてやだよ」


 表情こそ変わらないものの、ライの発言はこの会議が始まって以来初となる前向きさがあるものだった。


「絵描きのプライドというやつか」

「そうしないとなんか気がすまないってだけだよ。このチラシにプライド賭ける気なんてさらさらないもんね」

「どちらにせよ、私の要望通りのものを上げてくれるなら文句はないさ。ちなみに、私の絵はできる限り邪悪かつ底意地が悪そうなものにしてくれ」

「なんで? そんなことしても相手がビビってくれることはないと思うけど」

「そんなセコイ理由じゃあない。私は今回ヒールとして出場するんだ。獄卒代表として観客たちにヘイト感情を向けられた方が都合がいい。その方が試合展開的にも盛り上がるからな」

「コクエ殿はお世辞にも出場者の中では強い方とは言えぬし、観客の期待に反してどんどん勝ち上がることで感情を刺激できるでござる」


 贔屓がいるのと同様に、負けてほしい出場者がいることも観戦に熱が入る理由たり得る。


「実際の私よりも五割増ぐらいで邪悪にな」

「なるほどね。コクエは地味だし、それぐらい指定があった方が描きやすいっちゃ描きやすいね。他の出場者と違ってこれといった売りもないし特徴もない」

「売りがないとか言うな」

「失礼でござるよライ殿。コクエ殿は『エンマ様崇拝団』の団長。この肩書程わかりやすい売りもないでござろう」

「ある意味怖がられそうな肩書だね、それ。いや、避けられそうなだけか?」

「私の絵についてはもういい。あとはライが上手いこと仕上げてくれればそれでいいだろう。とにかく、組み合わせが決まり広報用のチラシもできれば、お膳立てはすっかり整う」


 ニンザブロウの諜報能力により情報を集め、ライの絵を描く能力で広報も万全。あとはコクエが試合に出て勝ち進むだけである。


「私はこれから大会の開催日まで、試合に勝つためにできる限りの準備をする。ニンザブロウ、引き続き協力してくれるか?」

「もちろんでござる。拙者、時間はいくらでも空いているでござるよ」

「ヂゴクの亡者の台詞とは思えないねニンザブロウ」

「私はこのチャンスを逃すことはない。『エンマ様崇拝団』団長として、私はヂゴクトーナメントで優勝してみせる! エンマ様に、いまだかつて見たことのない獄卒の優勝という偉業をお見せしてみせる!」


 そう言って、コクエはおもむろに立ち上がり、


「私は、一介の獄卒から成りあがってみせるぞ!」


 右手を高々と掲げた。


「その意気でござる!」

「頑張れ頑張れ」


 ニンザブロウとライが思い思いの反応を返す中、コクエは天井を真っ直ぐに見上げていた。

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