第27話 我が家のいい湯だな

 やることをやった僕は部屋の入り口まで移動し、手前で待機していた我が家の家族たちに声をかけた。


「とりあえず叩き台はできたぞ」


「もうですかっ!?」


 驚いた様子のアルと興味津々な様子のティアが部屋の中へと入っていく。


 そして出会って一番の素っ頓狂な声が聞こえた。


「なんですかこれぇー!?」


「すごーい!」


 ゆったりと歩く僕とアジダハが彼女らに続くように部屋に入るとお風呂の浴槽付近で屈んでいるティアが半球上の浴槽に転がり込んでしまい、体を丸めた娘がくるっと一周した後に「ヒョコ!」と首を出す。


 それは何とも愛らしくまるで巣穴から首を出した兎のようであった。


「「 …はぁ~…尊い… 」」


 最近僕と同様にティアの可愛さの虜になりつつあるアジダハとハモりながらその光景を微笑ましく見守るのだった。


 なんだかんだで類は友を呼ぶのかもしれないな。


 しかし何やら試作の浴槽の前でアルがわなわなと震えている。


 ふむ?そんなに不格好だっただろうか?


 と、彼女の心情を察せずに顎に手を当てているとこちらへ「グリンッ」と首を回したアルが口を開く。


「お、お姉さま?この巨大で複数あるこれは?」


「お風呂の浴槽だが…?君の情報を参考に僕流でつくったんだけど…」


「こ、こんなに巨大なものが浴槽…しかも複数…」


 良しか悪しか分からないリアクションに困っていると、何やら錯乱気味のアルが再び口を開く。


「ですが!こんなに大きな浴槽をどうやってお湯で満たすのですか!?それにこんなに大きければそれだけ空気に接する面が増えてすぐに湯冷めしてしまいます!」


「まぁまぁ、落ち着け。ゆっくり一つずつ説明するから」


 段々と謎のヒートアップをしているアルを宥めつつも僕はスイッチのついた壁に近寄る。


「ティア、これからお湯が出るからいったんお風呂から出るんだ」


「わかった!」


 お湯が出ると聞いて「ぴょん!」と浴槽から飛び出るティア。


 出てきた彼女は振り返りお湯が出るところを見逃さまいと目を見張っている。


 …そんなに楽しみにされるとかえってやりづらいな…。


 苦笑いしつつもスイッチの上にある宝石に魔力を流し込んで充填が完了すると同時にスイッチを起動。


 お風呂に仕込んである水魔力の機構に魔力が注がれて水が浴槽の表面すれすれまで満たされる。


「これでお湯いっぱいになる仕組み。で、こっちの数字の書いてあるメーターの動かして…」


 そう口にしながら僕がメーターを40℃のところに合わせて数秒。


 お風呂に満たされていたお湯が浴槽そのものに刻まれているルーンにより指定された温度まで水温を上げ、お湯へと変化した水面から白い湯気がゆっくりと昇っていく。


「…と、いったふうに温度を調節できるし湯冷めはしない。ちなみに熱湯になるラインからはメーターのボタンを押し込みながら動かさないと動かないようになるから子供が使うときも安心だ。ティア、使うときはあまり暑すぎる温度にしないようにな」


「うん!」


 説明を聞いて浴槽のお湯をツンツンして遊んでいる娘が可愛いです。


 しかし説明を求めたアルは何故か固まっている。


 むむむ、やはり魔王城にはこれよりももっと優れたモノが存在しているのだろう。


 何が気にいらない!睨むだけじゃなくて言ってみなさい!お母さん一つずつ直すから!


 腕を組みアルが文句を言うのを待っていると僕の背後にいたアジダハが僕の肩を叩く。


「ちなみにその隣にある複数の浴槽はなんじゃ?」


「うん?ああ、隣は泡が出てきて体全体を刺激する泡風呂。その隣は全身をつけたくないときに座って足だけ入る足湯」


「その隣の一つだけ湯が出てないのは?」


「あれは…あー…まぁせっかくだし一度試運転してみるか。お風呂なのは他と同じだが…」


 一番最後のお湯の説明をするために僕はポケットから雑草産賢者の石を取り出し、壁にある専用の場所にはめ込む。


 そして仕込んである錬金術を発動し浴槽にとある液体を生成した。


「むむっ?なんじゃこの翡翠色の液体は…?」


「エリクシールだ。そこはエリクシール風呂だからな」


「「 エリクシール風呂っ!? 」」


 …知らない人もいるであろうから一応説明しておくが、「エリクシール」というのは万能回復薬の名称である。


 大きな傷であろうと、無くなった腕であろうと修復する最高級治療ポーション。


 国ではある程度の数を王族用に確保されている国が傾くほど高いお薬である。


 …まぁ、別に成分さえわかっていれば賢者の石(雑草)からいくらでも生み出せるので問題はないが。


「ほらアルが言っていただろ?『お風呂に入れば傷ついた肌や髪の毛を癒すことができる』と。つまり…こういうことだろう?」


「チガウ、ソウジャナイ」


 何やらカタコトになったアルが必死に否定された。


 この後、何故かこちらを非常識を見る目で見続けるアジダハとアルがそこに存在していた。


 ………解せない…お風呂に対する要求値が高すぎではないだろうか…全く…。




 ◆●◆●◆●◆●◆




 ―――その後。



 初めて見るお風呂にすごくうれしそうなティアが「入りたい!」と言ってきたのでまだ夕方近くだがお風呂に入ることとなった。


 しかしまぁなんだ…そこまで期待していたわけではないが、なかなかお風呂とはいい文化である。


 なるほどアルが絶対欲しいというのも納得だ。


 肩まで浸かり「ふぅ~」とゆったり息を吐きながら体の温度を感じ取る。


 体の芯から温まるこの感覚は癖になってしまいそうだ。


 僕の隣には同じように「はふぃ~」と蕩けているアジダハの姿。


 どうやら彼女もお風呂の虜になったらしい。


 と、そんなことを考えつつ彼女を見ていると、

 こちらに何やら呆れ顔を向けた彼女が口を開いた。


「しかし…やはりなんというか主は一般人とは感覚がずれておるのう」


「何を言う。こちとら200年籠っていただけの一般人の自負があるぞ」


「その自負はすでに死んでおるわ」


「…いやいや、まさかまさか…」


「…まぁそもそも一般人がドラゴンに勝つわけもないじゃろ」


「……それは否定できないな」


 流石に否定できない返しをされた僕が口を噤む。


 …いや、頑張ればみんなもできる筈…。


 今度八百屋のおじさんにアジダハをぶつけてみよう。


そんなことを考えていたそのとき、ふと自然に当たり前のように第3の声が上がる。


「…いやぁ…でもいいんじゃない?可愛くて強くて何でもできるとかもう最強じゃないからしら!私も服の作り甲斐があるわっ!」


 いつの間にか僕とアジダハの間に入る形で現れていた裸のルクス。


 こいつの前世はステルスモンスターか何かであろうか?


「「 ……………………………… 」」


 無言で湯から立ち上がった僕とアジダハがルクスの両脇を抱える。


 そして二つ隣のエリクシール風呂へと連行した。


 肩までルクスを浸けたのち、僕とアジダハは罰を執行した。


「お前はっ!いったいっ!どこからっ!湧くんだっ!」


「不法侵入はっ!するなとっ!いつもっ!言っておるじゃろうがっ!」


「ハベッ!やめて!ヘブ!痛い!グペ!やめて!二人がかりの往復ビンタ!ペポッ!やめて!」


 傷が治る湯につけたまましばらく反省を促す拷問は続くのであった。





 ―――その隣の泡風呂では。



 闖入者をフルボッコにしているお姉さまを目の端に映しつつも、気持ちのいい湯にゆっくりと息を吐く。


 それに加えて常に湧き上がってくる泡に肌が刺激されるようで何とも言えない感覚が体を巡っている。


 我が家のお風呂にはこんな工夫はなかった。


 流石はお姉さまである。


「…それに…」


 部屋の広さは城の一室内にあった浴槽よりも小さい。


 それでも大きな浴槽に誰かと一緒に入るというだけでも何か一人で入っていた以前とは違う感じがした。


 これは今誰かと一緒にいるからそう感じるのかしら?


 それとも…。


 そう考えていたそのとき、私の太腿に泡とは違うものが触れた。


 視線を向けてみると…私の顔を遠慮がちに覗いているティアちゃんが太腿に指をツンツンさせていた。


「どうかしました?」


「…ここちょっと深いから座れないの。お膝の上すわってもいい?」


 思ってもいなかった申し出。


 私は小さく驚きつつも首を縦に振って頷いた。


 すると私の膝上にいそいそと登ったティアちゃんはそのまま私の胸に背中を預けて「ほっ」と気持ちよさそうにしている。


「…ティアちゃんは私が怖かったんじゃないんですか?」


「…最初は怖い人かと思ったの…でも私と一緒だと思ったの」


「一緒?」


 何のことか理解できず首を傾げる。


 すると首を少しこちらに回したティアちゃんは「コクコク」と頷く。


「私と一緒で…お母さんが大好きなんだ、って」


「…!…ふふっそうですね!」


 成程、と納得がいく。


 確かに一緒だろう。


 私にもそれは感じ取られた。


 この家にいる人たちは違わず「レスティオルゥ」という彼女に惹きつけられているということを。


「…アルお姉ちゃんって呼んでもいい?」


「ええ、いいですよ」


 膝の上のティアちゃんがバランスを崩さないように抱きしめ、その彼女も嫌がる様子もなくこちらに体を預けている。


 娘が居たらこんな感じなのかもしれませんね。


 私の膝の上に初めて座ることを許された彼女と一緒に目を細めながら、ゆったりと湯と泡を楽しむ私なのでした。

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