第26話 我が家のいい湯かな?

 立ち上がりながら拳を固く握り真剣な表情で「お風呂が欲しい!」と語るアルだが、それ以外のメンバーにはいまいちピンと来ていない。


 そんなにか?


 と、自分でも微妙な顔をしてるであろうことを感じていたその時、僕に座っているティアから挙手があり「とうした?」と問いかけた。


 くりくりの目をぱちくりさせたティアは口を開く。


「お母さん、お風呂ってなぁに?」


「…あーエルフでもあまり馴染みがないか」


 そういえばエルフ達は湖などで体を流すとか流さないとか。


 それにこの子は種族では不当な扱いを受けていたのだし、知る機会もなかったかもしれない。


 僕がそんなことを考えていた隣でアジダハが娘へ右手人指し指を立てながら説明を始めた。


「夜に体を洗ったり髪を洗ったりする際にシャワーを使うじゃろ?お風呂とはその合間に浸かる温水の湖…を、産み出す設備じゃ」


「みずうみ?」


「の、ようなものじゃの。四角い箱形の物じゃったり、使用者の体格に合わせて楕円形の物じゃったりもする……と言っても大量の水やそれを沸かす設備等々で金がえらく掛かるからのぅ。あって貴族の家庭くらいじゃ」


 一通り説明して胸を張るアジダハ。


 そんな彼女にティアは「おー」と拍手しているのだった。


 そして説明が終わるのを待っていた提案者が満を持して口を開いた。


「お風呂こそ至高。綺麗な肌や体の健康にも効果のある女の子の必需品ですよ!お姉さま!」


「…いやぁ…そうか?」


「……我は別に要らぬのぅ」


 力説するアルには悪いがやはりピンとこない僕とアジダハが顔を見合わせる。


 一応僕らも女の子に分類されているが、その反応はあまりよろしくなさそうだ。


 が、その反応を見たアルは何やら「わなわな」と体を震わせている。


「お姉さま!普段ちゃんと体と髪を手入れしていらっしゃるのですか!」


「体は最低限洗って綺麗にしている。髪は知らん」


「なっ!?で、ではアジダハは…!」


「そも竜の姿になってその辺の湖にでも浸かればよかろう?」


「!!??」


 何やら驚愕に目を見開いているアルと、顔を見合わせる僕達。


 そんなものでは?


 するとプルプル震えていたアルはテーブルを「バンッ!」と叩きながらやはり立ち上がる。


「いけません!そんな杜撰な管理をしていたらいつか肌が荒れて髪がボソボソになってしまいます!」


「「 ダイジョブダイジョブ 」」


 興味ない僕達は手を振りながら提案を流す。


 そんな僕らを見たアルは「むーっ!」と頬を膨らませていたが、この時僕の胸元の肌が出ているところを愛娘がツンツンする。


「お母さん。お風呂入ってみたい」


「よし作ろう!(食い気味)」


 こうして我が家の改築工事が決定したのだった。


 ……なにやら僕の向かいで頬を膨らませ続けているアルとその彼女を宥めているアジダハがいるが、今はそれどころではない。


 賢者の石の在庫どこやったっけな?




 ◆●◆●◆●◆●◆




 そんなこんなで今現在、我が家の一員たちは洗面場の隣に集合している。


 そこにあるのは身体を洗うために設置されているシャワーとそれを囲っているカーテンとそのレールだ。


 要するに体を洗うときはカーテンで囲ってシャワーで清めるというやつ。


 通常の家庭ではこれが一般装備である。


 間違ってもお風呂標準装備の家庭なんてないのだ。


 とりあえず面積の確認。


 そもそもシャワーは人一人入ればいいのでそれほど広くなく、それでいてそれ以外の用途もないからそれほどシャワー室に広さがあるわけではない。


 このままシャワーの位置にお風呂を創ることもできるが…そんなことをしたらお風呂というよりも大きめのコップ的な物体が出来てしまう気がする。


 娘が入ってみたがっているのだし、さすがにそんなお粗末なものを産み出すなんて僕の親としての素行を疑われかねない。


 …いっそ部屋ごと改装するか。


 幸い非常時用に生成しておいた賢者の石は腐るほどある。


 多少使っておいてもすぐに新しく創ることもできるのでさしたる問題もない。


 ちなみに僕が壁に背中を預けて「うんうん」と悩んでいるその間、アジダハに抱えられたティアとアルが僕の眼前で話している。


 どうやらお話できる程度には信用したらしいな。


「…こ、これがシャワー!?なんというかシンプルな作りですね」


「最初に少しだけ冷たい水だでてきてちょっと困るの」


「シャワーに組み込んである炎の魔石で温まるまで少し間があるからの。使う前に少し待たねばならぬのじゃ」


「…ときどき忘れてつめたい」


「最近は我が確認しておるからが問題ないがの」


 アジダハに抱え上げられているティアが小さく「プルッ!」と震えた。


 冷や水に当たった時のことでも思い出したのだろう。


 …このシャワー…うちの娘に何ということを…極刑だな。


 僕が罪人であるシャワーの処遇を決めたそのとき、並列思考魔術によるお風呂場の構想が終わったので壁から背を離した僕はティア達の元へと歩いた。


「みんな、これからちょっとお風呂場をいじるから部屋の外まで出ておいてくれるか」


「…?お姉さまが何かするのですか?業者に頼むのではなく?」


「業者は高いからな。それにこの町にはその類の職人業はいないし。だから僕の方でやるさ。ほら、分かったらちょっと離れておいてくれ」


 僕が業者に頼むんだと思っていたらしいアルだが、その日気のままに過ごしている錬成薬剤師にそんなお金の余裕はない。


 …いやまぁ錬金術で黄金を創れば簡単に儲けられるけど、そんな市場を破壊しかねない行動はとらないぞ。


 とかやっているうちに我が家の住人たちがこの部屋の入り口まで退避した。


 それを確認したボクは部屋の中心に立ち、ポケットから錬金術の秘奥の一つである賢者の石を取り出す。


 この完全物質は錬金術の法則を完全に無視して錬金術を行うことができる。


 無論、無視する量だけ賢者の石の量も必要なのだが。


 けど最近薬を作っている際に錬金術の抜け道を見つけた。


 薬の成分と薬の成分を単体ごとに生成し、それを錬金術ではなく直接混ぜ合わせて薬を創るとあら不思議。


 等価の交換ではなく完成した薬としての分、材料に使われた物よりも価値が上がる。


 …で、これを数千の術式で繰り返すことにより賢者の石と同等の価値を錬金術式内で生み出して排出、賢者の石の出来上がりというわけである。


 …庭の雑草で出来る賢者の石…意外に安上がりだ。


 雑念交じりの思考の中、手に握りしめた賢者の石(雑草)を部屋内にばら撒く。


 そして中心に錬成陣を描いた僕は必要な魔力を注ぎ込んで錬金術を発動した。


「我が描きし創造を素に真理の扉を開け!『領域錬成』」


 激しい光が沸き上がり部屋の内部が赤く輝いていく。


 部屋を包み込む光が最高潮を迎え賢者の石たちが粒子となって消えていった。


 そして目を瞑りたくなるほどの光が収まった頃には僕の立っていた場所は先ほどよりも広く、僕の隣にはとても広くて大きな浴槽がいくつも誕生していたのだった。


 今からここをお風呂場とする!

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