第39話 寒いときは無理はするな

 騒動もなく日々は過ぎておりそろそろ雪が降る季節となっている。


 そして少しだけ雪が降り村の子供たちが騒いでいる頃。


 ティオ達大魔導師一家は何事もなく平和に過ごしていた。


 ただし何事もないからと言って問題がないわけではない。


「……はぁ…」


 この一家の家主であり大黒柱。


 大魔導師であり既婚の母レスティオルゥ。


 肩書山盛りの彼女は現在困っている。


 …最近彼女の家族たちがティオを可愛いと認識し、暇があれば撫でる機会を伺っているのだ。


時にはティアを撫でているティオを撫でるという不思議な光景になったりする始末。


 それにより本人は人知れず困っていた。


「何とかならないかなぁ」


 別に本気で嫌がっているわけではない。


 少なくとも一緒に住んでいるのだし親しみはある。


 だがそれ故に強く注意もできなくなってきているのも事実。


 ティオとしてはどちらかというと「可愛い」よりは「格好いい」の方が元男としては嬉しいのである。


 …もっとも、体が男の頃でも「可愛い」と言われていた時点で現状はなかなか覆し難いのだが…。


「…ダメだ、これじゃあいつまでも目標に届かない」


 …ちなみにティオの掲げている目標というのはお腹の筋肉をバキバキに割れた状態にすることである。


「筋トレ!筋トレをしよう!」


 こうしてある冬の朝、ティオの筋肉改造計画が始まった。


「腹筋20回」「背筋20回」「腕立て伏せ10回」


 とりあえず一般的で体を壊さない軽い運動。


 これを毎朝繰り返していく。


 無論、身体能力強化魔術を使っては運動にならないので普通にである。


「よし、頑張るぞ!」


 自己解析により現実的に。


 無理なく続けられそうな計画と努力は彼の得意とするものである。


 …が、残念ながらティオには気づいていなかった事柄が二つあった。


 1つ、彼の身体は華奢な少女の身体になっているため男の頃よりもさらに貧弱だということ。(別に男の時は身体能力があったわけではないが)


 2つ、魔力が豊富な彼女は普段から身体能力強化を常時使用していたということ。

(それができることの方がよっぽどすごいのだが)


 この2点である。



 ―――次の日。


 朝早く起きて朝の仕事をこなそうとリビング移動したアジダハが目にしたもの。


 それは…、


「…あ、あと…に…かい…」


「あ、主ぃぃぃぃっ!?」


 リビングの床で不自然にうつ伏せで痙攣していたティオの姿。


なんとか無理をして腕立て伏せまで辿り着いたが力尽きた者の成れの果てであった。


 普段は全く負担をかけていなかった体の筋肉への高負荷により、全身の筋肉の痙攣が治まらなくなった彼女はこの後、アジダハにベッドに搬送され娘の介抱によって3日間をベッドの上で過ごしたのであった。


 なお他の家族たちの決定により今後、ティオの筋トレは禁止になった。





 ◆●◆●◆●◆●◆




 ある雪の降る冬の一日。


 僕がベッドから起き上がれるようになった今日。


 空からは雪が降っており気温も数日前より格段に冷えている。


 もはや当然のように室内にいるルクスもプルプルと震えるくらいだ。


「…うーさむいさむい。そろそろ暖房とかつけないの?」


「ふむ、それなのじゃがな…この家には暖房がないのじゃ」


「…はぁ!?いやいや!あるでしょこんだけ大きい家だし、前の住人の残したものとか!」


「それがのう…この間までは我もそう思っておったのじゃが、あったのは壊れた煖房の魔道具のみでのう」


 うちのメイドの言う通りで今現在我が家に煖房は無い。


 無いのだが…まぁそれに関しては問題ない。


「~~がない!」とかそう言う問題は錬金術師にはさしたる問題ではないのだ。


「ティオ~!煖房買って来てよぉ~!」


「いやお前は家に帰ればいいだろ…」


「うちには裁縫道具しかないわ!」


 堂々と宣言するルクス。


 そういえば以前彼女の家に行ったとき仕事場はあったが生活空間は無かった気がする。


 今までどうやって生きてきたのやら…。


「だからと言って安直にないなら買えばいいというのは贅沢だろう。時に我慢することも大事だ」


「…とか言って今読んでる本を中断したくないだけでしょ?」


「うん」


「ムキー!」


 隣から怒り心頭のルクスの声が聞こえてくるが気にしない。


 あまり甘やかすとなんでも頼みを聞くと勘違いしてしまうかもしれないし。


 そんなことを考えつつ本のページをめくっていたそのとき、

僕の服の袖を「クイクイ」と引っ張られ視線を動かすとティアがこちらを見ている。


「お母さん、ちょっとさむい」


「そろそろ冬の本番だ!いい加減に煖房を用意しないと!」


 僕は手首を高速回転させながら持っていた本を本棚の元の位置に投げ返す。


 娘が寒いと言っている。


 これは緊急案件だ!


 うちのメイドと客人からジト目の視線を感じるが…今は相手をしている暇はない。


 と言ってもやればすぐの案件だけど。


「じゃあこれから魔道具でも買いに行きますか?外はまだ雪が降って積もっていますが…」


 奥からお盆に暖か~い飲み物を持ってきたアルがこちらに問う。


「いや、別に問題はないよ。暖房器具は以前造ったことがあるからな」


「はい?」


 首を傾げるうちの妻に笑顔を返して僕は壁際に近寄る。


「『創世の至言アルスマグナ』並列起動。これが真理の一撃だ!」


『創世の至言』を起動した状態で壁を蹴る。


 そして蹴った壁を錬成して僕特製の暖房器具を完成させた。


 すかさずポケットから小石サイズの触媒を取り出して煖房に投げ込むと、それをエネルギーに分解して電源が起動する。


 あと数分もすれば家全体の空気が温まるだろう。


 やることも片付いたので指を鳴らして起動していた『創世の至言』を解除する。


「特製の煖房だ。取り込んだ魔石を熱にして空間を循環するからすぐに暖かくなるぞティア」


「ありがとう、お母さん!」


 ぴょんぴょんと跳ねて僕に抱き着くティア。


 やっぱりうちの娘は可愛いなぁ。


 抱き返して娘の頭を撫でる。


 至福の一時だ。


「さすが主じゃの。ある意味万能じゃな錬金術」


「うちの国の国家錬金術師とのレベル差が凄いですね。あの人が頑張り不足なのか、ティオさんが反則なのか…」


「十中八九ティオがおかしいだけだからあんまり責めちゃだめだよ?」


 何やら若干失礼なルクスの物言い。


 こんなの錬金術師なら誰でも出来るって!


「主よ燃料の補給はどれ位の期間でよいのじゃ?」


「触媒にもよるが小さな触媒でも半日は持つ。ただいちいち燃料入れるのがめんどくさいなら…」


 ポケットから賢者の石(庭産)を取り出す。


「これを入れておけば半永久的に動くぞ」


「…やっぱティオがおかしいだけだったよ」


 もはや完全に失礼なルクスの物言いに抗議をしようと立ち上がる僕。


 と、その僕の耳に何やら玄関の方からの物音が聞こえた気がする。


「…うん?今なにか玄関で音しなかったか?」


「え?聞こえなかったけど…?」


「いや、我の耳にはしかと聞こえたぞ主よ。来客ではないか?」


「来客?まだ雪が結構降っているのにか?」


 そう言いつつも玄関へと向かった僕はゆっくりと扉を開ける。


 未だ強く降っている雪が瞼をかすめるのを無視して目の前を見るが、そこには誰もいなかった。


 その代わり、下に視線を落とすとそこには…、


 雪のように真っ白な毛色の狐耳・狐尻尾を生やしている獣人の子供が雪の中に倒れていたのだった。

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