第31話 誰にだってトラウマになる者は在る

 …結論から言うならウィンズさんにこれからどうすればいいかを聞くことには成功した。


 代わりに医務室に彼は搬送されたのだが。


 …倒れた彼はもはや死ぬのではないかという人相でこちらに道案内をした後に付け加えて言葉を残していた。


『…大魔導士様、くれぐれもアルヴィオン様のローブは国民たちの前で降ろさないでください。今は魔族たちは平和をこよなく愛する種族に生まれ変わっています。そしてその原因は言うまでもなく前魔王様の影響。今の心安らいだ魔族の人間達には前魔王様は劇物に近いのです。顔を見ただけで嘔吐・幻覚・眩暈・痙攣などを起こすでしょう…』


 とのことである。疫病かなにかかい?



 ちなみに最後に言っていた嘔吐・幻覚・眩暈・痙攣をフルに発症していた彼はその後、白目をむいて倒れた。


 …いつの間にか魔族の弱点が魔王になっている…。



 僕はくるっと首を回してアルに視線を送ると目が合った彼女は目を逸らす。


 流石に目の前で疫病患者みたいに倒れた人間を見ると自身の蛮行を考えさせられたようだ。


「…ローブは降ろさないようにな?」


「…そうですね…毎度倒れられてもアレですからね…」


 そんな会話をしつつ僕たちはパーティー会場へと移動する。


 親睦会の開会自体はまだ先だがすでに各国の王や首長などが集まっているそうだ。


 場所はウィンズさんが力尽きる前に教えてくれたので名前が分かり、名前が分かれば元魔王であるアルが案内できるので問題はない。


 そして広い魔王城を歩くこと13分。


 目的の屋外パーティー会場に辿り着いた。


 入り口にはガードマンの男性がいたがウィンズさんから会場に入るための印となるコサージュを胸につけていたので僕たちはそのまま会場に入ることができた。


「ふう…なんとか辿り着いたな」


「そうじゃの。周りを見た様子だとまだ始まっておらぬようじゃし食事でもとりながら待てばよかろう。の、ティア様」


「うん!」


 初めて見る煌びやかなパーティー会場に少し楽しそうなティア。


 やっぱり娘がナンバーワン!


「わかった、じゃあティアはアジダハに任せるから頼むぞ」


「了解じゃ」


 会話の終わりにすっとアジダハに近づいた僕は彼女の耳に口を近づける。


「ティアに何かしようとする輩相手なら何をしてもいい。責任は僕が持つ」


「うむ、無論手を出す輩は国王であろうと灰に帰してやろうぞ!」


 互いに「うんうん」と頷きながらうちの娘を見る。


 最近は僕と同様にティアの虜になってきている彼女も、僕と同じ感じでしっかり娘を愛でているので安心だ。


 そうしてティアに手を引かれたアジダハは料理の並んでいる長テーブルの方へと姿を消していった。


 まぁ…家での反応から魔族の料理人はそれほど腕が良くないらしいが、こういう雰囲気で食べることで美味しくなることもあるだろう。


 あの子はまだ知らないことを楽しむのに専念できるだろうからな。


 一番の不安要素であるアルを後ろに連れて安心して娘をアジダハに任せ、僕は周りに目を向ける。


 小柄なで筋肉ムキムキの男性…あれはたしかドワーフだったか。


 その向こうには頭の上に3つ目の瞳を浮かべているラプラス。


 あの目で未来を予測…できることがあるらしい。


 なかなかいろいろな種族が居るので興味深く周りを見ていると、大柄な男にぶつかった。


「…ああ、すまない」


 軽くぶつかっただけなので支障ななかろうと、謝ってその隣を通り抜けようとしたそのとき、ぶつかった大柄な男性…金色の鬣を生やした獅子の獣人が行先を塞ぐようにその巨体で立ち塞がった。


「おっ?(怒)」


「どうどう、おとなしくな」


 この時点で若干背後から殺気が漏れそうだったのでストップをかけておく。


「おいそこの小娘!獣の王たる俺にぶつかっておいてなんだその態度は!」


「おっ!(激怒)」


「どうどう」


 後ろから再び殺気が漏れ出してきている。


 勘弁してくれ。


 この場で元魔王が暴れたら親睦パーティーの皮を被った王様殲滅パーティーになってしまう。


 そうしたらおそらく大変なのは魔族だろう。


 まぁ…相手もなかなか短気だとは思うけどな。


 獣の王ならもうちょっと我慢強くなって欲しいものだ。


 念のためにうちの魔王が暴れても収めるための手段を用意しているが、できれば使わない方がいい。


 有効性はあるが取り返しがつかないし…。


 とりあえず世間知らずなお嬢さん的なノリで何とかしよう。


「わあーおっきな猫さんだぁ~ごめんねぇ~」


「誰が猫だ!俺は獅子だ!」


「誤差誤差」


「馬鹿にしやがって!」


 思わず握り拳を作り上に上げる獅子君。


 しかしそれをキッとにらんだ僕は真実を告げる。


「やめておいた方がいい。(僕が)怪我をするぞ?」


「…なんだと(俺が)怪我をするだと!」


 一瞬たじろぐ獅子君。


 しかし迷った末に結局彼は首をブンブン振った。


「身体能力で優れた俺がお前のような小娘に傷を負わせられるものかー!」


「いや怪我をするの僕…」


 いまいち噛み合わない会話の末こちらに獅子パンチが飛んでくる。


 …仕方ない、あまり痛くないように、でも多少痛そうな雰囲気を出すことにしよう。


 そんなことを考えつつ身体能力強化を施して背後の殺気だっている元魔王を捕縛していたそのとき、僕の代わりに獅子君の拳が間に割り込んだ者によって止められた。


「!」


「はぁ…主よ。何をやっていおるのじゃ」


「諍い(後方)を止めてるんだよ!」


「まず諍い(前方)を起こさないで欲しいのじゃがの」


 間に割り込んだアジダハはこちらに愚痴をこぼし終えた後に前に向き直る。


「お主もじゃ獣国の童!くだらぬことで爆弾に火をつけるな!」


「それ僕のこと?アルのこと?」


「両方じゃ!」


「な、なんだお前は!?」


「…む?なんじゃ以前あんなにぼこぼこにいじめてやったのに我のことを忘れおったか?」


 腕を組み不満顔で獅子君を睨むアジダハ。


 すると彼女の背中から勢い良く漆黒の羽が広げられる。


 料理に埃が飛んでじゃうからやめなさい。


「このアジダハーカを忘れたとは言わせぬぞ?獣国のグレイガ」


「げえっ!お前はうちの国に嫌がらせに来た黒竜か!」


「ようやく思い出したか」


「何でお前が人間の姿でこんな場に…」


「今はお前が襲い掛かろうとしたこの主に仕えておるからの」


 その言葉を聞いた獅子君、こっちをガン見である。


 …やめなさい!そんな人を化け物見るような目で見るのはやめなさい!


 と、いろいろ忙しくなってきたところで周囲にいた楽器を持った者達が一斉に音色を奏で始める。


 俗にいうファンファーレだ。


「魔王アーミタル様、ご入場です!」


 大きな声の宣言と共に一人の女性が開かれた大きな扉から姿を現す。


 最近よく見る顔にどこか似ているがそれよりも落ち着いた雰囲気のある印象を受ける彼女は静かに玉座の前へと出ると美しい動作でお辞儀をしたのだった。


 …一瞬こっちを見た気がする。

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