第38話 誰にだって側面はある

 朝食の時間が終わり食卓の上は片付けられのんびりとした時間が流れていく。


 既に季節は冬になりかけており流れている空気は肌寒く、用事がなければ外を出歩かないだろう。


 そして用事がない…訳ではなくむしろ用事があるからこそティオ家のリビングに3人の女性が集まっていた。


「…それではこれから交流会を始めます」


「…いや、なんじゃいきなり」


丸いテーブルを囲うように座り向かい合っているアジダハ、アル、それともう一人。


 家主であるティオとその娘のティアは今は薬を売りに行っているため不在であるのをいいことに勝手に何やら怪しげな交流会を催したのだ。


 そもティオの妻という立場上、多少の勝手は許されるのかもしれないが。


 急に参集されたアジダハは何とも呆れた表情でお茶を啜っている。


「ずず…で?何をするのじゃ?」


「なんとかティオさんの伴侶になることができましたが、私はまだティオさんのかっこいいところしか知りません。ですのでこれを機に私よりも付き合いのあるあなた達から情報を提供してもらおうと思いまして」


「なるほどのぅ…我儘なお主にしては殊勝な心掛けよな」


「確かにね…でもこの人選に関しては正解ね。私とそこの黒トカゲはいわば彼女に関するプロフェッショナァール!身長、体重からスリーサイズまで!私たちにかかれば造作もないわ!」


「人選に関しては最悪じゃと我は思うがなぁ…」


 悲し気に呟きながら今回の交流会のもう一人、ルクスを見る。


 近頃当たり前のように不法侵入をしていることでさも家族のように行動している彼女はある意味ではティオに詳しいので今回この場に呼ばれている。


 …そして遠くでティオがくしゃみをする中、「第1回乙女だらけ?の交流会」が開かれた。


「とりあえずお聞きしたいんですが…私はティオさんのかっこいいところしかあまり見たことないのですが…そのあたりお二人はどうですか?」


「カッコイイところ?」


「括弧 良い ところ?」


 顔を見合わせるアジダハとルクス。


「どちらかというとカッコイイところはレアじゃと思うんじゃが?」


「そうね、根がいい子だから人助けするとそれっぽく見えるけど…どちらかというとティオはね~…」


「うむ、そうじゃなどちらかと言えば…」


「可愛い生き物じゃな!」「可愛い生き物ね!」


 思ってもみなかった回答に「ポカーン」と口を開けるアル。


「まぁ、本人に可愛いって言ったら怒るんだけどね…何故か」


「それはアレであろう…」


 ルクスの漏らした言葉にフォローを入れようとしたアジダハだが、言いかけたところで口を噤む。


「あー…そういえば我以外には言っておらんかったんじゃな…」などと小さく呟き若干迷った様子を見せる。


 その様子を首を傾げたアルとルクスが理解できずに顔を見合わせた。


 そしてその末に…。


「……ま!よいか!少なくともお主らは主の信頼を得ておるしの!」


 と、まぁこんな感じでティオが秘密にしていた「元は男だった」という秘密と過去に何があったかが二人に伝えられた。


 ……尚、これに関して当の本人は…、


「…いや、何してんねん!」


 当然ながらチョッピリ怒ったそうな。


 ――で、説明後。


「…な、なんと…本当はティオさんは男の子だったなんて…」


「男の子というか男でよいじゃろ?齢200を男の子は何やら語弊がある」


「いえ、ですが男姿のティオさんもちょっと見てみたい気も…」


「聞いておるか?」


 想い人の隠された秘密を知り少しテンションの上がっているアルである。


 しかしそれを聞いていたもう一人は顎に手を当て唸っていた。


「どうしたのじゃルクス?」


「ん~…?んんん…えっとそれってホントなの?」


「少なくとも本人がそう言った以上、そう思うほかないと思うがの。それに伝説の大魔導師だって男として伝わっておったじゃろ」


「…なるほど、言われてみればそっか…」


「逆に何故疑ったのじゃ?」


「あ~、言ったことなかったけど私の右目って魔眼なのよね」


 そう言って彼女の指さした彼女の右目は怪しげな光を宿す。


「これを使うと相手の魂の性別が見えるの」


「見えるって…男とか女とか書いてあるんですか?」


「そんなシュールな絵面嫌だわ。そうじゃなくて色で識別するの。男なら青色とか、女なら赤色…って具合にね」


「成程、では主は青色に…」


「ピンク」


「「 えっ? 」」


「凄い綺麗なピンク色。例えるなら王子様との結婚を夢見る少女とかの色」


「「 ……………… 」」


「だから正直あたしティオが元は男だって言われても信じられないわ。まぁ可愛いから別に男の娘でも好きだけどね!」


何か聞いてはいけないことを聞いたような表情で互いの顔を見合うアルとアジダハ。


 無言のまま頷き、このことは聞かなかったことにした。


 もしこの話がティオに伝わった場合、半日は部屋の隅で拗ねるだろう。


 なかなかに脱線してしまったが、逆にリセットを図るためにアルが咳払いの後、その場を仕切りなおす。


「ごほん!…それでティオさんが可愛いって、いったいどういうことですか?」


「我らの前ではこう…『キリッ!』みたいな雰囲気でしっかりした感じじゃが、逆に言えば我らのおらぬところではなんという可愛い生き物になるのじゃ」


「…というと…?」


「私この間見たけど子猫を見つけたら路地裏まで連れて行って物凄く蕩けた顔で撫でまくってたわ。『にゃー可愛いでしゅね~』って。可愛いのは目に♡浮かべて子猫抱きしめてたティオなんだけどね」


「我はティア様を抱きしめて幸せそうに『うちの子はかわいいなぁ…』って呟いておったわ。見とるこっちからしたら主の頭を撫でたくなるのじゃがの」


「短いスカートをはいた時なんて恥ずかしそうにスカートを押さえながら『僕はこんなの似合わないよぉ』って涙目になってる姿なんて…もう!食べちゃいたくなる!」


「どんな面倒ごとでもだいたい『しかたないにゃぁ』と言って世話を焼くしのぅ…」


 …本人がいないのをいいことに彼女の隠したかった秘密を暴露しまくる友人代表たち。


 聞いているアルも「ほうほう!」と嬉しそうにメモを取っている。


 そして一通り「ティオの可愛いところ」を話し終えたところでとある事実にアルが気づく。


「私だけ…ティオさんの可愛いところ全然見たことない…」


「主は真面目じゃからのぅ…お主の前で情けない姿を見せまいとしておるのじゃろ」


「一応そうゆう仕草は隠そうとはしているからね。…無駄だけど!」


「ということは私は一生ティオさんの可愛い姿を見れない…?」


 膝から崩れて項垂れるアル。


 そんな彼女を見て二人の先達たちは「やれやれ」といった様子で彼女に助言をするのであった。




 ◆●◆●◆●◆●◆




 村の人間たちに冬に備えた薬を通常の半額で安売りして帰宅したティオ。


 今日も行商人のおじさんに睨まれていたことにも一切気づかずサービス価格の仕事を終えた彼女は家の入り口のドアノブに手をかける。


「ティア、今晩の御飯は何がいい?」


「えっとね、ロールキャベツ」


「よし、まかせろ」


 気を抜いて扉を開けたティオ。


彼女が一歩足を踏み入れたその瞬間に天井から降ってきたアルが正面へと着地する。


「にゃぁっ!?」「ひゃっ!?」


 結果、意図していないがティオの驚きの猫声が聞けた。


「あっすいません。それとお帰りなさいティオさん」


「た、ただいま?」


 まだちょっと混乱しているティオだが、「今が好機!」と攻め込むアル。


「ティオさん、これプレゼントです!」


 勢いのままプレゼントを渡されるティオ。


 ちなみにティアは裏でアジダハが手洗い場に誘導している。


「こ、これは…!?」


 渡されたプレゼントを見てティオが絶句した。


 そこにあったのはアルが手作りしたボール形状の猫型クッション。


 可愛らしい顔の描かれた低反発クッションボールだ。


 それを見たティオはもにゅもにゅと抱きしめた後、「はぁぁぁぁ…」と気持ちよさそうにクッションに頬ずりしている。


 お気に召したようだ。


 だが、人前だということ思い出した彼女が顔を上げると驚いた表情のアルを目が合う。


 若干悶えるティオ。


 しかし照れてはいても嬉しい贈り物のお礼は欠かさなかった。


 恥ずかしさから少し頬を染めた彼女は抱きしめているクッションで口元を隠して口を開いた。


「…ありがとうアル…その…すっごく嬉しい…」


 恥ずかしそうにそう告げるティオ。


 普段のしっかりした感じの彼女とのギャップに思わず悶絶するアル+a 


「「 …か、可愛いぃぃぃっ! 」」


 正面にいたアル、そして側面に隠れて写真を撮る魔道具を連射していたルクスが辛抱堪えられずティオに抱き着く。


「…か、かわいい…っていうなぁ…」


 自身に抱き着いた二人に揉みくちゃにされながら漏れたティオの小さな声が空に消えるのだった。

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