第24話 魔術を使えばアイスも簡単

突然訪問してきた明らかに魔族の男性。


「もしやアルヴィオンに恨みのある人間の報復か?」…などと考える時間があったのは目の前にいた男性の視界にアルが入るまでだった。


「…ひっ!魔王様!?…お…お…お許しを…!?命だけはぁぁぁぁぁーーっ!?」


気づいた瞬間全身を痙攣に近い速度で震わせた男性は瞳と股間から液体を流しながら遠い彼方へと走り去っていった。


途中で足がもつれて転ぶのも辞さない即時撤退である。


…襲撃とかではなさそうだなぁ…。


軋む音を鳴らしながら僕が首を回してアルに視線を送ると…。


「あらら?あのリアクションはどうやら近衛か斥候の兵ですねあれは…。散々こき使いましたからねぇ…」


「…そういうとこだぞ」


何とも言えない悲しい気持ちになったが彼のことは忘れることしよう。


…そもまだ要件すら聞いていなかったが既に後姿すら地平線にはない。


だが代わりに彼のいた場所に彼が渡そうとしたであろう手紙はある。


…彼の身体から零れた液体にギリギリ触れていないのは日頃の行いが良かったのだろう。


拾った手紙を開く。


そしてその内容をしばらく読みながら咀嚼していると手紙の内容が気になったアジダハが割り込んできた。


「主よ、手紙の内容は?」


「…えっと、簡単にまとめるとこれから魔族は和平に向けて行動する。その為には新しい魔族の体系と争いの意思がないことを他国に示す方針に決まった。で、来週末に魔族の国で他国の王を呼んで新たな魔族のスタートを宣言する親善パーティーを開くとのことだ。でだ、そのパーティーに古き魔王を倒した平和の象徴的な感じで僕にも来て欲しいとのことだ」


僕が口走ったとき少し神妙な表情をした後にアルが口を開いた。


「…なるほど、要するに和平交渉のために国王集めてそこで『この人がやりました!』と宣言することで信用を集めようという魂胆ですね」


「なんじゃその大掛かりな生産者表示」


「まぁ僕がやったことに違いはないから嘘じゃないけどなぁ」


「それに今まで理由なくあの国は他国に戦いを仕掛けたりしていましたからね。単品では信頼が足りない可能性が大、なのでしょうね。まったく!前国王の顔を見てみたいものですね!」


「洗面台に鏡あるから使っていいぞ」


目を逸らしてアルが口から笛をかなでていたそのとき、僕の胸をつつく指に思わず「ビクッ!」としながら視線を動かす。


突然胸に触れられると驚く癖は未だ直らない。


「どうしたティア?」


「親善パーティーってなぁに?」


「贅沢な者達が自身の地位や権力を他者に見せつけたり、招待した者どもにその集めた人間の主題をしっかり聞かせるための場…が実際のパーティーじゃが、簡単に言うなら美味しいご飯が食べることができる場所じゃ」


「アジさんやお母さんの御飯よりおいしいの?」


つぶらな瞳でアジダハに尋ねるティア。


だが問われたアジダハは若干悩む。


「我よりはおいしいだろうがの…ん~…主は…なぁ…そこんとこはどうなのじゃアルヴィオン」


「…え?いや私はまだお姉さまの手作り愛妻弁当なんていただいてませんし…」


「……どうせお前も次元魔術程度なら使えるんだから弁当いらないだろ」


「できますけどそれとは別に弁当は欲しいですよ。…いえ、それよりお姉さま。簡単なものでいいので何か作っていただけませんか?まだお姉さまの調理技術を知らないので返答に困りますから」


確かにさっき来たばかりの彼女に僕の料理の味など分かるはずもなし。


仕方ないので彼女の言う通り簡単な物でも作ってやるか。


「…わかったよ。食後くらいのタイミングだからデザートとかでいいな」


そう言いながら席を立った僕は台所に向かう。


すると不意に背後から囁くような声が聞こえた。


「…覚悟するが良いぞ」


「はい?」


「デザート!」


神妙な様子の窺えるアジダハの警告と、理解の及ばなかったアル、そしてアジダハに抱かれた状態のティアの嬉しそうな声。


…僕のつくる物には覚悟が必要なのか…?



――それから約15分後。


デザートを完成させた僕が3人に手渡す。


「ほい、フルーツシャーベットの生チョコ添え」


渡されてすぐにアジダハはスプーンで口にシャーベットを頬張っている。


いつの間に…。


ティアも少し遅れて口にしている。


そしてアルも続くようにスプーンを手に取って三角の天辺、氷山の一角を掬い取り口に含んだ。


するとすかさず2度、3度スプーンでシャーベットを掬い口に放り込む。


目を細めて大変幸せそうにしているあたり、どうやらお気に召したらしい。


…が、その後残念そうな表情に変えた後にティアへと向き直った。


「すみませんティアちゃん。あなたのお母さんよりおいしいものを作れる人間は魔族には……いないかと」


「………わかった」


しょんぼりとした表情でスプーンを咥えているティア。


何とも言えない残念ムード。


美味しいものを作った結果がこれである。


解せない…。



…その後、空になった器を片手にうちの住人たちからおかわりアンコールが来たのでそれに応えることとなる。


みんな…魔族の手紙の話忘れてない?


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