第5話 会議の半ば~そういうお約束~

「まず組み合わせを発表する前に、この大会において優勝候補は誰なのかという点を明らかにしておきたい。要は私が優勝を狙うにあたり立ち塞がる障害としてもっとも警戒すべき者だ。これはずばり、本命◎魔剣士ギガ、対抗○サイボーグクリスト、穴×魔術師ヘルセルだ!」

「その本命とか対抗ってなに?」

 開始早々、ライが手を上げて質問する。


「ごく一部の世界のギャンブルの分野で使われるものを援用した。そこでの使い方とは少々違っているが、本命が優勝候補筆頭、対抗がそれに次ぐ候補、穴は組み合わせ次第では十分優勝が狙えて本命を倒す可能性も高いという意味だ」

「なるほど。これはなかなかいい線をついていると思うでござる」


 ニンザブロウはふむふむと頷いているが、ライは同じようなリアクションをとれていない。


「意味は分かったけど、だとするとこれ、なんで虎は入ってないの? 虎とか体は大きいしめっちゃ強そうじゃん。本命になってる魔剣士くんとかあっさり喰われちゃんじゃない?」

「甘いな、ライ。虎王は確かに体も大きく、数えきれないほど多くの人間をその牙の餌食にしてきた凶暴な化物だ。だが、そんな獰猛な化物であろうとこいつがこのトーナメントの優勝候補になることはない」


 コクエははっきりとそう言い切った。なぜそこまで断言できるのか。ライが口にしようとしたその問いを、コクエはすぐに察し、先んじて答える。


「なぜなら、凶暴かつ巨体なんて特徴を持ったやつは“噛ませ”になるのが定番だからだ!」

「…………はぁ?」

「きみは知らないだろうが、それが世界の理だ。見るからに危険で体も大きく一般人では太刀打ちできないようなやつなんてものは、見た目は普通なのに隠された実力を持っている真の強者にやられる役と相場が決まっているのだ。しかもこれが人間ではない獣だとか化物の類だったら、これは完全に血飛沫を上げて派手に殺される展開間違いなし!」

「いや、そんな決まりはないでしょうよ」


 ライは冷静に否定する。占いをしているのでもあるまいし、外見的な特徴や性格面から勝敗が決してしまうことなどあるわけがない。戦闘というものに関して疎いライでもそれぐらいのことはわかる。

 しかし、


「そうとも言えんのでござるよ、ライ殿」


 そこで口を挟んだのはニンザブロウだ。


「拙者はコクエ殿から聞きかじった知識がほとんどでござるが、数多の書物やあらゆる世界での事例を見るに、そういった事実が存在するのは確かでござる。それが神の意志か世界の理か、因果は不明でござるが運命は確かに収束する。例外がないとは言えんが、コクエ殿の言っていることは概ね正しいでござるよ」

「そういうことだ。よくわかったか?」


 ライは、ふーん、とわかったようなわかっていないような返事をして、


「それじゃあ、この虎は負けるのが決まってるってことなんだからコクエの最初の相手にすればいいじゃん。それで一回戦突破は確実ってことでしょ?」

「違う! 全然理解できてないな、ライ!」

「なんで? だって勝てないんでしょ?」

「こういう噛ませ犬は隠れた実力者の引き立て役としてやられるんだ! そこが重要! 誰とあたってもただ負けるポジションだというわけじゃあない!」

「ライ殿、よく考えるでござる。コクエ殿が隠れた実力者に見えるでござるか? 残念ながらそんなものには程遠いでござるよ」

「私が戦ったら確実にやつの腹を満たして終わるだけだ!」


 コクエは胸を張って答えた。彼の想定ではそれは揺るぎない事実である。そして、ライにもその絵面は容易に想像ができた。


「わかったわかった。そういう細かい条件があるのね。うん、なんとなくはわかったわ」

「理解してくれたのならありがたい。ただ、いまのような疑問はどんどん指摘してくれていいからな。そうでないと会議の意味がない」


 ヒートアップしていた割にそこは努めて冷静にコクエが言う。


「では、気を取り直して組み合わせを発表していこう。まずは一番重要な私の初戦の相手からだ。――私と戦うのは、舞闘家アイン!」

「妥当だね」

「妥当でござるな」

「反応がだいぶ薄いな」

「だってあんたが勝てる相手はさっき言ってたふたりだけなんだから最初から二択じゃん」

「驚く方が無理でござるな」

「いちいちリアクションを求めているわけでもないから別にいいが、ではこれについてなにか意見はあるか?」

「マッチョマンから逃げたのは女の方が安全に勝てると思ったから?」

「ことさら悪意のある表現はしないでくれ。まず、舞闘家の方が確実に勝利できると思ったのは事実だ。彼女は暗殺を生業としていた身だし、相手に返り討ちに合って死んでいることからも真正面からの試合形式の戦いでは力を発揮しきれない可能性が高い」

「正々堂々の試合と暗殺とでは勝手が違うでござるからな」


 その道のプロであるニンザブロウが言うと説得力がある。


「そしてもう一つ重要なのは彼女の性別だ」

「あッ、エロいことする気だ! そうでしょ!? でしょ!?」

「こんな時だけ反応が素早いな、ライ。しかしそれで正解! 私は彼女にエロいことをするために初戦の相手に選んだのだ!」

「なんと卑劣な! 『エンマ様崇拝団』の団長の風上にも置けぬ所業でござる!」

「死ね! 死んでエンマ様に詫びろ、コクエ!」

「ここぞとばかりに暴言を吐くな! 私がそんなことをするのは己の性欲に従うからではない! これはあくまで、戦闘中にエロいハプニングを起こして観客どもを喜ばせようという作戦だ!」

「ハプニングぅ?」


 ライは眉をハの字に曲げて困惑。一方、ニンザブロウはポンと手を打った。


「戦闘中のエロいハプニングといえば、服が脱げてイヤーンなやつでござるか?」

「察しがいいなニンザブロウ。ずばりそれだ。はっきり言って私と彼女の組み合わせでは試合として盛り上がりに欠ける。もちろん私はできる限り一進一退の攻防を仕立てあげるつもりだが、それだけではやはり弱い。そこで一つインパクトのある盛り上がりを作ろうというわけだ」


 そこで、ライが異論を唱える。


「でも、この子の裸見たからってエンマ様は楽しくないんじゃない?」

「ここではエンマ様のことは遺憾ながら無視する。観客の亡者は例年男の方が多く、その男どもは彼女の裸体を見てヂゴクに落ちて以来一番の興奮を得ることだろう。なにせヂゴクの亡者たちは揃ってボロ布を着て薄汚れた身でいるからな。性欲の反応するポイントもない」


 単純に言えば極限まで飢えているということである。


「このハプニング自体は私が偶然起こしてしまったと思われようが意図して起こしたと思われようがどちらでも構わない。獄卒である私は観客たちからすればなにもしなくとも完全なヒール。相手が紅一点の可憐な女性選手ともなれば、私が卑劣な手段を使う悪漢である方が俄然盛り上がるとも考えられる」


 獄卒が出れば観客席から死ねだとか消えろだとかの暴言が浴びせかけられるのは例年のことである。ヒールはしっかりとヒールに徹するのが盛り上がりには必要なことである。


「彼女を下手に他のやつと戦わせてしまえばあっさりと負けることもあり得るからな。私は楽に初戦を突破できるし、彼女を盛り上がりの一要素に使うこともできる。これは妙案だろう」

「しかしコクエ殿、美女が獣に立ち向かう姿が見たいとか美女が麻痺した体をいたぶられるのが見たいという諸兄がいた場合、それらを蔑ろにすることになるのでは?」

「そんな趣味を持った連中はカバーできん。裸体で我慢しろ」


 ニンザブロウのよくわからない配慮は一蹴する。


「私の初戦はこれで行こうと思う。他に意見は?」


 ふたりとも首を横に振る。


「では、暫定だがこれは決定だな」


 ――獄卒コクエ 対 舞闘家アイン。


「では次だが……」


 コクエは資料を前に少し迷う素振りを見せた。コクエが発言するよりも先に、ニンザブロウが口を開く。


「拙者としては本命をどうするかが気になるでござるな。なにせ、コクエ殿が決勝まで勝ち上がるのと同様に優勝候補者が決勝までにどれだけ消耗するかというのが重要でござる」

「優勝候補ねえ。コクエは魔剣士くんがそれだって言ったけどそんなに強いのかな? ざっと見ると、このサイボーグとかの方が機械の体だし強そうだよ? 他の選手は魔術が栄えてるところが多いけど一人だけ科学技術が進歩してる世界の人だし、なんか特別感がある気がする」

「甘いな、ライ。むしろその一人だけ未来感があって特別なのがいけないのだ。それは主役のポジションではない」

「主役ってなにさ」


 ライにとってまたこの場に似つかわしくないであろう単語が出てきた。


「サイボーグのクリストがなぜこのヂゴクトーナメントへの出場を希望したのか、彼が現世でなにをしたいのかは私にはまったくもってわからないが、しかし私はこう推測する。彼はおそらく現世に戻り殺しきれなかった連中をその手で完璧に抹殺するか、もしくはただ自分が暮らしていた街の平和を守るか、どちらかを望んでいるのだと。そんな願いを持ち、なおかつ優勝候補レベルの戦闘能力を持つ彼のこの大会でのポジションは、志半ばで敗れてしまう無念の戦士だ。サイボーグだし、試合中の肝心な時に機械が誤作動を起こしてしまうこともあるかもしれない」

「だからポジションってなによ」

「だいたいそういう展開に収束するだろうという話だ。数多のトーナメント戦の記録が、こういった人物はそのような結果に至ることを示している。これは統計学的かつ確率論的な話でもある」


 そんな学問を本ですら学んだことのないコクエは強気の姿勢でそう言ってのけた。


「これに対して魔剣士ギガはまず容姿端麗でそのうえ悲運を背負った王子だ。これだけでもう主役らしさがある。剣士というスタンダードな感じも実にそれらしい」

「いわゆる正統派というやつでござるな」


 やはり頷くニンザブロウ。


「やっぱりあんたたちのその理屈はいまいちよくわかんないわ。わたしも完璧に理解しようとするのはもう諦めてるけど……」

「ではこの魔剣士殿の相手でござるが、まず考えられるのは対抗であるサイボーグのクリスト殿でござるか? このふたりがぶつかれば確実に消耗することが望めそうでござるが」

「でも強いやつ同士が最初にぶつかるのは駄目なんじゃなかったっけ? 勿体ないとかなんとか」

「そこが難しいところでござるな。それで両者ともに勝ち上がられてはコクエ殿の優勝が危うくなるやもしれぬでござる。勝ちを狙うなら盛り上がりを多少犠牲にしてでも潰しあってもらうという手もありでござろう」


 そこがコクエにとって難しいところだ。エンマからも再三言われたように、大会自体の盛り上がりとコクエの優勝の二つを両立させること。その塩梅が難しい。


「ふたりとも間違ってはいない。盛り上がりは大事だし、それと同じぐらい私が優勝するのも大事だ。どちらも果たさねば私のこの頑張りは無駄になるからな」

「それを踏まえて、コクエ殿の答えはどちらでござるか?」

「ここでは、いまライが言っていた考えに乗ることになるな」

「わたし!? 嘘ッ、またわけわかんないこと言ってふたりで頷き合うんじゃなかったの?」

「理由はきみが言ったこと以外にもあるが、魔剣士ギガの相手はクリストじゃあない」

「してその相手は?」

「魔術師ヘルセルだ」

「ここで穴でござるか。なるほどなるほど」


 ニンザブロウは魔術師の資料を見下ろしながら軽く頷きを繰り返す。


「穴って、確か本命を倒せるかもしれないし一応優勝候補の一人になるってやつだよね。ここで戦って魔剣士くんにダメージを与えてもらっておこうって算段?」

「ヘルセルの資料を見る限り彼の障魔術はかなり厄介な代物だ。効果の種類自体が多いうえに、効果の程度、持続時間、射程等の違いを含めれば攻め手の選択肢は無数にある。事前情報なしに戦えばいかな達人といえ苦戦を強いられることだろう」

「あわよくば魔剣士くんが初戦敗退ってパターンも狙えたり?」

「なくはない。魔剣士ギガは正統派だが、そうであるが故に搦め手を使うタイプに弱い……かもしれない。こういう場合は正統派で万能タイプだからこそ小細工なぞ効かないという展開もありえるが、そうであれ楽に勝てるということは絶対にないはずだ。それに、ヘルセルが魔術師であるというその事実がこの老人に優位に働く可能性もある」

「なんでさ? ゲームの世界じゃあるまいし、剣士と魔術師が戦うと魔術師にとって相性がいいからすべてのパラメータが上昇しますとかそういうことはないでしょ」


 そう言ったライに、もちろんそんな話はしていない、とコクエは答える。


「ギガは敵国の魔術師によって魔剣を強制的にその身に宿らされたという過去を持つ。そしてその復讐を行うために敵国に侵攻したものの、最終的には復讐を完遂することなくその魔術師の手によって命を落とした。彼にとって魔術師という存在は特別なものだというのはきみもわかるだろう。この大会においてヘルセルと対峙した彼が、目の前の老人と怨敵である魔術師の姿ダブらせる可能性も無きにしも非ずということだ」

「それだと恨みパワーで限界突破した実力が出ちゃうんじゃない?」

「そうかもしれないし、委縮したり逆に力が入り過ぎて空回りしたりするかもしれない。確実性はないが、優勝候補筆頭が破れる可能性があるのならそれに賭ける価値はある。これが、私が魔剣士ギガと魔術師ヘルセルをぶつける理由だ」


 そんなもんなんかねー、とライはさほど納得していないかつ関心のない様子で呟く。

 ライにとっては疑問は疑問のままであるが、だからといってこの推測に推測を重ねるような会議で自身の主張をどうにか通したいという思いもなかった。

 だから、


「そんじゃあこのふたりは決定だね」


 あっさりと話を進める。しかし、


「いや、それは少し早計でござろう」


 そこにニンザブロウが待ったをかけた。その顔は――目元しか見えないが――会議が始まって以来一番といっていいぐらいに真剣なものだった。


「コクエ殿、資料に目を通したのであればヘルセル殿のアレについても把握していると思うでござるが、そこはどう考えたのでござるか? 紅一点のアイン殿の破廉恥ハプニングを確実に押さえようとするコクエ殿がそこを見過ごすわけがござらんと思うが」


 アレ? と頭の上に疑問符を浮かべながら、ライは老魔術師の資料を探して机に手を伸ばした。ライがそこに書かれたアレなるものを確認するよりも先に、


「アレとは、ヘルセルが死の一年前に編み出した究極の障魔術のことだな?」


 コクエがそれを口にした。


「そういえばそんなこと言ってたね」


 言いながら、ライは目当ての資料を見つけてぺらぺらと紙を捲る。


「それっていったいどんな強力な魔術なの? もしかして魔剣士くんなんてあっさり倒せるぐらい強いとか? ――あッ、あったあった。禁能に設定されてるこの魔術のことだよね? 禁能ってことはやっぱり凄いんだ。えーっと、このおじいさんの究極の魔術は…………」


 そこで、ライは言葉を詰まらせた。自分の目に映ったその文字が理解できない、いや、理解は簡単にできるけども受け止められないことにより言葉を失ってしまったのだ。


「これが……………………究極?」

「そう。かの老魔術師が編み出した究極の魔術とは、雌雄転換魔術でござる!」


 ニンザブロウはぐっと拳を握り、ライが目にしているものと同じ単語を声高に言った。


「対象が男であれば女に、女であれば男に。肉体を変容させ性別を逆転させる恐ろしい魔術でござる!」

「……なんでそれが究極なのよ」


 ニンザブロウとは対照的に限界までトーンダウンしたライは冷静にツッコんだ。

 性別逆転の能力というのはライもその存在を知ってはいる。ヂゴクでは基本的に禁能に設定されるものであるため生でお目にかかったことはないが、現世の過去映像等で能力使用の場面を見たことはあった。ニンザブロウが言うように恐ろしい能力ではあるが、大概は持続時間も短く、数多くの魔術を編み出したという老魔術師の究極がそれであるというのは肩透かしもいいところだ。


「性別を変えても大した意味ないじゃん。驚きはあるし他人の体みたいで動きはぎこちなくなるかもしれないけど、誤差だよ誤差」


 戦闘に関する知識も経験もないので想像でしかないが、性別逆転の能力など戦いに役立てられそうにはないとライは思う。


「それは事実かもしれない。だが、この老人にとって重要なのはそこではないのだ。彼にとって究極というのはその魔術の効果ではなく、つまるところ自分以外の誰も使用することができないという点だ。攻撃魔術に憧れながらも才能がなく魔術師になる夢を諦めた者が抱いた、歪な欲望の表れ。雌雄転換魔術は少なくとも彼の死までの約一年間、彼以外の誰も使うことができなかった、彼だけの魔術なのだ」


 魔術と呼ばれるもののメカニズムは各世界によって様々でありコクエの知識の及ばぬ領域になるが、ヘルセルがそういった理屈で雌雄転換魔術を己の究極の障魔術と認めているのは確かである。これはニンザブロウの調査により裏も取れているのだ。


「魔術師殿は雌雄転換魔術のことになると妙に早口で熱の篭った喋りになると周囲の亡者たちも口を揃えて言っていたでござるからな」

「で、その魔術がどう問題になってくるの? 結論として強力でもなんでもないなら無視してよくない?」


 ライは手にしていた資料を机の上に雑に戻す。


「そんなわけがないだろう、ライ。この男だらけでむさくるしい大会でほんの一時とはいえ女性選手の姿が見られるのなら、観客が喜ばないわけがない。そしてどうせ見るなら美人がいいというのは至極当然。獣やおっさんが女体化しても誰も喜ばないだろうが」

「またその路線かい」


 先ほどから色気に話が向き過ぎではないだろうか、とライは思わずにいられない。


「対戦相手としては眼鏡をかけた知的美人になるであろうクリストもありだが、正統派の美形ということで魔剣士ギガでも問題はない。観客たちは美女剣士に歓声を上げることだろう」


 その光景を頭の中で想像し、目を瞑ってうんうんと自分で頷くコクエ。ニンザブロウの指摘箇所についてはコクエも織り込み済みだったのだ。

 だが、ニンザブロウは固い表情を崩さない。


「コクエ殿の考えはわかったでござる。しかし拙者、そのうえで魔術師殿にはもっと相応しい対戦相手がいるということをいま進言させてもらうでござる」

「なに……?」


 コクエは一瞬困惑した顔を見せ、その後、はっとする。


「まさかおまえ、私の女体化した姿が見――」

「拙者、雌雄転換魔術を使用する出場者がいると知ってから、情報収集を行っている間もずっと頭の片隅でその相手に誰が相応しいか考えていたでござる。そして導き出された結論は、対戦相手として相応しい出場者は野生児ドドンガ殿だということでござる!」


 その言葉に、コクエとライは揃って目を丸くした。


「ドドンガだと!? あんな無精髭マッチョを女体化してどうする!」

「それってニンザブロウの趣味?」


 珍しく一致しているふたりの反応を、ニンザブロウは片手を前に突きだし制す。


「驚くのも無理はないでござる。拙者もこの結論に辿りつくまでには苦労したものでござるからな。おっさんが熟れたエロい熟女になるのではないかとか、虎がケモノ耳をつけた人型少女になる奇跡が起きないかとか、老魔術師が魔術を失敗して自爆した結果なんやかんや一周回って幼い美少女になってしまったりしないかとかそんなわけのわからぬことまで考え、そうしてどうにかこうにか至った結論でござるからな」

「いろいろとヤバいなぁ、ニンザブロウ」

「おまえのよくわからない妄想はいいから、なぜドドンガを選んだのか理由を教えてくれ」

「簡単なことでござるよ。ここで注目すべきは顔だけでなく、出場者の服装。こう言えばもうわかるでござろう? ドドンガ殿は半裸でござる。つまりトップレス!」

「トップレス! ……だと?」

「おぉ~?」


 ライが戸惑いと感嘆の入り交じった声を上げた。


「よ、要は女体化した時に裸のままだということか。しかしやはり見た目もだいぶ大事だと思うのだが」

「そこも問題なしでござるよコクエ殿。この御仁、ただの厳ついマッチョに見えるでござるが、よーく見れば丸く大きな目が特徴的な童顔で、好みは別れるやもしれぬが整った顔立ちをしているでござる」


 ニンザブロウの言うことを確認しようと、ライはドドンガの資料に目を近づける。


「彫りが深いだけで意外と可愛い顔をしてると言えなくもない……って感じかな。うん」

「無精髭も女体化すればきっとなくなるでござる。世の性別逆転能力は無駄毛がきれいさっぱりなくなるのが定番だと、先日潜入したエンマ宮の資料庫で確認済みでござる」


 潜入。ニンザブロウはさらりと危ないことを口走った。


「それにこういうマッチョはグラマー美人に変わるのがあるあるでござろう」

「グラマー美人のトップレス、か」

「顔だけで言えば魔剣士殿には劣るやもしれぬし好みも別れる可能性はあるでござるが、露わになった胸を前にすれば観客の男どもは大歓声を上げること間違いなしでござるよ」

「なるほどな」


 コクエはそっと目を瞑り、その様子を想像する。脳裏には熱狂する観客たちの姿。


「それはいいな」

「にやけるなよ」


 ライの冷たい一言。


「この組み合わせ、コクエ殿も納得でござろう? 鎧で固めた美女よりも半裸のおなごが断然いいでござる」

「ほんの少しの間遠くから見るだけだからな。ニンザブロウの言う通り、観客たちにとってはその方がいい」


 コクエは目を開け、顎に手をあて考える。


「このドドンガについては、わかりやすく虎と戦わせて狩りを再現とかクリストと戦わせて文明対野生とかそういう売りで行こうかと思っていたが、これは予想外にいい組み合わせだな。身体能力に自信がある野生児を動きを止める魔術で手玉に取る老魔術師。ありだな」


 ふたりの戦いを脳内でシュミレーションしながら、コクエはそう判断を下す。


「おそらく勝つのは魔術師殿でござろうから、なんなら二回戦で魔剣士殿とぶつけるという展開もありでござる。これなら二度おいしく、しかもこれまでコクエ殿が言っていた魔剣士殿対魔術師殿をぶつけることのメリットも享受できる。一石二鳥の案でござる」

「ますますいいな。ライ、きみは意見はあるか?」

「特になーし」


 意見どころか興味もないライの素っ気ない言葉である。


「では、この組み合わせも決定だ」


 ――隠遁の魔術創造者ヘルセル 対 野生の豪腕ドドンガ。


「となると、魔剣士殿の相手はサイボーグのクリスト殿でござるか? 潰しあうという意味で」

「そうすると残る一組が暴虐の王ブロアンと仙森の守護者虎王という組み合わせになるな。おっさんが獣に喰われるという絵面をどれだけの観客が望むのか、という問題が発生するが……」

「あたしだったら見たくないけど」


 観客の亡者だってそうじゃない? とライは続ける。私腹を肥やして体までも肥えて脂ぎった権力者が獣の純粋な暴力性を前に為す術なく喰い殺されるという図は、一部の人間たちにとっては娯楽として機能するだろうが、毎日他人の死に様を目の前に突きつけられている状態のヂゴクの亡者たちが今更そんなものを楽しめるのかは甚だ疑問である。


「おまけにその組み合わせでいくと二回戦も問題だ。ギガとヘルセルがあたるとなると、王を喰った虎とあたるのは私。私が虎に勝てるかといえば……」

「観客の亡者たちはアホみたいに大喜びすると思うよ」


 嫌われものの獄卒が無残に虎に喰われてしまえば、きっと盛り上がること間違いなしである。


「これは困るな。ちょっと考え直す必要がある」


 そう言って全員分の資料に改めて手を伸ばそうとするコクエ。それに対し、


「コクエ殿、王と虎の組み合わせで虎が勝つと断定するのはこれまた早計でござる。王の資料をよく読むべきでござるよ」

「王……?」


 言われるまま、コクエはブロアンの資料を手に取った。


「その王、禁能持ちでござる」

「なにぃ!?」

「なんであんたが驚いてんのさ。ちゃんと目を通したんじゃないの?」

「いや、こういう見た目のよろしくないおっさんタイプの権力者は、自信しかない状態で出てきたくせに無様に殺されてあっさりと退場するのが関の山だと思ってぱらぱらとしか読んでいなかったんだ」

「いや、ちゃんと読めよ」


 端的かつ的確なコメントである。


「その禁能が極めて厄介。拙者としてはこの王が優勝候補に入っていてもおかしくないとさえ考えているでござる」

「そこまでか?」


 驚きながらも資料を捲る手は止めず、コクエはすぐに目当ての記述に行き当たった。


「ブロアンの禁能は――精霊兵召喚。かの王国では建国時より国王が土地の精霊との契約を行っており、歴代国王はその精霊たちを召喚、使役する能力を持っている。人間の兵士とは別に精霊兵を率いて王自らが戦場に赴くのが彼らの戦い方であり、歴代国王が契約を重ねてきた精霊の数は千にものぼる。…………って、千だとッ!?」


 コクエの声はひっくり返った。


「しかもでござる、精霊兵は人間の兵士と同じ姿形をしているものの、その足は大地を蹴ることはなく空中を自在に浮遊。物理的な攻撃により一時的に消滅させることはできるものの、一晩も経てば復活するらしいでござる。試合中に復活するなんてことはないでござろうが、そうであっても自由自在に空を飛びまわる兵士が千人も同時に襲いかかってくれば多少腕っぷしに自信がある者でも瞬殺でござるよ」

「千人って、ヂゴクでも結構な大暴れができちゃいそうな規模じゃん。そりゃ禁能になるわ」

「魔術師殿の禁能と比べればその厄介さの度合い、というか方向性がまったく別でござる。この王の能力は純粋な脅威。出場者の中でもトップクラスでござろう」

「こんな化物がいたとは……」


 コクエは唸るように言った。


「これなら虎なんぞあっという間に細切れだな。野生の獰猛な肉食獣を前に、単身では脆弱な人間が精霊兵という人海戦術で圧倒する。これはこれでなかなか魅力的な構図だが」

「この王が相手となると、コクエ殿には万に一つも勝ち目はないでござるよ?」


 それはコクエ自身もわかっている明確な答えだった。


「王様でも虎でも相手にしたら負けってことね。それなら組み合わせを検討し直さないといけないってことか。弱いってつらいねー」

「そういうことでござる。試合自体の盛り上がりはともかくとして、コクエ殿の優勝はこの組み合わせでは実現不可能。それは確実でござろうな」

「うぅッ! ……私の考えた案は穴だらけだったということか!」


 ニンザブロウの無情な宣告を受け、コクエは頭を抱える。


「気落ちしても時間を無駄に消費するだけでござる。再検討が必要ならそうするだけのこと。問題はどこまで遡って考え直すかでござろう」

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