第37話 味の好みは本人に聞こう

 気持ちのいい朝。


 昨日の魔王城のパーティーで飲んだ酒もすっかり抜けて体調も問題なく起き上がった僕は伸びをした後、眠っている娘の布団を整え可愛らしいおでこを軽く撫でて寝室を後にする。


「残った食材と相談して今朝の朝ご飯を決めるとするか……ん?」


 僕が台所に入ろうとしたそのとき、その中から物音が聞こえる。


 食器の音、何かを焼く音、水の流れる音。


 ひとまとめにするならそう…調理音である。


 僕が様子を伺いながら首だけ台所に入れてみると、そこにはエプロンを着て朝食と思われるものを準備しているアルの姿だった。


 ご機嫌にフライパンをひっくり返しているアルだったがこちらに気が付く。


「あっ!ティオさん、おはようございます!」


「おはよう。朝食を作ってくれているのか」


「ふふん!もちろんです!妻として出来るところもしっかりと見せなければいけないですからね!」


「何にムキになってるんだか」


 返事をしつつ僕は用意されている料理を一応確認。


 見た感じ特に問題はなさそうだしこのまま朝食を任せても大丈夫だろう。


 なかなかの出来栄えの朝食に一瞥した後、嬉しそうなアルの顔を見る。


「じゃあ朝食は任せるから僕はお風呂に行ってもいいかな?」


「はい!もちろんです!全て私にお任せを!」


「調子に乗って作りすぎないような~」


「大丈夫ですよぉ」


 ご機嫌な彼女に背を向けた僕は風呂場へと向かう。


 最近は朝風呂が習慣になってきた気がするな。


実際そろそろ寒くなってくる時期だし、このお風呂を使う回数も増えていくだろう。


 風呂の用意を促したうちの妻、ナイスである。


 そんなことを考えながら風呂場の扉を開けると、先約が先に湯船に浸かっていた。


「む?主も調理場を追い出されたのか?」


「おはよアジダハ。いや、楽しそうだったから邪魔しないようにこっちに退避しただけだ。別にメシマズでもなさそうだったしな」


「実際楽しそうにつくられた不味い料理が一番対処に困るからのぅ…」


「出来る魔王で助かったよ」


「…ところで主よ…?」


「なんだ?急に小声で…」


 何やらニヨニヨとした表情でこちらに近づいてい来るアジダハが耳元でささやく。


「ちゃんと『昨晩はお楽しみでしたね!』したのじゃ?」


「いやしてないよ。…というかそれって男と女で発生するものじゃないか?」


「いやいや、女同士でもあるじゃろう…多分…」


「知らないなら言うなよ」


「むむむ…キスとかじゃろうか?」


「それくらいならできそうだがなぁ…」


 2人して湯船の中で腕組みをして唸る。


 …僕もそうだがどうやらアジダハも恋愛経験なんてないらしい。


 特に今回はイレギュラーで性別反転しているからなぁ…。


 お互いが足りない想像力をフル回転して女性同士の夜の営みについて検討していたそのとき。


 突如僕とアジダハの丁度間で湯の底から『ボコボコ!』と空気が出たと思った瞬間、大きな飛沫を上げて何者かが大地…ではなく湯に立つ。


「…そおおおおんなの!決まってるでしょ!女と女!メロンとまな板!貝と貝!エロスとエロス!ある意味では男女よりも女の子同士の方が需要あるんだから!もちろん▮▮▮▮ピーーー!とか!▮▮▮▮ピーーー!とか!▮▮▮▮ピーーー!からの▮▮▮▮ピーーー!とかっ!」


 そこには僕たち同様一糸纏わぬ裸で大事なところを隠そうともせずに全力で娘に聞かせられない言葉を乱用するルクスの姿。


 …こいつ…毎度のことだがいつから湯船の中に…。


 というか気泡の一つも浮いていなかった辺り、こいつお湯の中でずっと息をとめていたのか…。


 何とも不要な気概である。


 とりあえず「すっ」と立ち上がった僕とアジダハが、いろいろ配慮なくマシンガントークを続けるルクスの方を見る。


 そして…。


「うるさい!」「うるさいのじゃ!」


 両側から怒りの踵落としが綺麗にルクスの脳天へと振り下ろされる。


「ガッテムッ!」


 鈍い音を立てたルクスはそのまま倒れ、顔面を下に向けお尻を上側に向けたまま動かなくなり湯船に浮く。


 それを確認した僕とアジダハは静かにお風呂場を後にするのだった。




 ◆●◆●◆●◆●◆




 さてそれからしばらくして…。


 風呂から上がった僕達、そして寝室から起きて身支度をして食卓に着いたティア。


 朝食を作り終えて食卓にそれを並べ終えたアル、…なぜか自然に一緒に食卓に着いているルクス。


 そんなこんなで朝食の時間が始まろうとしていた。


「「「「「 いただきまーす 」」」」」


 パッと見た感じ問題はなさそうに見えるアル製の朝食。


 特に何も考えずに僕は新鮮なサラダを皿に盛り口へと運ぶ。


 周りのみんなもそれぞれ選んだ食べ物を口に運んだ。


 その結果…、


「「「 …あああああああああーーーーっ!かっっっらい! 」」」


 ティア以外の3人が口を抑えて籠った声で叫んだあと、コップに注がれていた水を飲み干した。


 なお、ティアは声すら出ずにプルプルと涙目で震えている。


「ごほっ!ごほっ!…し、しぬぅ…」


「何でキャベツがこうなるのじゃ…」


「僕なんてトマトだぞ…」


 苦しんだ末に3人が若干の怒り顔でアルの方を見る。


 当の本人は目を泳がせ冷や汗を流していた。


 抗議の視線を受けて弁明を開始するアルを、僕の膝上で必死に水に舌をチロチロ当てているティアを撫でながら鑑賞。


 どうやら普段から使っていた調味料(激辛)を持ってきていたから自然に使ってしまったらしい。


 で、結果はこの始末。


 うちの妻は辛い物好きだったようだ。


「…すごいのじゃ。見た目は普通の食べ物なのに舌にのせると爆発する…」


「出来れば美味しさが爆発してくれたら喜べたんだけどなぁ…」


「そもそもお主は招かれざる客であろうが…」


「舌がいたいの…」


「ごめんなさいティアちゃん…」


 楽しい朝食のはずが何とも言えない雰囲気。


 流石のアルも意気消沈でティアに謝っている。


 味の好みは人それぞれだからな。


「ふぅ…アジダハ、ティアとルクスと自分の分を作って来てくれ」


「了解じゃ…ん?主の分は?」


「僕は妻の料理で手一杯だ」


「…!ティ、ティオさぁ~ん!」


「ほら、僕とアルくらいしか食べられなさそうだしさっさと食卓空けるぞ」


「はい!」


 辛いのは辛いが別に美味しくないわけじゃないし、残すのは可哀そうだしな。


 こうして僕は朝から激辛料理を食することとなったのであった。


…辛さに慣れてくると案外美味しい味なので個人的に作ってもらうのもありだろう。

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