第15話 ある晴れた昼の話
黒竜騒ぎから1週間ほどが経ち、
僕とその周りの日常は落ち着きが出てきたといえるだろう。
事件前と後で比べるならちょっと離れた位置にあった無人島が消し飛んだことくらい。
…消し飛ばした本人が言うと責任逃れに感じるな。
まぁ、幸い誰もいなかったことは確認されているので大したことは無い。
竜との戦闘の余波と言えば余波だし。
頭の中の自分に言い訳をしながら僕は開け放った窓から庭に植えている薬草たちの様子を見る。
葉の色もいいし、虫食いもない良い状態だ。
「…ふむ、これならいい等級の薬が出来そうだな」
自己満足を呟きながら僕は宙に水を産み出す術式を描き控えめな量の水を薬草畑に降らせた。
あまり濡らしすぎると草は枯れてしまうからな。
「とりあえずこれで来週の薬の生産分は問題ない、と」
薬草を管理している姿を見て貰ったらわかると思うけど、
僕は予定していた通りに薬屋を始めた。
実際始めて見るとなかなかの人気の薬屋となっている。
やはり値段が安いのは助かるらしい。
作っていて「この薬が高級?」と首を傾げた僕は常備薬とかは大体半額に。
緊急時などに必要な高い薬は4分の1程の値段に設定している。
本来薬は非常事態に備えるためにあるのだし、緊急性の低い常備薬より需要の低い特効薬の方が安くないと皆困るだろう。
それにうちは材料費0円だからそもそもそこまでの値段をつける必要はない。
あまり値段を下げ過ぎるのは市場の価格を破壊するというが、田舎にあるマイナーな店が少々安くするくらいはいいだろう。
…ただし何故か値段の参考にするために話を聞いた行商人からは最近睨まれているが。
いや、睨まれているというか殺気を向けられているような気がする。
血走った双眼をこちらに一心に送る姿は夢に出そうなほどだった。
いったい僕が何をしたというのか…。
ちなみにだが、薬草を育てているのは伊達や酔狂ではない。
錬金術で薬を産み出すのは簡単だ。
でも錬金でつくる物は形状や効果は大体均一でありそれほど品質は高くない。
それ故にまず薬草を庭に錬成して植えた後、それを育てて材料の質を高めてから薬に錬成する。
軽いひと手間で大分出来栄えの品質が上がるのである。
どうせ家で片手間で出来るし、
誰かに渡す物なのだから出来るだけ品質は高めておきたい。
緊急で大量に必要な時は急いで作るけどね。
僕が次にどの薬を作るか考えていたそのとき、玄関の扉が開き扉についていたベルが揺れ音を奏でた。
「お母さぁーん!ただいまー!」
「帰ったぞ、主よ」
開け放たれた扉の裏から娘と最近我が家のメイドとなった黒竜アジダハーカが現れる。
最近は町のみんなにも慣れた娘は笑顔が多く、可愛らしい姿は町でも人気である。
当然町のみんなも可愛がってくれているので娘も嬉しそうだ。
故郷ではこんな当たり前さえなかっただろうからな。
本来当たり前の今を大切にしてほしいものだ。
で、その隣にいるアジダハーカ…僕は長いのでアジダハと呼んでいる彼女は装いは今はローブではない。
白黒基調で整えられた細工細かいメイド服はなかなかに美人な見た目の彼女を映えさせている。
膝の上よりやや上気味のスカートの下にはガーターベルトで飾られた綺麗な黒肌の太腿、何故か大胆に胸元を曝け出している上着。
どう見てもルクスの一品です、ありがとうございます。
裸のアジダハを渡して服を作ってくれと言ったら喜んで一日寝ずに作業してくれました。
アイツのエサは美男美女です。
なまじ仕事の腕前がいいから質が悪い。
徹夜でボロボロになってでも服を完成させるその気力をもっと他のことにも生かして欲しいんだけどなぁ。
幸いにも竜は露出を気にしなかったので少し露出寄りの服は問題なく着こなしている。
「おかえりティア。頼んだ買い物は出来た?」
「うん!アジさん!」
ティアに呼ばれたアジダハが手に持った買い物袋を持ち上げこちらにアピールしてくる。
「主よ、過不足なく無事買い物達成じゃ!大いにティア様を褒めるが良いぞ!」
嬉しそうに胸を張る娘と、その隣で同じように胸を張るアジダハ。
護衛兼世話係で普段から傍にいるせいかこの二人はすっかり仲良くなってしまっている。
まぁ、娘の前では自重してくれているし面倒見もいいので実はこの黒竜、
案外いい奴なのかもしれない。
…おそらくこの後、褒美の体罰を陰で要求してこなければ完璧なんだがなぁ。
ああ、未来が見える…。
悲しみの未来に思いを馳せながら僕はティアの頭を撫でる。
するとまるで僕の手の平に吸い込まれるように「キュポン!」とティアの頭が収まった。
何とも緩んだ笑顔で頭を擦り付ける娘が大変可愛らしい。
「よしよし、じゃあ僕はお昼ご飯作ってくるからティアは手を洗って待ってるんだ」
「うん!アジさんお手洗いいこ!」
「おーう…わかったのじゃ、分かったからそう引っ張るでない。それと廊下を走ってはいかぬぞ!」
「うん!」
「いや、じゃから走ってはいかぬ…」
楽しそうな二人。
なんだかんだでやはり仲が良いな。
アジダハの手を引きながら手洗い場へと消えていった娘を見送り終え、僕は買い物袋の中を見る。
「ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、牛肉…肉じゃがでも作るか」
台所へと戻りニンジンとジャガイモの皮をむき、鍋で肉と玉ねぎを軽く炒めた後に大きめに切ったニンジンとジャガイモ、そしてしらたきを入れてもう少し炒めた後煮汁を入れて蓋を閉める。
さて…煮る時間が20分と蒸す時間が10分。
食卓の掃除でもしながら待つか。
僕は窓から差し込む日差しに手のひらを温めながら、
娘と竜と一緒に鍋の蓋が取れるのを待つのだった。
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