第29話 女々しくてつらい

 風呂から上がってホカホカだった体がだんだんと冷えていくのを感じる。


 しかし今、僕は考え事で忙しいので湯冷めなど気にしている暇はない。


「…いや、さすがに…」


「…主よ、まだ考えておるのか?いくら考えてもどうせ答えは出ておるぞ?」


「いや!まだ分からない!僕を可愛いとか言ってたのは同じ年の女子、幼馴染、母、魔術教師くらいだ!これくらいならまだ多少、セーフな筈!」


「いや、それだけ認識されておったなら間違いないじゃろ」


「…うおー!僕は男だー!」


 …今現在、最近になって気が付いた深刻な問題である。


 そう言えば僕は女の子の身体になってから誰にも「まるで男の子みたいだね」とか「本当に女の子?」など問われたことは無い。


 …どっちかというと「可愛い!」とか「今でも綺麗だから将来が楽しみね」とか言われている気がする。


 これは男としての沽券に関わる問題である。


 だが考えてみて、どうすれば男らしくなるのか皆目見当もつかない。


 僕が問題解決の糸口がなく「う~ん」と悩んでいたそのとき、寝室の方向から二人の家族が出てきた。


 眠そうに欠伸をしているアルと、その腕の中に抱かれて眠そうに瞳を擦っているティアがまだ起動しきってない頭のままこちらに歩いてきた。


「…はふぅ…おはようございますお姉さま…」


「………お母さん…おはよう…」


「おはよう二人とも」


 ふらふらとしている二人を見て咄嗟に思いつく。


 まだ意識がはっきりしていない状態の今なら忌憚なき意見が聞けるかもしれない。


「二人とも僕のことどう思ってる?」


「とっても可愛くて大好きです!」


「お母さん綺麗!」


「チクショーッ!」


 聞いて即答され後悔する僕の後ろから「天然の追撃じゃの」と溢しているのだった。


 …結局、僕を男と認識した人間は今のところ0だった。




 ◆●◆●◆●◆●◆




いろいろあって心の折れたティオは死んだ目のまま食卓に着いて朝食を食べている。


 意思なく追撃を与えてしまったティアとアルはしょんぼりしているティオを心配そうに見ているが、隣に座っていたアジダハが気にしないように言ったことにより何とか気にしないようにしていた。


「主よ、気にし過ぎじゃ。別に悪いことではないのじゃし、主は不老不死なのじゃから歳をとって成長することもないのじゃ。あまり気にすると体の毒じゃぞ?」


「…そ、そうだな…別にこれ以上女々しくなるなんてことは…」


 アジダハのサポートによりティオが脳内を何とかネガティブソーンからポジティブゾーンへと運ぼうとしていたそのとき…。


「おーいみんなぁ!ドレスできたよーっ!」


『…ゴンッ!』


 頼まれていたドレスを完成させたルクスによるさらなる追撃に、もはや「ぐぅ」の音も出なくなったティオは無言のまま食卓に顔面をぶつけた。


「…そう言えばドレスでパーティーがあったのじゃ…」


「神は死んだ…」


 死んだ瞳で神への悪口を漏らすティオは食卓に伏したまま動かなくなるのであった。




 ―――それから30分程。



 朝食を終えて食卓上も片付け終えた彼女らは完成したパーティー用ドレスの出来栄えを確認すべくそれぞれ試着を始めた。


「…これはとても良いドレスですね。人生で初めてのドレスですが今まで見たことのあるドレスでも最高峰のできかもしれません!」


 魔王として暇つぶしのパーティーぐらいなら開いたことはあるが、ドレスに着替えたことの無かったアルはそう言いながら初めてのドレスのスカートの裾をつまみながら嬉しそうに体をくるくるさせる。


 派手な髪色を補助する黒のドレスが見事に嚙み合い、彼女のその威容は魔王だった頃よりも鮮明になっている。


 その隣では、


「わぁ~っ!さらさらしててきれい!ルクスお姉ちゃんありがとー!」


 生まれて初めてのドレスを着て嬉しそうにぴょんぴょんしているティアは、やや興奮気味である。


 普段から来ているワンピースに慎ましい装飾を加えたようなドレスが幼いティアを輝かせている。


 そして二人が楽しそうに騒いでいたそのとき、洗面場の方向からこの中で唯一、意気消沈しているティオがやってきた。


 綺麗な容姿に美しいシルバーの長髪を引き立たせる銀と白の装飾が施された薄水色のドレスに身を包んだ彼女は大変不満そうに頬を膨らませている。


 が、それに気づかないティアとアルがその容姿を褒めに近寄った。


「凄いですお姉さま!私、惚れ直しちゃいます!」


「お母さんきれい!」


「ははは…ありがとう二人とも…」


 もはや回避不能の現象としていろいろ諦めたティオは遠い目をしながら相槌を打っていたその頃、できるメイドであるアジダハは作者のルクスを問い質している。


「むむ?おぬしの作った服にしては露出がすくないのう」


「なにさ、まるでいつも私がセクハラスーツ量産しているみたいなその言い草」


「日頃の行いから逆算しておるだけじゃ。…で、どうなのじゃ?」


「そりゃないわよ今回は。だって親善パーティー用ドレスでしょ?誰か魅了しないといけないとかならまだしも公のパーティー衣装なんだから、下手な露出はかえって服を悪く見せるじゃない」


「驚きじゃの。そんなこと気にせずに無理やり露出を付けると思っておったのじゃ」


 心の底から驚いた表情のアジダハに不満げなルクスが口を開く。


「普段着とかにそんなエロスを付けて魅力的ならそりゃ遠慮なくつけるけど、服は場面に合わせた装いでなんぼだもの。それくらい弁えてなきゃプロの仕立て屋なんてなのれないわ」


「なるほどの。変態である前にプロ…ということじゃの」


「ひとこと余計だけど…そういうこと」


 大陸一と謳われるその裏付けを見せ珍しく職人らしさを見せたルクス。


 そんな彼女はアジダハとの会話を終えて一歩前へと歩み出した。


「…うんうん、見た感じ問題なさそうね」


「ああ、うん…そうだね」


「何で一番似合ってるティオがしょげてるのかは地味に気になるけど…まぁいいわ。それじゃ代金だけど…」


「…ああ、あとで料金を教えてくれれば…」


「大丈夫よ!お金は必要ないわ!私はプロだもの!」


「…!ルクス!」


「お金は取らない」というルクスの言葉に思わず感激するティオだが…僅か数秒後に後悔する羽目となる。


「もちろん料金は身体で支払ってもらうわ!」


「こ・の・や・ろ・う!」


「ぐへへへ!スケベしようやぁ~!」


「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」


 残像を残すスピードで動き無造作に可愛らしい悲鳴を上げるティオを担ぎ上げて、家の出口から出ていこうとするルクス。


 だがその間に素早く割り込んだアルが行く手を阻む。


「アル!」


「助けてくれるのか!」と一瞬感激するティオだったが…やはり数秒後に絶望する羽目となる。


 自然な動作でルクスに近寄るアルはそのまま何かを手渡す。


 それは魔道具の一つである写真を一瞬で作り出すもの。


 そして渡した主は真剣な表情で一言。


「どうせなら写真に残しましょう!」


 それを聞いたルクスは大変良い表情になり熱い握手を交わした後、魔道具を片手にティオを連れて家から出ていった。


「うえぇぇぇぇん!」


 とても悲しそうなティオの鳴き声と共に。


 その光景を一通り見終えたアジダハは状況をあまり理解できていないティアの頭を撫でながら一言、「…プロの犯行じゃの」と呟くと昼食の準備に向かうのだった。

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