第16話 肉じゃがって安直な名前だよね
しっかりと煮込んだ肉じゃがが出来はとても良かった。
芯まで柔らかくなったニンジンにジャガイモは味も染み込み形も崩れていない。
我ながら良い出来だと思う。
その証拠にうちの娘とアジダハには大分高評価をもらった。
「おいひい!」
「ふむぅ~…相変わらず見事な腕前…主は料理人として店でも出した方が良かったのではないか?」
「馬鹿を言うな。一人で趣味の延長で多少作れる程度の人間がそんな軽はずみな行動できるか。何より店の経営は料理ができればいいわけじゃない。効果の決まった薬を納めるだけの薬屋と違ってな」
「それは薬に関する知識を備えた前提の気もするのじゃがの」
「つべこべ言ってるとおかわり無しにするよ」
「わかった!話題は良いからおかわり!おかわりじゃ!」
優先順位に負けいらぬ世辞を止めたアジダハ。
メイド服を着た彼女がこちらに皿を差し出す絵を見て「メイドならお前がやれよ」と若干思いつつも喜ばれて少し鼻高々な僕は黙って皿を受け取るのだった。
…自身の皿の中にある肉じゃが。
僕が幼い頃から母に教わっていたこの料理は遥か昔、元は異世界…この世界とは別の世界から来た人間たちが教えていった料理らしい。
曰くその人間たちは元の世界で死んで、
気が付いたらこちらの世界にいたとかどうとか。
もともとこの世界の住人じゃないことから魔術も扱えず、獣人のように優れた身体能力があるわけでもない彼らがこの世界で生き残るために行った生存手段。
それが「異世界食堂」と「異世界農業」
彼らは食べられる野菜や今まで食べ方のわからなかった食材、魚のさばき方やそれらの調理の仕方、揚げ物、煮物、生食、あらゆる食事事情の改善を行う。
それによりこの世界の食事に関する技術は彼らが来る前と来た後では天地の差があったらしい。
その時彼らが呼称していた野菜などの名称が名残として残り同じように異世界の野菜の名称がそのまま伝わったらしい。
実際、「ニンジン」と呼ばれているこの野菜の正式名称は「キュロルオウト」
が、ニンジンの方がしっくり来ているので、もはやその名が呼ばれることは無いに等しい。
まぁなんにせよおいしい料理を教えてくれた異世界人とやらには感謝である。
噂では古き昔の異世界人の食堂は料理人の聖地としてどこかの国で管理されているとかなんとか。
そんなことを脳裏で考えながら食事をしていたが、
我が家の入り口の扉が「ドンドンッ!」と叩かれる。
この時点で誰が来たかは察しがついた。
というかこの村でこんな蛮族じみた襲撃をする奴を僕は一人しか知らない。
「おーい!ティオ~!あーそーぼ―!」
やっぱりルクスか…。
このまま扉にダメージを蓄積するのも嫌なので僕は仕方なく扉を開けた。
するとそこにはいつものドレス姿で何かを担ぎ上げているルクスの姿。
ルクスを見つけたティアがテクテクと歩いて近寄り声をかける。
「ルクスお姉ちゃん!こんにちわ!」
「おーうティアちゃん、今日も可愛いわぁ…。今日は行商人からいい物買ってきたからやろうと思って持ってきたんだよねぇ!」
「…持ってるお荷物?」
「そうそう、これこれ」
そう言って担いでいた包みを降ろすルクス。
ティアもよく遊びに来るルクスには慣れたらしく顔が引っ付きそうなほど近寄って彼女の手元を覗いている。
「お、肉じゃがじゃーん!」と食卓に伸ばされた空いた片手を僕が迎撃しているうちに、「では茶でも持ってくるかの」とアジダハはキッチンへと移動する。
そのうちに我が家への侵入者は自慢げに包みを開いた。
どうやその正体は大きな盤ゲームのようだ。
それを興味深々で見つめているティア。
この様子からしてボードゲームを見たことは無いらしい。
「これ…地図?」
「スゴロクよ」
「スゴロクってなぁに?」
「んじゃやり方教えてあげるから一緒にやろ!」
「うん!…あっ…でも…」
ティアがこちらを遠慮がちに見ている。
まだ食事の途中だったのを気にしているのか、はたまた僕の許可でも待っているのか。
いずれの理由にせよそんなにこちらを気にする必要なんてない。
不安そうなティアの頭をポンポンと触れる。
「やりたいならそれでいい。
僕は皿を洗ったりしているからルクスと遊んであげなさい」
「…うん!」
「…あれ?遊ばれるのあたし?」
嬉しそうにリビングのテーブルに、
ルクスと一緒に移動する娘を見て自然と笑みがこぼれる。
たまにはルクスも役に立つものだ。
そう思いつつジャガイモを口に放っていると、茶を提供し終わり向かいに座っているアジダハがこちらを見てニマニマと笑っていた。
「なんだ、ニヤニヤして」
「いや、主が嬉しそうじゃなぁ…と、の」
「娘の幸せそうな姿を喜ばない親なんているものか」
「…そう言えば聞いておらんかったがティア様とは血の繋がりは無いのじゃろ?」
「血は繋がってないが別に関係はない。僕が大切だと思ったなら何よりも大切な家族というだけだ」
「関係ない…か」
意味深に溜めを持ったアジダハは、ルクスと楽しそうにボードゲームの駒を配置しているティアを見つめていた。
何故だがその目が僕には寂しそうな、羨ましそうなものに見える。
「アジダハ?」
「いや、なんでもない。ただ良いものだと思っただけじゃ。竜族は仲間内でも親しい者はあまりおらぬからな」
「………」
「今に始まったことではないのじゃ。羨ましくはあるが気にするでない。我はもとより敗者じゃ。命を懸けて主とその娘を守るのみじゃて」
竜族の国なんて行ったことは無い。
だからこいつがどんな理由で今こんな顔をしているかは僕にはわからない。
だが…少なくとも僕はそういう顔が嫌いだ。
食卓上の空になった皿を纏めながらアジダハの方を直視せず、僕は口を開く。
「何を勘違いしているのか知らないが…どんな形であれ、お前も僕の家の家族になったんだ。ティアを守るのは当たり前だが自分も大事にしろよ。僕らにとっても大事なんだから」
片付けた皿を両手で持って立ち上がった僕を驚いたような表情で見続けるアジダハ。
…そんな大きなリアクションされると僕が恥ずかしいんだが?
「ほらアジダハ、さっさと台所で皿を洗うぞ」
「…カカ!そうじゃの!早く片してティア様の雄姿を見ねばの!」
僕に急かされたアジダハと一緒に皿を運ぶ。
横目でしか見ることはできなかったがそのときのアジダハは、今までで一番の笑顔だった気がする。
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