第36話 だって僕らは生きている

 一国の問題をわずか数分で解決して後、ティオはそのままパーティー会場へと逃げ帰って来ていた。


「…何が悪かったんだろう…」


 やるべきことをやったはずが抗議の視線を受けたためその原因を反省しようとしている彼女だが、そも何故文句を言われているのか見当もついていないので反省のしようがない。


 それ故に首を傾げたまま会場に戻った彼女にティアを抱き上げているアジダハと鉢合わせる。


「おぉ主よ、戻ったか」


「今な。…おや、ティアは寝てしまったのか」


 アジダハに抱かれているティアは猫のように丸くなり寝息を立てている。


 おそらく良い夢でも見ているのだろうことは楽しそうな寝顔から推測可能だ。


「うむ、見たことの無い食べ物にはしゃぎ疲れたのもあろうし、興味本位で色々食べておったからな、おなかが満腹になったのであろう」


「何であれティアが楽しめたなら来た甲斐はあったな」


「であるのぅ」


「そう言えばアルは?」


 ティオにそう問われたアジダハは「すっ」と一点を指さす。


 そこには壁際の椅子に腰かけて、にやけては「はっ!?」っと一瞬意識を取り戻し、そのあとすぐにまたにやける、を繰り返しているアルの姿。


 …知り合いが見ても、知らない人間が見ても少し怖いのは間違いない。


 それほど挙動不審だった。


 特に周りにいる者達は彼女が動くたびにビクビクしている。


 実際に彼女に対してトラウマなどがある人間ほどリアクションが大きい。


 その様子を見たティオは軽いため息をついた後、アルの元に寄ってその腕を抱くのだった。


「ほら…そろそろ帰るぞ」


「ひょっ!」


 ティオが触れた瞬間ビクンッと跳ねるアルは、捕まった後はまるで借りてきた他所の猫のように丸まってしまった。


 赤面しながらぷるぷる震えている彼女を「酔ったのか?」と特にそこまで気にせずに捕まえるティオ。


 彼女をここまで雑に扱ったのは世界でも彼女のみだ。


 その辺にいた王たちに別れの挨拶を済ませた後、帰ろうと思う大魔導士一家。


 約一名獣王グレイガだけ名残惜しそうだったが…残念ながらそれに一切気づかないティオ。


 少なくとも彼が今回ティオを口説くのは不可能そうだ。


「「「「「 お達者で~っ! 」」」」


 いろいろな国の王に見送られながら、転移魔術でティオは何事もなかったように家へと帰宅したのだった。



 ――ちなみにこの後、会場に戻ってきた新魔王アーミタル…愛称アミィが「もう帰ってしまったのですか!?」と驚いたのはティオの知らない話である。


 なんやかんやティオの住所に手紙を送ることで交流をすることにしたアミィなのであった。





 ◆◆◆◆◆





 魔王のパーティーから帰ってきた僕はとりあえずドレスを脱ぐ。


 確かにああいう場には必要かもしれないが…重い!


 普段薄着にローブの僕からしたら窮屈で仕方がない。


 …太腿の辺りがスース―するし…。


普段から着ているスカートと違ってスリットがあるせいで違和感が強かったのがなぁ。


 ティアは帰ってもおねむだったのでアジダハに任せて寝かしてもらった。


 今回のパーティーはティアにとっては楽しかったらしいし。


 パーティー会場で見た料理は幸い僕でも全て作ることができるので、ティアが明日何か作って欲しいといったならしっかり作るとしよう。


「…ふぁぁ…」


 今日はいろいろ疲れたし早く寝るとしよう。


 そう思い寝室に向かおうとした僕の脳裏にふと家に帰ってから行方知らずのうちの妻のことを思いだす。


 男の時に出来なかった妻が女になってから出来るのもなんか複雑だけど…できた以上は妻として扱おう。


 そう思った僕は索敵魔術でどこにいるのか探ると、どうやら彼女は屋上…というか我が家の屋根の上にいた。


「何しているんだか全く」


 ぼやきながらも屋上に転移するとそこには体育座りをして星の降る夜空を見ていたアルがこちらに振り向いた。


「わっ!?ってお姉さまですか」


「何してるんだ?こんなところに出ていると風邪ひくぞ?」


「うー…その…なんか落ち着かなくて…」


「…そうか」


 何となく彼女が言い表せない感じを代わりに感じ取った僕は仕方なく彼女の隣に座った。


 そうすると再び空の星を眺めるアル。


 彼女を追いかけて僕も空を見上げる。


 しばらくそのまま時間が流れたが少しするとアルが口を開いた。


「私…昔から何もできない人たちが羨ましかったんです」


「できる人じゃなくてできない人なのか」


「だってそうじゃないですか。みんな楽しそうにできないことに挑戦して…一緒に泣いたり笑ったり…私は小さい頃からなんでもできましたからね、正直私は私以外の他人が妬ましかったんだと思います」


「・・・・・・・・」


 アミィの言う通り、彼女には彼女なりに苦しんでいたんだろうことが伝わってくる。


 どちらかというと僕はできない側だから「わかる」なんて言葉はつかえない。


 ただ曲がりなりにも彼女は僕の妻なんだしここで黙っているのは違うだろう。


 隣にいるアルに近寄って彼女の頭を寄せ僕の肩に乗せる。


 いきなりのことで驚きの表情を短く浮かべていたアルだが、嫌ではなかったのかすぐに嬉しそうに目を閉じた。


「だったらよかったな。ただの一般家庭の奥さんになったんだからこれからはできないことだらけだ」


「…魔王を倒す一般家庭っていったい…」


 倒してはいない!(断言)


「…あっそういえば思ったんだが自分の妻に向かって『お姉さま』ってのもおかしいこれからは別の呼び名にした方がいいんじゃないか?」


「具体的にはなんです…?」


「特にないけど…普通に呼び捨てでいいんじゃないか?」


「うー?えー…あー…」


 何回か唸るアル。


 そんなに僕の名前は呼びづらいか?


 しばらくアルが唸っていたので待機する僕。


 すると少し赤面した彼女はようやく口を開いた。


「…えっと…ティオ……さん…」


「…いやだから呼び捨てでいいって」


「うっ…い、いきなり呼び捨ては…難しいです」


 なにやらもじもじしながらこちらに口を尖らせるアル。


 普段とは違った彼女の様子に思わず笑ってしまう。


「わ、笑わないでくださいよぅ…」


 少し恥ずかしそうな彼女を見て再び笑う僕。


 出会いのきっかけこそアレだったが…存外可愛らしい我が家の魔王様を伴侶にしてしまったようだ。


「よかったな、いきなり『できない』ことだらけだ」


「…!…ふふっ!本当ですね!」


 流れ星の振る夜の空の下。


 大魔導師と元魔王の夫婦は愉快に笑い合いましたとさ。


 めでたしめでたし。

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