第32話 人には人の家族在り

 ゆっくりと集まっている王族たちの方へと歩く新魔王。


 僕の後ろにいる元魔王も興味津々だ。


「……あんな堅苦しいドレスだと襲撃者の撃退が大変なのでは…?」


 …どうやら元魔王は別のことに関心があるようだ。


 そんなこんなしているとゆっくりと歩いていた元魔王が、集まっている者達の前に移動したことでその歩みを止める。


 やはり遠めに見た印象はあっていたようで、少し容姿はアルヴィオンに似ているが、様子や表情、それに佇まいなどは僕の背後のよりも洗練されていることが感じられる。


 おそらくこっちの方が王様っぽい。


 元魔王なら多分気にせず玉座の上で寛いでいることだろう。


 僕を含め集まっている人間たちが彼女に注目していると、その彼女「新魔王アーミタル」が口を開いた。


「この度は新魔王たる私の呼びかけに応じていただけたことを感謝いたします。前魔王であり我が姉であるアルヴィオンの暴政から解放されこの時を迎えられたことを私はとても嬉しく思います」


 とても丁寧な口調ではあるが、まだその声は少し幼さが残っている。


 しかし姉とは違い落ち着いた物腰やしっかりした様子から、姉が言っていた通り生真面目な性格なんだろうな。


 そんなことを考えつつ後ろの方へと目を向ける。


 そこにはさっきまで顔をすっぽり覆っていたローブを降ろしているアルの姿が………いや!?何をしている!


 驚いて震えている僕を他所に一歩前にアルが出た。


「…おやぁ~随分な言いぐさですね…アーミタル。私がいつそのようなことをしたんでしょうか?」


 …あちゃー。


 若干横顔に怒りを浮かべているアルヴィオンさんが姿を現した!


 …周辺にいた王族たちは混乱している!


 大惨事なんだが。


 周囲にいる国王たちがアルに気づき「すわっ!?」と驚いている。


 中には全身を攪拌機のようにプルプルさせている者までいた。


 どうやら他国の王にとっても何かトラウマがあるらしい。


 まぁ…眩暈・吐き気・頭痛・諸々を引き起こさないだけ魔族よりもましだが。


 …見たまえよ。会場の中の端で既に痙攣しながら倒れている屈強だった兵士たちを。


 恐ろしいほど魔族特攻である。


 僕が悲しい目で倒れた兵士たちに合掌していたその裏で、事態は進行していた。


「…おや姉さん、いらしていたのですね」


「感知能力の高いあなたが私に気づいてないわけないでしょう。新しく魔王になったからってやりたい放題ですか!」


「……それは姉さんの言えたことではないのでは…?」


「ええーい!いいでしょう!正しい魔王の在り方をあなたに見せてあげましょう!」


 そう高らかに宣言すると両の手の平に魔力を集め出すアル。


 ここを火の海にでもするつもりかい?


 …はぁ…目立ちたくなかったんだけどなぁ…。


 でもここでアルが暴れるのを放置したらまた魔族の立場が悪くなってしまうし…。


 …仕方ないかぁ。


「フハハハー!とくと見なさい!これが魔王の力ー!ふふふふ…」


「やめいっ!」


「…ふばぁ!?」


 それなりの魔力が籠められていたアルの動きが止まった。


 勿論止めたのは彼女の後頭部を叩いた僕。


 するとそれまで魔王を見ていた周囲の王たちが目玉が飛び出しそうな目でこちらを見ている。


『オイオイオイオイ!』『あいつ死んだわ!』


 …何となくこっちを見ている王たちの心境が読み取れる。


 さっきの獅子君もそんな感じの表情でこっちを見てるし。


 心配しなくても別に大丈夫だって!


 周りの人間たちがドギマギしている中、後頭部をさすっているアルがこっちを向いた。


「痛いですよ~、何するんですかお姉さまぁ」


「お前な、無差別に攻撃しようするのやめろ」


「大丈夫ですよ。ちょっとしたお茶目じゃないですか~」


「そもそもお前の妹が言ってるのが事実だからな?」


「ソンナ―」


 アルの抗議をさっき僕が叩いた場所を撫でながら受け流す。


 どう考えてもお前が悪い。


 と、そのときこっちを見ている新魔王アーミタルと目が合った気がする。


 …何となく察しはついていたがやっぱりこの場に僕を呼んだのはそういうことか…。


 こっちに否応なく注目が集まっており、それを理解しているであろう新魔王が口を開いた。


「制止してくださりありがとうございます。そしてこの度は遠路はるばるお越しくださり感謝します…『大魔導師レスティオルゥ』様」


 集まっていた視線がさらに厚くなったのを感じる。


 …仕方ないし、こうなったらあっちの思惑に乗ってあげることにしよう。


「一応、原因も発端も僕だからな。パーティーに足を運ぶくらいなら安いものさ。それに…」


「娘も興味があった」と言おうとして周囲を見渡すとアジダハの隣で皿に山盛りのスパゲティーを『ちるちる!』と可愛い小口に吸い取っているうちの娘の姿を見る。


 あら可愛い。


 どうやらあの麺類が気に入ったようだ。


 今度家でつくってあげよう。


「僕の娘も楽しんているようだからな。何よりアルヴィオンを退治したのもこの僕だし関係大ありだ」


 周囲がざわつく。


 新魔王になったことは知っていても、僕がアルヴィオンを倒したことはまだ知らないのだろう。


「国王たちに宣言しておく」


 さて重要なのはここである。


 ここでアルと僕の関係をはっきりしておかないといけない。


 だが半端な関係を宣言すると周りの王たちが魔族に疑いを持ってしまう。


 なのでそこそこ関わりをアピールしつつ、なおかつアルヴィオンが否定しないような情報を提示しないといけないのだが…。


 …悲しきかな、既にその答えは不本意ながらここに来る前に準備しているのだった。


 咄嗟の困ったときの言い訳に準備していたモノがここで役に立つとは。


 まだ頭をさすっていたアルを抱き寄せて彼女の頭を僕の胸元に置く。


「前魔王アルヴィオンは今は僕の『』として僕の元にいる。今後、先の様な無意味な戦争は起こらないし、起こさせないということを知っておいていただこう」


 当然ながら周囲にいる者達は更にざわつき騒然とする。


 ここで当事者の一人であるアルが否定でもしたら、僕の名演技が水の泡になってしまうのだが…その心配は杞憂に終わった。


「…えへへへ…」


 とても嬉しそうに僕に抱き着いているアルは特に文句はなさそうに耳まで赤くなっているのだった。


 どうせ結婚予定もないし、娘もいるし、どうせなら今後の魔族の信用回復に使った方がいいだろう。


 そう考えながら僕は勢いで出来上がった妻の頭を撫でるのだった。



 ――この後、「それではそのままパーティーをお楽しみください」という新魔王アーミタルの言葉により騒然としたままの空気はそのままこちらに放り投げられた。

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