第9話 朝御飯は口当たりが大事
僕はレスティオルゥ。
諸々の事情により「大魔導師」などと呼ばれてしまっている。
今は流れで出来てしまった娘と一緒にベッドで眠っていたところだった。
イデオンの用意した家に不備があったわけではない。
ただ単にティアが一緒に寝たいといったからそうしただけだ。
「…すー……すー…」
気持ち良さそうに眠っているティアの前髪を起こさないように優しく撫でる。
「…我ながら流れに身を任せすぎたか…けど…」
眠っている僕の始めての娘。
特に何をしている訳でもないが大切で、血の繋がりは無くても繋がりを感じる。
自然に僕が笑みを浮かべていると眠っているティアが僕の手を握った。
「…寝ていても僕が分かるのかな」
僕の手を大切そうに握っている小さな手がとても愛おしい。
きっと母さんもこんな気持ちだったんだろうな。
今なら親バカなのではと疑わしかった母の感情がわかる。
これだけでこんなにも嬉しいのだから、母親も大変だ。
「…さて、朝御飯の準備をしなきゃ」
朝日を視界の端に捉えた僕は娘を起こさないように手をおろし、布団をかけて寝室を後にした。
◆●◆●◆●◆●◆
寝室から出た僕はとりあえずやるべきことをすませることにした。
顔を洗い、歯を磨く。
天気を確認して、一応ポストも覗く。
そして調理器具の有り無しを確認して、朝食を作りだした。
「朝だし確かイデオンの準備してくれた食材の中に…おっ!あったあった」
箱に緩衝材代わりに詰められた綿。
その上に置かれた卵を手にとって片手で殻を割り、フライパンへと落とす。
「僕は半熟の方がいいが…ティアが食べにくいかもしれないし…少し固めにするか」
固まり途中の目玉焼きの表面に胡椒を少し振りかけると、僕は次のサラダ作りを片手間に進める。
葉野菜を食べやすい大きさに千切り皿に乗せて、食感を良くするために適度に砕いたナッツ。
そしてその上に口当たりが良く香りの良いハーブを飾り、香辛料を適度に混ぜた特性ドレッシングを添えれば完成だ。
「…ふむ」
出来上がった朝食を見て僕は唸る。
久しぶりのまともな調理だから手抜きが過ぎただろうか。
あとはティアが起きたタイミングでパンとベーコンを焼くだけだし。
「…まぁとりあえずティアの反応を見て今後の朝食の献立は決めるか」
「いつか米も欲しいな」などと呟いていたそのとき、寝室の扉がゆっくりと開き中から我が家の妖精が現れた。
「………うー…おかぁさん…」
「おはようティア」
まだ眠そうなティアはフラフラと歩きながら閉じかけの瞳をクシクシしてこっちに歩いてくる。
まだ夢心地の娘がこちらにくる姿のなんと愛らしいことか。
子供を大事にし過ぎて親馬鹿と言われる人間の気持ちが今なら良くわかる。
「…ほら、もう朝ごはんは出来ているから洗面所で顔を洗ってくるんだ」
「……うー…」
「はは、仕方ないな」
未だに目覚めていないティアを抱き上げた僕は洗面所で彼女の顔を洗った後、朝食に移行した。
ちなみに朝食の感想だが「お母さん!これすごく美味しい!」と大絶賛だった。
ここまで絶賛されるとそれはそれで次からどうしようとなるのだけど。
存外独り暮らしで身に付けた料理も役に立つものだ。
◆●◆●◆●◆●◆
―朝食後。
朝食の食器を片付けた僕は今テーブルに腰掛けてティアと向かい合っている。
それは今日これからの予定を話すためだった。
「さてティア、人が生きていくのには何が必要だと思う?」
「必要?」
「そうだ、僕達はこれからここで過ごすんだ。ならこれから必要なものは何かわかるか?」
「…うーん」
悩むティア。
聞いた僕が言うのもなんとが少し難しいかな?
頬に手を当てて悩むティアだったがじっくり悩んだ後に頭の上に「!」という閃きを見せつつ僕の問いに答えを返してきた。
「…恐怖とね!権力と!暴力!」
「誰だ!?うちの娘にこんなこと教えたのは誰だっ!?」
純真無垢な笑顔からとんでもない返事がきたことに思わず動揺する。
しかし娘は何が悪かったのか分からず首を傾げていた。
「違う?」
「無秩序で文明がない世界ならそれも良いかも知れないが違う。…ていうか誰からそんなこと聞いたんだ?」
「お本に書いてあった!」
「…タイトルは?」
「『世紀末救世主伝説』!」
本当に無秩序で文明がない世界のお話だった!
というかエルフの里にはそんな本しかないのか…?
若干森の賢者の本棚に猜疑心を抱きつつも正しい知識を与えるべく咳払いをした僕は正解をティアに教えたのだった。
「…というわけで人間には『衣』『食』『住』が必要なんだ。分かったか?」
コクコクと真剣な表情で頷くティア。
うちの娘は真面目だ。
「でだ、貰った家があるから『住』は既にある。だから今無いのは『衣』と『食』だ」
イデオンの好意でこの家に家賃という概念はない。
だから住むための家に困ることはない。
だがそれ以外は足りないものだらけだ。
…いや、正直にいうとイデオンに頼めば生涯遊んで暮らせるかもしれないが…タダより高い物はない。
何よりそんな生活を娘に見せ続ければ、娘は駄目人間になってしまうかもしれない。
だからそれは駄目だ。
しっかりと生きていくために必要なものと事を分からせることは大事だろう。
「『食』は置いておいて、とりあえず今日は『衣』を回収しに行こうと思う」
「『衣』…服?」
「そうだ、いい加減僕はまともな服がほしいし…ティアだっていつまでもボロボロの服のままじゃ嫌だろう?」
そう言われ自身の服装を垣間見るティア。
すると確認を終えた娘は何やら心配そうにこちらを見ていた。
「…新しい服…いいの?」
「当然だ。好きなときに好きな服を着ていいよ」
今まで無かったことに戸惑っているようだったが、少なくとも僕はそう思っているし、これからはティアにもそう思って欲しい。
僕の大切な娘に不自由などさせたくはないしな。
「よし、確か近場に衣服の専門店があるってイデオンが言ってたから、昼からそこにいこう」
「うん!楽しみ!」
嬉しそうに笑う娘の頭を撫でる。
今からでも行きたいのか少しティアの体が跳ねていた。
服屋もイデオンが「ここが良いですよ!」と強く推していたし問題はないだろう。
…でもやたら念を入れてきたのは何だったんだ?
そう思いつつ嬉しそうに跳ねる娘の頭をぽんぽんと諌める僕なのだった。
――その後、なぜイデオンが強く推していたか知った僕がいろいろ後悔する事となるのはもう少し後の話だった。
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