第28話 一度入ると泥沼にはまる
『チチチッ!』
「……ふぁ…朝か…」
小鳥の囀りに重い瞼を開かされた僕は上半身を上げようとして僕に抱き着いている人間を見る。
1人は娘のティア。
気持ちよさそうに僕に抱き着いているので起こさないように心掛けたい。
そしてもう一人は昨日新しく家族に加わってしまった元魔王アルヴィオンことアルである。
…別にダジャレではない。
自称僕の恋人なので当然のように僕の寝室に忍び込んでいる。
思いっきり抱き着いてきているから寝づらく、引っ付いているから熱い。
そのうえ僕に抱き着いているから大きくも小さくもない彼女の胸が僕の身体に当てられて歪んでいる。
…僕もこれくらいの胸…いや、もう少し小さいほうが嬉しかったなぁ。
少し女性の身体耐性のついてきた今日この頃、ティアを優しく起こさないように寝かせて、反対側を結構雑にひょいと退ける。
顔から布団へと落ちたアルだが「むにゃむにゃ」と幸せそうに寝返りを打つとまた落ち着いた寝息を漏らし始めた。
どうやら元魔王はうちの娘と同様に朝に弱いみたいだ。
…こうして寝顔だけ見てればただの可愛い女の子なんだけどなぁ。
日頃の行いって大事。
そんなことを考えつつも僕は伸びをしながら寝室を後にした。
◆●◆●◆●◆●◆
まだ朝食の支度をするには少々早く、しかし寝なおすには時間が足りない。
「…朝風呂でもするか」
寝ている間にアルに抱き着かれているので汗が出ているし、昨日の今日ではあるがそれなりにお風呂は気に入っている。
アルの提案はなかなか理にかなっていたようだ。
お風呂前の洗面場で服を脱いで綺麗にたたんだ後に僕はお風呂場の扉を開ける…と。
「ぬ?おー!主も朝風呂かの」
「いたのかアジダハ」
「うむ、風呂とはなかなか良い文化じゃ」
「確かにな。それなりに力を入れて設計した分なかなか良い出来だしな」
「なかなかというかアルのリアクションから王族でも知らないスペックのお風呂じゃがの」
「気にしない、気にしない」
話しながら体を軽く洗いで体についている石鹸を落とした後、僕もアジダハの隣に腰を下ろす。
その後はお互いしばらく口を噤んだ。
それぐらいお風呂が気持ちいいんだよ。
我が家で朝早くから…というか現在家事を担当しているのは僕とメイドであるアジダハのみ。
当然朝早く起きるのもこの二人なのである。
いっしょに暮していて気づくがなんだかんだでこの黒竜…常識人なのである。
…いや常識竜?
世話焼きで面倒見もよく長生きな分豆知識なども多い。
これには本人もこうなってから気が付いたらしい。
きっと生まれた頃からの性分なのだろう。
…と、静かに彼女のことを考えながら褐色の綺麗な肌を見ていてふと思ったことを漏らす。
「…そう言えばお前はうちのメイドになっているが…いいのか?別にこの町を襲うのやめてくれさえすれば他の国襲ったり新しい魔王になったりしても別にいいんだぞ?」
「なんじゃ藪から棒に」
「いや…親しくなったらからこそお前が存外悪い奴ではないことは知っているし、無理やりここに縫い付けておくのも悪いからな。いやなら別に出て行っても」
「嫌じゃ、別に嫌々やってるわけでもない。…まぁ始まりは奴隷契約の様なものじゃったが我はここを気に入っておるからの。ティア様の今後も楽しみじゃしな」
「お前がそう言うならいいけど…」
「そういう主はどうなのだ?」
「…僕?」
すすっと僕の隣に近寄ってきたアジダハが僕の額に指先を当てる。
「汝はこの世界に名を馳せる大魔導師。実際相対してその実力が噂以上であることは我にもわかるほどだ。だが主は微妙な表情をしておろう?やるのであれば大魔導師として行動するか、完全にそれを伏せて隠居するかを決めた方が良いのではないか?」
「…ううん…そう言われてもな…」
彼女に言われた内容は僕自身も感じているが…実際どうすればいいかは分からない。
「僕は確かに『創世の至言』を使えこそするけど実際それ以外は平凡な一般人だし…」
「…竜を倒し、魔王を倒す者は一般的には化け物と呼ばれるがのう」
「少なくとも僕を頼る人間はいるんだし僕としてはそういう人たちの力になりたい。……まぁそれに望んで『大魔導師』なんて恥ずかしい称号で呼ばれているわけでもないしなぁ…」
「さすがは救世主じゃの」
「やめてくれ。最近ようやく周りが静かになって大魔導師成分が薄まってきたのに…」
「今度の魔族のパーティーでまた返り咲くから関係なかろう」
「…そうだった…」
忘れていたい頭痛事項を思い出し遠くを見る。
影に隠れていたいけど…どうせ目立つんだろうなぁ…。
「せっかくのパーティーなのじゃし良い男でも捕まえたらどうじゃ?」
「…冗談よしてくれ…そもそも僕は…あぁ、そう言えばまだ言ってなかったけど一応僕は男だぞ」
「…なん…じゃと…?」
僕の宣言に驚きの表情をしその場に立ち上がるアジダハ。
…多少慣れたといってもさすがに裸体を正面から直視できるほどではないんです。
と、思わず目を逸らしていたそのとき素早く背後に回ったアジダハが湯から僕を引き上げる…そして…。
「そおいっ!」
「ひきゃあああぁぁぁっ!?」
突然僕の女の子な部分にダイレクトアタックされた。
「…い、いきにゃり何をする!?」
「むむ?…てっきり男性器を内側に思ったが…」
「出来るか!そしてできたとして直接調べる奴があるか!?」
「一体どういうことなのじゃ?」
「…最初にそう聞けばよくない?」
若干怒りの気持ちを抑えながら僕はどうして僕が女の子になったか、そして僕の元の身体がどうなったかを教えることとなる。
結果彼女は顎に手を当てて言葉を選んだ末に一言。
「なんというか…主らしいのぅ…まぁもう戻れんのじゃし可愛いからよいと思うぞ我は…。さっきのリアクションも生娘そのものじゃったし」
「ナンダトコノヤロウ!」
先程の仕返しに僕は彼女の頬をつねる。
「役得~っ!」と気持ちよさそうに涎を垂らしているからあまり意味はない気はするが、それでも「女の方が多分似合ってる」と言い続けるアジダハの頬を僕はしばらく引っ張り続けるのだった。
…確かに昔から周りの人間に「男の娘」とか裏で言われたりはしていたけれども…。
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