第17話 休題『黒き羽の羽音の理由』

 ――竜族は種族の中でも優れた者だと口走ったのは誰であろうか?


 幼いころの我が初めて悩んだのはそんな事柄であった。


 竜族の価値は生まれた時から身体能力、魔力、鱗の色など、竜としての性質によって判断される。


 強き力を持って生まれた者は種族の中でも優遇…あるいは種族の中枢を担うために先人の教育を受けて育つ。


 ここまでは…まぁよくある上位的種族の話ではある。


 が、現実はそんな整えられた型紙に当てはまるものではない。


『産まれた時からあれほどの強力な魔力を…不吉な…』


『蒼竜の長があの黒竜に敗れたらしい…』


『黒竜だなんてあの子しかいないのに…どうして急にあんなものが…』


 確かに優れた力を尊重する種族ではあった。


 将来を期待する者には他の竜たちも親しくしようと接していたのを知っている。


 …だが実際、竜の掟なぞ形式だけのもの。


 自身の知らない存在には、

たとえ力を尊重するなどと口で言ってはいても忌避する。


 それがたとえ…自身の娘であろうともだ。


『この…化け物っ!』


 我を平手打ちした父親は牙をむき出しにしてそう言い放った。


 といっても我よりも数段弱かった父の爪なぞかすり傷もつかなかったが。


 幼い頃から他者よりも卓越した力があったからこそ我は幼いながらに気が付いていた。


「力を尊重する種族」「圧倒的な強者」などと呼ばれているあやつらの実際の姿はただの臆病者だ。


 美しい鱗を自慢する者も。


 多様な魔力を披露する者も。


 鋭い爪牙を褒め称える者も。


 結局はただ自身の居場所を無くさぬように媚びているだけだった。


 居場所を無くさぬように力を示し、

足りないものをその輝きの裏に隠しているだけ。


 情けないことこの上ない。


 故に我はあの種族の国にいることが煩わしくなった…それはいつのことだったか。


 国を飛び出し、我は自身の存在価値を世界に示そうとしたのだ。


 ただ晴れ舞台の上で陳腐な演劇を送る生き方なぞ死んでいるのと同じであろう。


 我が意志の元、各地で己が力を真に示した我の名が他の種族に広まるのに時間掛からなかった。


『黒き焔を纏い他者を蹂躙する黒竜』


 他者に媚びるではなく己が価値を己で示す。




 ――そうしてただ空を飛び続けること数百年。


 いつものように力を示すために小さな人族の村へと赴いた我の前に予想にしない出来事が訪れた。


 貧弱な人族の中でもさらに弱そうな子供。


 美しい銀色の長髪を風に揺らした女が一人、我の前に立ちはだかったのだ。


 自身の力で空に転移してきたのに何故か片手で頑張って短めのスカートを押さえている謎さ、もう片方の手で頭の上の飛びそうな帽子を押さえていることで両手は埋まり、可愛らしい表情とは裏腹に男の様な口調。


 何とも可笑しな存在であった。


「特に相手が出来る奴がいないから僕で勘弁してくれ」


 何ともやる気のなさそうな宣言。


(…なんじゃこやつは…?まぁ…軽いやけどでもさせて退けてやろうぞ!)


 そんなことを思いながら我は口から炎を吐く。





 ――……結果として我は敗北した。


 圧倒的な力の差がある…それは我ではなく相手の方だった。


 我が誇らしかった全ては防がれ、何一つ及ばなかった。


 我の唯一であった『力』そのものはその者に敵わなかった。


 だからと言って無様に逃げることは我自身が許さない。


 故に我に勝ったその女を主と定め隷属を我は誓った。


 結局力によって己が価値を示し続けた者は、力によって地に堕ちるのだろう。


 …そう思い地に足をつけた我であったが一つ、思い違いがあった。


『どんな形であれ、お前も僕の家の家族になったんだ。ティアを守るのは当たり前だが自分も大事にしろよ。僕らにとっても大事なんだから』


 産まれた場所でも、両親の口からも聞いたことの無い言葉。


 力でも姿でもなく『我』そのものを見ていたその蒼い瞳は、我の奥底にあった黒い炎を氷漬けにした気がする。


 …長い旅路ではあったが…存外その場所は我の居場所となったようだ。



「主よ!掃除が終わったのじゃ!ビンタよろ!ビンタよろ!」


「…はぁ…(ゴミを見る目)」



今日も我は主からの冷たい視線とご褒美を貰いながらメイドの仕事に勤しむのである。


 居心地の良い銀色の鳥籠で羽を休めながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る